助けた理由
少し時間が戻って。
フィノはグレイヴァを置いて、アルテのいる場所へ戻って来た。
が、もう片付いていると思っていた現場は、フィノがグレイヴァを追って行った時とほとんど変わっていない。
変わっているのは、地面にうがたれた跡が増えている、という点だろうか。
「アルテ!」
「フィノ……グレイヴァは?」
自分を呼ぶ声に振り向いた魔法使いは、そこにフィノしかいないのを見て尋ねた。
「水からは引き上げたけど……。それより、どうなってるの」
「ひっきりなしに応援が来るんです」
確かに、さっきこの場を去った時よりも魔物の数が増えている。今は十匹近い。傷のような地面の穴は、それをはるかに超えて。
あれからずっと、アルテは魔物と対峙していたのだ。
またアルテを狙って、魔物が地面を蹴る。魔法使いは風の刃で斬り、魔物は霧散する。
「この程度ならすぐに消せますが、切れ目なく来られると……」
一度に来れば大きな風を起こして一気にカタを着けるのだが、数匹ずつが連続でずっと来るとなると、アルテもずっと魔法を使い続けることになる。
使っているのが強くない魔法とは言え、無限ではない。そのうち疲れて隙ができれば、魔物にとってはチャンスだ。
まさかこんな所で、持久戦を強いられるとは思わなかった。
「ちょっと待ってくれない、アルテ。あたしにやらせて」
フィノが、アルテの前へ出る。
「アルテは手を出さないでね」
「わかりました」
アルテが少し退き、フィノは軽く腰を下ろして力をためると、一気に飛び出した。片っ端から魔物の首や腹などを、魔獣サイズのフィノがその爪で切り裂いてゆく。
構える間もなく攻撃を受けた魔物は、次々に煙を出して消えた。
あっという間に、その場にいた魔物はフィノによって消される。
全てが消えて次が来るのを待ちかまえるが、それ以上魔物は姿を現さなかった。
「さすがですね。それにしても……今のが最後の魔物だったんでしょうか」
「んー、かも知れないけど……たぶん、あたしの爪のせいだと思うわ」
「フィノの爪? 魔物除けの効果なんて、ありましたっけ?」
「んもう。やぁね、アルテったら。そんなんじゃないわよ」
妖精は隠れたが、魔物は次々と現れた。もしかすると、アルテの使う魔法の気配で魔物が集まって来たのではないか、とフィノは思ったのだ。
アルテは武器ではなく、ずっと魔法で攻撃をしていた。その気配をよそにいる魔物が感じ取って、妖精と間違ったのでは、と。
現に、魔法を使わずにフィノが退治してしまうと、魔物はもう現れなくなった。アルテが魔法を使うのをやめたからだろう。
手を出すな、と言ったのは、自分でやっつけたかったのではなく、アルテに魔法を使わせないためだ。
もちろん、単にあれが最後の応援だったから、ということもあるだろうが。
とにかく、一段落だ。
「なるほど。ぼくの魔法で、ですか。考え付きもしませんでしたね」
「あんな簡単にやられる程度の魔物だもん。違いを判別できるとも思えないわ。似た気配なら、何でもよかったんじゃない?」
「ありえますね。……フィノ! そう言えば、グレイヴァはどこなんです」
感心してから、アルテはふとメンバーの足りないことを思い出した。
フィノが戻って来たのなら、当然グレイヴァも一緒のはずなのに、少年の姿はどこにもない。
「それが……とにかく、乗って。そこへ行くまでに話すから」
言われるまま、アルテはフィノの背に乗り、フィノはさっきと同じルートを再び飛ぶ。
「毒? 魔物の毒ですか?」
ケガだけでなく、さらにやっかいな毒の話を聞かされ、アルテの表情が曇る。
「わからないけど、たぶん。それまでの経過を考えれば、それしかないわ」
予想外の魔物の攻撃で、時間をくってしまった。フィノは少しスピードを上げて、グレイヴァを残して来た場所へ向かう。
だが、グレイヴァの姿はそこにはなかった。
「もうっ。動くなって言ったのに!」
フィノは文句を言うものの、グレイヴァがあの状態で自力で動く、とはとても思えなかった。
しゃべるのもおっくうそうにしていたのに、起き上がって歩くなど無理なはず。
それに、フィノがアルテを連れて戻るのがわかっているのに、グレイヴァがうろうろするとも思えない。
場所は間違っていない、という自信もある。グレイヴァの血が残っているからだ。
「……連れて行かれた、とか。やだ、冗談じゃないわ」
「まさか魔物に? でも、あの魔物が人間を連れ去るとは考えにくいですね。魔物がここにも現れたのなら、そんな面倒なことはせずに命を奪うでしょうし……」
だいたい、あの魔物達は妖精の力を集めるのが目的なのだ。近くに妖精がいなければ、グレイヴァのようなただの人間には見向きもしないはず。
獲物を狩る邪魔をした報復……とも思えない。そんなことを考える頭を持っているようには見えなかった。
強いて考えるなら、グレイヴァが持つ守水石を狙ったか。
「あの魔物を操ってる黒幕……。そんなのがいたら、あんな無駄な攻撃、しないわよね」
仮に統率者がいれば、あれだけ仲間をやられれば一旦は退いて様子をみるはずだ。
「猟師かきこりか、この山で仕事をしている人が見付けて連れて行った……というのはどうです? それなら、無理がないでしょう」
「だとすれば、臭いが残ってるはずよね」
フィノは元の大きさに戻って、周囲を嗅ぎながら歩き回った。
「……アルテ」
「ありましたか?」
「さっきの魔物の気配。それと、人間でもない気配みたいなのが残ってるわ」
人間では、絶対にない。それなら、ちゃんと臭いが残っているはずだ。
でも、ここにはグレイヴァ以外の人間の臭いはない。
残念ながら、魔物の気配はある。やはり、近くまで来たようだ。
だが、それ以外にも別の気配がある。
風が吹けば、消えてなくなってしまいそうな気配。これまでの経験からフィノは、魔に属する存在、という判断を下した。
「強いて言えば、妖精に近いけど……妖精じゃないわ。とにかく、人間じゃない誰かよ。魔物は……よくわからない。消えたのかも」
「どちらへ向かっているか、わかりますか?」
「……こっちよ。グレイヴァの臭いが、ここからすぐに途切れてるから、たぶん、抱えられて言ったんだわ。空を飛ばれなくてよかった」
フィノの感覚を頼りに、グレイヴァが連れて行かれたであろう方向へ進む。
どこかでまかれはしないかと危惧したが、すぐに進行方向に古い山小屋があるのを見付けた。
「あの中……でしょうか」
「一応、あそこへ続いてるわ。どうする?」
「窓がないから、中の様子は見えませんね。ケガをしたグレイヴァを取られているなら、どう動いても同じでしょう。正面から行きましょうか」
相手の数は不明。グレイヴァを連れて行った誰かが、どこかで仲間と合流した、という可能性もある。
グレイヴァが今、どういう状態で向こうの手の中にあるのか、わからない。フィノの話では、歩くのも怪しいということだから、奇襲をかけても連れて逃げられる保証はなかった。
それなら下手な動きをするよりも、冷静に対処できるようにした方がいい、と腹をくくる。
アルテは、今にも壊れそうな扉をノックした。
「どうぞ。開いてるよ」
拍子抜けするような、普通すぎる声で返事があった。
少しフィノと顔を見合わせた後、アルテは外れないように注意して扉を開けた。
ほこりがつもった床の上に、一人分の足跡があり……それを目で追うまでもなく、長い黒髪の誰かがイスに座っているのを見付けた。
その隣りにあるベッドには、グレイヴァが眠っている。
「えーと、きみがアルテ……かな?」
「は、はい」
いきなり名前を呼ばれ、アルテは身を固くする。
このひょうひょうとした雰囲気の誰かは、どこまでこちらの情報を掴んでいるのか。
「大丈夫だよ、構えなくても。私は敵じゃない……つもりだけど。まぁ、そんな所に立ってないで、お入り。もっとも、ここは私の家ではないんだけれどね」
そう言って、笑みを浮かべる。
「あなたは、人間ではありませんね」
残された気配を探ることは、アルテには難しい。だが、こうして目の前にいれば、それが人間であるかどうかくらい、はっきりわかる。
少なくとも、魔物ではなさそうだ。そんな邪悪な気配はない。
アルテが彼と話している間に、フィノは素早くグレイヴァのそばへ走った。
眠りの魔法でもかけられているのでは、と思ったが、どうやら自然な眠りのようだ。
グレイヴァの周りの空気がやや暑いから、たぶん熱がある。
「うん、違うよ。私はバルシュ。ふぅん……きみがアルテなら、こちらの美ねこがフィノだね。心配いらないよ。ちゃんと毒は消したから。ああ、解毒剤の作用で少し熱が上がるだろうけれど、明日には下がるよ。傷も化膿させたりしなければ、ちゃんと治るだろうし」
フィノの気掛かりを察したように、バルシュは説明した。
「ありがとうございます。魔物に襲われて、そのまま川へ落ちてしまって。あの……グレイヴァを治療してもらってこんなことを尋ねるのも何ですが、なぜ彼を助けてくれたんですか? あなたがどういう存在あれ、人間と関わりを持つことは少ないはずなのに」
魔物でないなら、バルシュは特殊な妖精、もしくは精霊だろう。
現在助けを求めている妖精は別として、こういう種族が人間に関わることはあまりないはずだ。
人里近くにいるような妖精は人間を構うのが好きで、人前に現れたりすることはある。
それでも、こうして人間を助ける、ということは滅多に聞かない。
自然淘汰、あるがまま、というところか。
だが、バルシュは応急手当ではなく、しっかり治療してくれたようなのだ。
「なぜ? うーん……。私は仲間うちでも、変わり種らしいからね」
彼の持つ雰囲気でそう言われると、妙に納得してしまう。
「私は、人間という生き物が好きなんだ。これでいいかな」
「はぁ……」
いいかな、と聞かれても、あいづちに困る。
「彼を見付けたのは、偶然だよ。でも……そうだね。助けた本当の理由は、こいつのせいかな」
バルシュはグレイヴァの胸元に手を伸ばすと、守水石のペンダントをつまんだ。
「それは……」
「この子がきみの仲間なら、この石が何か、知ってるよね?」
「はい。守水石です」
隠しても無駄なようなので、アルテは素直にうなずいた。
人間が持つことのない石。滅多に見付けることができない、妖精と深く関わる石。ほとんど力を失っているが、その透明感は失われていない。
「おや、お嬢さんも持っているんだね」
フィノの首に光る石に、バルシュが気付いた。
「それじゃあ、きみも持っているのかな?」
バルシュの視線が、アルテに移る。
「はい、持っています」
グレイヴァと同じように、ペンダントを首にかけていたアルテは、服の下から出して石を見せた。
「そうかぁ。まさか三つも同時に、その石を見るなんてね」
バルシュは笑みを浮かべながら、小さく数回うなずいた。





