川にそって
力命石
全十回です
「えーと……この森を出たら、村へは入らずに東へ向かうんだよな」
プナルの森から出て来たグレイヴァが、隣を歩くアルテに確かめる。
「シャラの山、でしたね。地図で見た限りでは、そんなに高い山ではなさそうですが」
「その方がいいだろ。高くて険しかったら、着くまでにばてちまうもんな」
自分達は、登山が目的で山へ向かう訳ではないのだ。この先何が起こるかわからないのなら、少しでも楽な方がいいに決まっている。
「うん、それは言えてるわね。この前みたいにだだっ広い草原を延々と歩くのもいやだけど、それに坂道が加わったりしたら、歩くのがますますいやになるもん」
グレイヴァの意見に、珍しくフィノが同調する。
「それはそうですが……。グレイヴァ、本当に大丈夫ですか?」
「何だよ、今更置いてきぼりはないだろ」
やけに心配そうな魔法使いの表情に、グレイヴァはあっけらかんとした口調で応える。
「そうよ、アルテ。心配しなくったって、グレイヴァなんか魔物だって相手にしないわよ」
アルテの足下で、フィノが淡々とコメントする。
「どういう意味だよ……」
「あら、相手になってもらいたいの? そんなことになったら、グレイヴァの命なんか、いくつあっても足りないわよ」
「お前なぁ……」
「グレイヴァ、相手にされなければ、本当にその方がずっといいです。でも、現実に向こうが放ってくれるとは思いませんし……」
「アルテは心配しすぎなんだよ」
「そうそう。グレイヴァは、図太く生きていけるから」
「図太い性格のフィノに、言われたくねぇよっ」
「こーんな繊細で、おとなしい女性に対して何よ」
「どこがっ」
グレイヴァとフィノは、相変わらず寄ると触ると言いたい放題に会話をしている。その隣りでは、まだ何か引っ掛かっているような表情のアルテがため息をついていた。
アルテが心配しているのは、次の目的地についてだ。
妖精を助ける旅をしている彼らは、今出て来たプナルの森で図らずも水の妖精を助けることができた。
そして、タイミングよくその日の夜に見た夢で、夢の妖精達から次に行ってほしいという場所が伝えられたのだ。
南へ行くように言われていたので、適当に南へ向かっていたのだが、グレイヴァ達はちょうどいい位置にいたらしい。
森を出るとすぐに村があるがそこへは行かず、東にある山へ向かうように、と言われたのだ。
シャラと呼ばれるその山の妖精達が、今回の被害者だという。山犬のような姿形の魔物が、複数で木や草花の妖精達を襲っているらしい。
一度襲って力を奪ったらいなくなる、というのがこれまでは多かったが、ずっと居座っているようだ。
しかも、その魔物は毒を持っているようで、妖精達はその毒に冒されてどんどん力を失いつつある。そのためか、山頂付近の木々や草花などが枯れ始めているらしい。
夢の中でこういった大まかな事情がわかったのだが、肝心の救う方法というのはわからないままだ。夢の妖精達も、それを聞くまでには至らなかったらしい。
ここはグレイヴァ達が現地へ行くしかないのだが……まだその付近に魔物がうろついている、という情報も一緒に耳に入れられた。居座っているらしいのなら、近くにいても当然だろう。
アルテがさっきから心配しているのは、このことなのだ。
魔物がいるかどうか定かでない所へ行くのも危険だが、いるとわかっているのに行くのも非常に危険だ。
しかも、グレイヴァには魔法使いのアルテと違い、魔物と対峙する術というものがほとんどない。
魔物が獣並の行動しかできなければまだ何とかなりえるが、魔力を使われたりしたら。
普通の人間であるグレイヴァは、防御の仕様もない。最悪だと、一発でやられてしまう。
だが、先の通り、グレイヴァはいつものように行く気でいる。で、心配性のアルテは大丈夫だろうか、と気をもんでいるのだ。
「そんなに心配ならさ、えーと……そうだ、この先の村へ寄って、短剣の一本でも手に入れようぜ。そうすれば、丸腰でいるよりはずっといいだろ」
「短剣、ですか」
「だって、慣れない長剣振り回したって、簡単に隙を突かれちまうだろうし。だったら、短剣の方がずっと扱えるだろ」
「それはそうですが……」
「あと、この石も、むきだしのまま持ってるのは不安だしさ」
グレイヴァは、ポケットから透明な石を取り出す。
「落としても気付かないで、そのまま行ってしまいそうだろ。細工してもらうような金はないからな。どこかで針金と紐をもらえたら、自分でペンダントみたくできるし。そう簡単にはなくさなくなるから」
結局、グレイヴァに説得されるような形で一行は村へ入り、短剣と針金と紐を入手すると、そのままシャラの山へ入る。
山へ続く道の途中で休憩をとり、グレイヴァはつい先日、水の妖精エシナ達が礼としてくれた石を取り出した。
アルテの手元には、フィノの分とあわせて二つ。それをグレイヴァに渡した。
透明だが、光の加減で薄い桃色に見える石。守水石だ。
細長い菱形の石に柔らかな針金をクロスさせるように巻き付け、重なり合った部分に輪を作る。その輪に紐を通して、即席のペンダントができあがった。
専門の店でちゃんとしたものを作ってもらう余裕はないし、部品もない。今はこれが精一杯だ。
「じゃ、これはアルテのな。紐の長さは自分で調節してくれよ。首にかけるなり、手首に巻くなり、荷物の中へ入れるなり適当に」
「ええ。ありがとう、グレイヴァ」
アルテは礼を言って、ペンダントを受け取った。
「フィノはどうする? 首輪でいいか?」
「んー、首輪って束縛感があって、あんまり好きじゃないのよね。人型の時は、ペンダントとして飾れるけど。それに、普段はよくても、大きくなった時に紐が切れちゃうしね」
今は普通のねこサイズのフィノも、魔獣としての姿になるとアルテやグレイヴァを乗せられるくらいに大きくなる。なので、この姿の時はよくても、大きくなれば紐は間違いなく切れてしまう。
「ああ、それならぼくが何とかできますよ」
グレイヴァが今のフィノの大きさに合わせた首輪を作り、アルテがフィノの首にかける。それに魔法をかけた。
一見した限りでは、何の変化もない。
「フィノの姿に合わせるよう、細工しました。これで、身体の大きさが変わっても、人の姿になっても問題ありませんよ」
「やったあ」
フィノは試しに、人間の姿に変わる。小さなねこの時は首輪だったものが、女性の姿になった今はチョーカーになっていた。
「うん。これなら、おしゃれしてるって感じ」
旅に出るまではおしゃれする必要もなかったし、フィノがアクセサリーを持っていても、それをしまう場所がなかった。
でも、この石は妖精からもらったものだからアルテにずっと預けたまま、というのも考えもの……と思っていたのだ。これなら、全く問題ない。
むしろ、今までできなかったおしゃれがほんの少しできて、嬉しかった。
フィノの場合、アルテに何かしてもらった、というだけでご機嫌になる。
グレイヴァは荷物に入れると気付かないうちに落としそうな気がしたので、首からかけることにした。
「グレイヴァって、器用ねぇ。誰にでも何か一つは特技があるって、本当だわ」
フィノの分をチョーカーにしたのはアルテだが、グレイヴァが元になる形にしてくれたからできたことだ。
「……フィノ、それってほめてんの、けなしてんの?」
「あら、ほめてるのよ、もちろん。何の考えもなしに突っ走ったり、こっちがびっくりするようなことをしでかしたり、ぐずぐず文句ばっかり言うようなグレイヴァでも、他の人にほんのちょっとは自慢できるような特技があるのねって、ほめてるんじゃない」
「お前……それ、絶対ほめてないっ」
☆☆☆
「どうやら……まだふもとの方は問題なさそうね」
草木が枯れていると聞いたが、山を登り始めた段階では普通の山と変わったところはなさそうだ。
人間が入って来るのを、魔物も警戒しているのかも知れない。山犬のような姿と聞いたから、猟師などに見付からないよう、下りて来ないのだろう。
「アージュ達が話してた川って、これのことかなぁ」
山頂付近に妖精達がいるらしいのだが、慣れない山の中ではなかなか見付けられないだろうし、自分達も迷う恐れがある。
それを夢の妖精に告げると、川に沿って上ればわかるはずだ、と教えられたのだ。
「何本も川があるとは聞いてませんし、これでいいと思いますよ。山の西、つまり村から東を向いて山へ入ってますから、方向的には合っているはずです。もし違ったとしても、とりあえず道に迷うことはないでしょう」
「んじゃ、これに決めましょ」
鶴の一声、もとい黒ねこの一声で進むコースは決定した。
地図で見た時、そんなに高くない山だと思っていたが、傾斜については山の東と西で対照的らしい。
で、グレイヴァ達が歩いているコースは傾斜が急な面のようだ。急勾配になっている河原を歩くのは、なかなかきつい。
大小様々な石で足下が不安定だから、余計に歩きづらかった。
だが、河原の方が邪魔な木もなく見通しがきくので、魔物に襲われてもすぐに対処できる。それを考えれば、多少の歩きづらさも仕方がない。
「流れの速い川だな。深そうだし」
やはり傾斜が急なだけに、水の落ちる速度も上がるようだ。
「足をすべらせて落ちないでよ。余分な救助は、報酬もらうからね」
さすがにねこの身体を持つフィノは、少しくらい条件が悪くても問題なさそうに進んで行く。こういう時は、ちょっとうらやましい。
一応、注意しながら歩いてはいるが、まだ妖精らしき気配は誰も感じられずにいる。
グレイヴァが意識を研ぎ澄ましたところでそういう気配はわからないので、その件についてはアルテとフィノにまかせ、自分は転ばないように歩くことに専念することにした。
ずっと川沿いを歩いていた一行だが、ある地点まで来ると目の前に崖が立ちはだかる。川はちょっとした滝になって。
ここから先へ進もうとすれば、この滝を上るために川の中へ入るしかない。
だが、さすがに危険だし、進み続けるのは無理だ。
「川から少し離れるしかないですね。今回、木の多い所を歩くのは避けたかったんですが」
木の陰から魔物が飛び出すこともある。山犬に似ていても、性質まで山犬に似ている、とは限らないのだ。
木の上から襲いかかってくることだって、十分に考えられる。
「こればっかりは仕方ないよ。ずっとこのまま行けるとも思ってなかったし。川を見失わないように進むしかないよな」





