名前のない妖精
川から離れ、グレイヴァ達は山の中を歩き始めた。
整備はされた道はないが、獣道程には進むのに苦労しない。石が木の根に変わっただけで、歩く不自由さは大差なかった。
右手に川の流れを見ながら、今度は魔物の気配に注意しながら進む。弱りかけた妖精より、魔物の方がずっと気配が読みやすい。
それに、魔物がいるということは、近くに妖精もいる可能性が高くなる。
「ぼーっと歩かないようにね」
「そんなこと言ったって……魔物の気配なんか、俺にわかるのかよ」
「魔物でなくても、何となく怪しい気配がする、というのは感じとしてわかるでしょう? あれに近いものだと思えばいいんです」
「グレイヴァ、村で買った剣、出せるようにしておくのよ。魔物を殺せるとは思わないけど、多少の抵抗くらいはできるでしょ。向こうは一匹だけじゃないみたいだし、いざとなったら自分の身は自分で守りなさい」
「わかってるよ。すぐに抜けるようにしてるから」
そのために買って来たのだから。
「ドジって、自分を刺さないようにしなさいね」
「フィノって、どうしてそう一言多いんだ?」
「あーら、あたしは親切に忠告してあげてるんじゃないの」
「フィノが言うと、そう聞こえないから不思議だよな」
こういう会話が続くと、一気に緊張感がなくなる。
幸い、魔物の気配は近付くことなく、グレイヴァ達は次第に山頂付近へと近付いた。
「緑が……減ってきてますね」
「そう言われれば……」
見回すと、木そのものはどうにか無事に立っているが、その枝につく葉が少なかったり、ついていても茶色く枯れていたりする。
夏という季節柄、水分の不足で植物が枯れたりすることはあるだろうが、近くに川があるのだから極端な水不足ということはないはず。
つまり……現場に近付いているのだ。
「魔物の気配は、まだなさそうね。妖精達は……どこに隠れているのかしら」
フィノは近くの木に上ると、周囲を見回す。何もなさそうだと、そばの木へ飛び移って視線を変えた。
ヒゲに当たる風や、鼻をくすぐる緑と土の匂いをたっぷり含んだ空気に神経を集中させて、妖精の気配を探る。
「なぁ、前に木のうろの中にネーフが隠れてたろ。隠してもらってたって言う方が正しいか。ま、いいや。とにかく、ここの妖精も、そんなふうに隠れてたりしてないかな」
「今回は大勢のようですからね。同じ場所に隠れているかどうか……。でも、仲間同士でかたまっている、ということはありえますね」
そういうことで、片っ端から木のうろを覗いて行く。
が、グレイヴァの背の届く所にうろのある木が少ない。うろそのものだって、なかなか見付からないのに、見付けても自分では確認できない。
かなり悔しい気もするが、絶対にうろの中にいる、と決まっていないので、とにかく緑の枯れかけている所を探し回った。
「んー、全然見付からないな。場所が違ってる……ってことはないよな、葉っぱがこんな状態なんだし。もうこんな場所にいられないって、どっか安全な所へ移動したとか」
「移動できるだけの力があれば、そうしているでしょうが。それなら、ぼく達がここへ来るように言われませんよ。魔物の毒にやられているなら、そう遠くへは行けないはずです」
「そっか。それじゃ、よっぽどうまく隠れてるんだ。俺に見えてないだけ、じゃないよな?」
「文句を言う前に、探しなさいよね」
上からフィノの声が降ってくる。
「わかってるよ。……なぁ、アルテの魔法で呼び出す、なんてことはできないのか?」
「何ものぐさなこと、考えてるの」
「そうできればいいんですけどね。今の妖精達は弱っている状態ですから、無理に呼び出すとますます負担がかかるんです。早く見付けたいのは、やまやまなんですが……」
「そうなのか。うまくいかないもんだな」
でも、本当にこの付近に、その妖精達がいるのだろうか。
確かに、緑は色が薄くなっていたり、枯れかけたりしているが、実はたまたまこの界隈の植物に虫がついたとか、病気にかかっている、なんてことはないだろうか。
「植物系の妖精は、他の妖精に比べておとなしいことが多いからね。植物に同化しやすいし。それに加えて、魔物の毒でしょ。どれだけの数がいるのか知らないけど、こういう条件が重なると、あたしにだってうまく気配を掴みきれなくなるわ」
妖精や魔物の気配を一番敏感に掴めるはずの、フィノがそう言うのだ。
アルテや、魔法使いですらないグレイヴァに見付けるのが困難なのは、当たり前のことだろう。
「あれ……うまく隠れて咲いてる花もあるぞ」
木の根と根の間で、かばわれるようにして小さなたんぽぽが咲いているのをグレイヴァが見付けた。すぐ下には、急流。
ほとんど崖っぷちのような場所に立っている木の元で、この花は咲いているのだ。
場所が場所だけに、雨風にさらされているのだろう。根の一部は、地面がかなり削られてその姿をあらわにしている。
このままあと数年もすれば、自身の重みでこの木は急流へ落ちていくだろう。
たんぽぽは崖の方にあるので、グレイヴァのように覗き込まないとわかりにくい。そのおかげで、魔物の攻撃がうまく通り過ぎたのだろう。
「動物と植物じゃ、植物の方が動けないから不利だよな」
グレイヴァが何気なく、たんぽぽの方に手を伸ばそうとした時。
その花の横から、花と同じくらい小さな顔がひょいと現れた。
一瞬、幻でも見ているのかと思ったグレイヴァだったが、じっと見ていると相手は確かにまばたきをしている。
しばらく、お互い見詰め合った。
肩まであるゆるやかなウェーブのかかった金色の髪に、緑色の薄い衣。大きな瞳は、髪と同じ色だ。その姿から推測するに、人間で言えばまだ四、五歳くらいだろうか。
少女と呼ぶにはかなり幼いものの、その姿形はグレイヴァが最初に会ったたんぽぽの妖精ウインデによく似ていた。
「あなた達……みんなが話してた魔法使いなの?」
妖精は花に隠れるようにして、不安そうに尋ねる。その声も、まだ幼い。
「あ、えーと、俺は魔法使いじゃないけど、あの……おーい、アルテ」
少々不意を突かれた状況だったので、うまく話せない。
グレイヴァは、さっさと援軍を求めた。慣れたつもりでも、やはりいきなりだと緊張してしまう。
呼ばれたアルテと、気配に気付いたフィノがこちらへやって来た。
「あららー、グレイヴァが一番に見付けちゃうなんてね」
「偶然だよ。俺もここにいるって思ってなかったんだ」
まさか花を見付けたら妖精がそこにいる、なんてそう都合よくいくとは思ってない。
「グレイヴァにはきっと、そういう才能があるんでしょう。気配なんてものは、どうでもいいのかも知れません。本能で感じ取っているとか」
「何かそれって、動物みたいだな」
「動物並なのよ、グレイヴァは」
フィノがきっぱりと結論を下す。
「……あの……」
妖精がおずおずと声をかける。
「あ、ごめんなさいね。夢の妖精から、話は聞いてるかしら」
「あたしは知らないんだけど、みんなから……」
最初は花の陰に隠れながら話していた妖精は、仲間から聞いていた魔法使いらしいとわかって、少し安心したらしい。
恥ずかしそうにしながらも、花の前へ出て来た。
「あなたは見たところ無事のようですが……他の妖精はどこですか?」
グレイヴァが見付けた妖精は、彼女だけだ。夢の妖精と話が通っているなら、彼らが自分達を助けに来てくれた、とわかった時点で顔を出しそうなものである。
「みんなは、周りにある木や草の中よ。表へ出ると、また魔物が来るかも知れないし。でも、みんなの力が弱くなってきてるから、中にいても弱くなってっちゃうって」
やはり、植物に同化しているらしい。だから、いくら探しても見付からなかったのだ。
「では、ここでしている話は、みんなに聞こえているんですね?」
「うん。でも、みんな、とってもつらそうなの」
「この状態を見れば……そうでしょうね。ぼく達が、何とか助ける手伝いをしてあげられるかも知れません。事情を詳しく説明してもらえますか?」
姿と同じく、この妖精はやはり幼かった。
つい最近生まれたばかりとかで、まだ名前もないと言う。
時々、どう言えばいいのかわからずにつっかえたりするが、それでもこれまでの経緯を一生懸命話してくれた。
夢の中で聞いた通り、山犬のような姿の魔物が数匹、妖精達を襲っていたようだ。
四方から妖精を追い、一カ所に追い詰めて毒液を飛ばす。それにかかった妖精は、身体から力が抜けてゆくのだ。
目に見えない妖精の力は宙を漂い、それらが一つにまとまると小さな光の球になる。魔物はそれを飲み込むと、弱った妖精は放ってどこかへ消えて行くのだ。
それが、この周辺のあちこちで、何度か繰り返された。
彼女は幼いために、他の妖精が隠してくれたので無事だったらしい。
「やっぱり、妖精の力集めってところね」
「連携プレー、してやがるんだな」
「どうすればみんなの力を元に戻せるか、わかりますか?」
妖精はどことなく不安げな様子で、それでもアルテの質問に答えようとする。
「りょ……力命石っていうのがあれば、元気になれるって。この山のどこかにあるんだけど、誰もどこにあるのかわかんない。この近くにはないから、きっと山の下の方だわ」
ふもと近くにある、ということか。だが、ふもと、と一言で表現しても、範囲は広い。
「もっと、ヒントになるようなことはないのか? 川のそばとか、目印になるような木が立ってるとか……何でもいいからさ」
「わかんないって、言われたでしょ」
「聞いてみりゃ、誰か手掛かりをくれるかも知れないだろ」
その時。風もないのに、ふいに木々の葉っぱが揺れた。
それはまるで、危険を知らせる警鐘のように聞こえる。
誰もが異様な気配を感じ、ゆっくり振り返った。
そこには山犬のような、だが普通の山犬ではない証拠に、ねじ曲がった短い角を二本持つ魔物がいる。黒い身体は、もやのように輪郭がはっきりしない。形は違うが、これまでにも見たことがある魔物と似ていた。
しかも、一匹ではない。五匹はいる。木の陰にも、複数が隠れているかも知れない。
「やれやれ。早速、招かれざる客が来たようね」
「グレイヴァ、気を付けてください」
「ああ、わかってるよ」
持っていた短剣の鞘を取り、グレイヴァは構えた。
赤く目を光らせてこちらを睨んでいた魔物達だが、まず一匹がアルテに飛び掛かる。アルテは魔法で風を起こし、襲い掛かる魔物を弾き飛ばした。
続いてもう一匹が飛び掛かるが、横からフィノが飛び出し、その鋭い爪で魔物の顔面を引き裂く。
犬のような悲鳴を上げて、魔物は地面に転がった。
喜びか驚きか、草木がざわめく。
一匹が、グレイヴァの真正面から飛び掛かって来た。グレイヴァはわずかに左へよけると、持っていた短剣を払う。刃は、魔物の首を切り裂いた。魔物は悲鳴を上げて地面に落ち、煙が出ると同時に消えてしまった。





