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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
8の石 ~力命石~

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助けた理由

 少し時間が戻って。

 フィノはグレイヴァを置いて、アルテのいる場所へ戻って来た。

 が、もう片付いていると思っていた現場は、フィノがグレイヴァを追って行った時とほとんど変わっていない。

 変わっているのは、地面にうがたれた跡が増えている、という点だろうか。

「アルテ!」

「フィノ……グレイヴァは?」

 自分を呼ぶ声に振り向いた魔法使いは、そこにフィノしかいないのを見て尋ねた。

「水からは引き上げたけど……。それより、どうなってるの」

「ひっきりなしに応援が来るんです」

 確かに、さっきこの場を去った時よりも魔物の数が増えている。今は十匹近い。傷のような地面の穴は、それをはるかに超えて。

 あれからずっと、アルテは魔物と対峙していたのだ。

 またアルテを狙って、魔物が地面を蹴る。魔法使いは風の刃で斬り、魔物は霧散する。

「この程度ならすぐに消せますが、切れ目なく来られると……」

 一度に来れば大きな風を起こして一気にカタを着けるのだが、数匹ずつが連続でずっと来るとなると、アルテもずっと魔法を使い続けることになる。

 使っているのが強くない魔法とは言え、無限ではない。そのうち疲れて隙ができれば、魔物にとってはチャンスだ。

 まさかこんな所で、持久戦を強いられるとは思わなかった。

「ちょっと待ってくれない、アルテ。あたしにやらせて」

 フィノが、アルテの前へ出る。

「アルテは手を出さないでね」

「わかりました」

 アルテが少し退き、フィノは軽く腰を下ろして力をためると、一気に飛び出した。片っ端から魔物の首や腹などを、魔獣サイズのフィノがその爪で切り裂いてゆく。

 構える間もなく攻撃を受けた魔物は、次々に煙を出して消えた。

 あっという間に、その場にいた魔物はフィノによって消される。

 全てが消えて次が来るのを待ちかまえるが、それ以上魔物は姿を現さなかった。

「さすがですね。それにしても……今のが最後の魔物だったんでしょうか」

「んー、かも知れないけど……たぶん、あたしの爪のせいだと思うわ」

「フィノの爪? 魔物除けの効果なんて、ありましたっけ?」

「んもう。やぁね、アルテったら。そんなんじゃないわよ」

 妖精は隠れたが、魔物は次々と現れた。もしかすると、アルテの使う魔法の気配で魔物が集まって来たのではないか、とフィノは思ったのだ。

 アルテは武器ではなく、ずっと魔法で攻撃をしていた。その気配をよそにいる魔物が感じ取って、妖精と間違ったのでは、と。

 現に、魔法を使わずにフィノが退治してしまうと、魔物はもう現れなくなった。アルテが魔法を使うのをやめたからだろう。

 手を出すな、と言ったのは、自分でやっつけたかったのではなく、アルテに魔法を使わせないためだ。

 もちろん、単にあれが最後の応援だったから、ということもあるだろうが。

 とにかく、一段落だ。

「なるほど。ぼくの魔法で、ですか。考え付きもしませんでしたね」

「あんな簡単にやられる程度の魔物だもん。違いを判別できるとも思えないわ。似た気配なら、何でもよかったんじゃない?」

「ありえますね。……フィノ! そう言えば、グレイヴァはどこなんです」

 感心してから、アルテはふとメンバーの足りないことを思い出した。

 フィノが戻って来たのなら、当然グレイヴァも一緒のはずなのに、少年の姿はどこにもない。

「それが……とにかく、乗って。そこへ行くまでに話すから」

 言われるまま、アルテはフィノの背に乗り、フィノはさっきと同じルートを再び飛ぶ。

「毒? 魔物の毒ですか?」

 ケガだけでなく、さらにやっかいな毒の話を聞かされ、アルテの表情が曇る。

「わからないけど、たぶん。それまでの経過を考えれば、それしかないわ」

 予想外の魔物の攻撃で、時間をくってしまった。フィノは少しスピードを上げて、グレイヴァを残して来た場所へ向かう。

 だが、グレイヴァの姿はそこにはなかった。

「もうっ。動くなって言ったのに!」

 フィノは文句を言うものの、グレイヴァがあの状態で自力で動く、とはとても思えなかった。

 しゃべるのもおっくうそうにしていたのに、起き上がって歩くなど無理なはず。

 それに、フィノがアルテを連れて戻るのがわかっているのに、グレイヴァがうろうろするとも思えない。

 場所は間違っていない、という自信もある。グレイヴァの血が残っているからだ。

「……連れて行かれた、とか。やだ、冗談じゃないわ」

「まさか魔物に? でも、あの魔物が人間を連れ去るとは考えにくいですね。魔物がここにも現れたのなら、そんな面倒なことはせずに命を奪うでしょうし……」

 だいたい、あの魔物達は妖精の力を集めるのが目的なのだ。近くに妖精がいなければ、グレイヴァのようなただの人間には見向きもしないはず。

 獲物を狩る邪魔をした報復……とも思えない。そんなことを考える頭を持っているようには見えなかった。

 強いて考えるなら、グレイヴァが持つ守水石を狙ったか。

「あの魔物を操ってる黒幕……。そんなのがいたら、あんな無駄な攻撃、しないわよね」

 仮に統率者がいれば、あれだけ仲間をやられれば一旦は退いて様子をみるはずだ。

「猟師かきこりか、この山で仕事をしている人が見付けて連れて行った……というのはどうです? それなら、無理がないでしょう」

「だとすれば、臭いが残ってるはずよね」

 フィノは元の大きさに戻って、周囲を嗅ぎながら歩き回った。

「……アルテ」

「ありましたか?」

「さっきの魔物の気配。それと、人間でもない気配みたいなのが残ってるわ」

 人間では、絶対にない。それなら、ちゃんと臭いが残っているはずだ。

 でも、ここにはグレイヴァ以外の人間の臭いはない。

 残念ながら、魔物の気配はある。やはり、近くまで来たようだ。

 だが、それ以外にも別の気配がある。

 風が吹けば、消えてなくなってしまいそうな気配。これまでの経験からフィノは、魔に属する存在、という判断を下した。

「強いて言えば、妖精に近いけど……妖精じゃないわ。とにかく、人間じゃない誰かよ。魔物は……よくわからない。消えたのかも」

「どちらへ向かっているか、わかりますか?」

「……こっちよ。グレイヴァの臭いが、ここからすぐに途切れてるから、たぶん、抱えられて言ったんだわ。空を飛ばれなくてよかった」

 フィノの感覚を頼りに、グレイヴァが連れて行かれたであろう方向へ進む。

 どこかでまかれはしないかと危惧したが、すぐに進行方向に古い山小屋があるのを見付けた。

「あの中……でしょうか」

「一応、あそこへ続いてるわ。どうする?」

「窓がないから、中の様子は見えませんね。ケガをしたグレイヴァを取られているなら、どう動いても同じでしょう。正面から行きましょうか」

 相手の数は不明。グレイヴァを連れて行った誰かが、どこかで仲間と合流した、という可能性もある。

 グレイヴァが今、どういう状態で向こうの手の中にあるのか、わからない。フィノの話では、歩くのも怪しいということだから、奇襲をかけても連れて逃げられる保証はなかった。

 それなら下手な動きをするよりも、冷静に対処できるようにした方がいい、と腹をくくる。

 アルテは、今にも壊れそうな扉をノックした。

「どうぞ。開いてるよ」

 拍子抜けするような、普通すぎる声で返事があった。

 少しフィノと顔を見合わせた後、アルテは外れないように注意して扉を開けた。

 ほこりがつもった床の上に、一人分の足跡があり……それを目で追うまでもなく、長い黒髪の誰かがイスに座っているのを見付けた。

 その隣りにあるベッドには、グレイヴァが眠っている。

「えーと、きみがアルテ……かな?」

「は、はい」

 いきなり名前を呼ばれ、アルテは身を固くする。

 このひょうひょうとした雰囲気の誰かは、どこまでこちらの情報を掴んでいるのか。

「大丈夫だよ、構えなくても。私は敵じゃない……つもりだけど。まぁ、そんな所に立ってないで、お入り。もっとも、ここは私の家ではないんだけれどね」

 そう言って、笑みを浮かべる。

「あなたは、人間ではありませんね」

 残された気配を探ることは、アルテには難しい。だが、こうして目の前にいれば、それが人間であるかどうかくらい、はっきりわかる。

 少なくとも、魔物ではなさそうだ。そんな邪悪な気配はない。

 アルテが彼と話している間に、フィノは素早くグレイヴァのそばへ走った。

 眠りの魔法でもかけられているのでは、と思ったが、どうやら自然な眠りのようだ。

 グレイヴァの周りの空気がやや暑いから、たぶん熱がある。

「うん、違うよ。私はバルシュ。ふぅん……きみがアルテなら、こちらの美ねこ(びじん)がフィノだね。心配いらないよ。ちゃんと毒は消したから。ああ、解毒剤の作用で少し熱が上がるだろうけれど、明日には下がるよ。傷も化膿させたりしなければ、ちゃんと治るだろうし」

 フィノの気掛かりを察したように、バルシュは説明した。

「ありがとうございます。魔物に襲われて、そのまま川へ落ちてしまって。あの……グレイヴァを治療してもらってこんなことを尋ねるのも何ですが、なぜ彼を助けてくれたんですか? あなたがどういう存在あれ、人間と関わりを持つことは少ないはずなのに」

 魔物でないなら、バルシュは特殊な妖精、もしくは精霊だろう。

 現在助けを求めている妖精は別として、こういう種族が人間に関わることはあまりないはずだ。

 人里近くにいるような妖精は人間を構うのが好きで、人前に現れたりすることはある。

 それでも、こうして人間を助ける、ということは滅多に聞かない。

 自然淘汰、あるがまま、というところか。

 だが、バルシュは応急手当ではなく、しっかり治療してくれたようなのだ。

「なぜ? うーん……。私は仲間うちでも、変わり種らしいからね」

 彼の持つ雰囲気でそう言われると、妙に納得してしまう。

「私は、人間という生き物が好きなんだ。これでいいかな」

「はぁ……」

 いいかな、と聞かれても、あいづちに困る。

「彼を見付けたのは、偶然だよ。でも……そうだね。助けた本当の理由は、こいつのせいかな」

 バルシュはグレイヴァの胸元に手を伸ばすと、守水石のペンダントをつまんだ。

「それは……」

「この子がきみの仲間なら、この石が何か、知ってるよね?」

「はい。守水石です」

 隠しても無駄なようなので、アルテは素直にうなずいた。

 人間が持つことのない石。滅多に見付けることができない、妖精と深く関わる石。ほとんど力を失っているが、その透明感は失われていない。

「おや、お嬢さんも持っているんだね」

 フィノの首に光る石に、バルシュが気付いた。

「それじゃあ、きみも持っているのかな?」

 バルシュの視線が、アルテに移る。

「はい、持っています」

 グレイヴァと同じように、ペンダントを首にかけていたアルテは、服の下から出して石を見せた。

「そうかぁ。まさか三つも同時に、その石を見るなんてね」

 バルシュは笑みを浮かべながら、小さく数回うなずいた。

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