妖精がくれた石
アルテは口早に、攻撃の呪文を唱えた。
「グレイヴァ、大丈夫?」
エシナが心配して、グレイヴァのそばへ来た。
「みんな、アルテを見ちゃダメよ! 奥へ行って。グレイヴァ、エシナをかばってあげて」
フィノの声で、妖精達は理由も知らされないまま、急いで奥へ逃げる。グレイヴァはフィノの言うことがよく理解できず、アルテの方を見た。
魔法使いの身体が、赤い光に覆われている。さっきと同じだと思い、それから何の魔法が始まるのか思い出した。
「火の……そうか。エシナ、俺の服の中に隠れろ。早くっ」
「え……あ、はい」
言われるまま、エシナはグレイヴァの服に隠れる。痛みが去ってくれず、まだ素早く動けないグレイヴァは、妖精を守ろうと自分の身体を盾にして、とにかく身体を丸めた。
アルテは、火の魔法で魔物を退治するつもりだ。
相手は水の魔物だから、火には強い。だが、火の勢いが上回れば、水は蒸発するのだ。
本当は雷の力が有効だろうが、ここにいる全員がぬれている。つまり、全員がダメージを受けてしまうのだ。
強い火の魔法だと、熱波が妖精達に影響することも考えられる。
だから、フィノは妖精達に奥へ逃げるように言ったのだ。アルテも、自分が言わなくてもフィノがちゃんと言ってくれると信じているから、すぐに魔法に集中していた。
ただ、グレイヴァのそばへ行ったエシナだけは、そこから離れるには時間がない。
フィノはエシナを火の熱さから守れと言うしかなく、グレイヴァは自分のできるだけのことをするばかりだ。
グレイヴァが身体を丸くした途端、背中が熱くなる。アルテの火の魔法が、魔物を攻撃したのだ。
さっきは水の中だったが、今度は地面の上。しかも距離が近かったため、周囲は熱い空気に包まれる。魔物の、断末魔の叫びも一緒に。
やがてその声は消え、周囲の熱さもゆっくりと引いてゆく。
「終わった……んだよな?」
グレイヴァが身体を起こそうとして背中に痛みが走り、顔をしかめる。
「エシナ、無事か?」
「ええ、私は平気よ」
エシナが服の間から顔を出し、無事を知らせる。
「グレイヴァ、大丈夫ですか?」
魔物の最期を確かめてから、アルテが駆け寄って来た。
グレイヴァは返事をしようとするが、起き上がろうとすると痛みで息が詰まってしまう。
「動かないで、グレイヴァ。ケガの具合を調べますから」
「うん……いっ!」
アルテの手が触れた途端、痛みが走った。
「ちゃんと診られないでしょ。おとなしくしなさい」
思わず身体が逃げるのを見て、フィノが口をはさむ。
「あのなぁ……痛いのは俺なんだぞっ」
フィノに文句を言っても仕方ないとわかっているが、言わずにいられない。
「ちっくしょー。あの目ン玉魚。全く手加減なしにふっ飛ばしやがって……」
水かきのような、グレイヴァの顔よりも大きな手ではたかれたのだ。壁に激突したのもきついが、その前にその手で攻撃されただけでも大きなダメージを受けた。
顔は腕でかばったからかろうじて無事だが、攻撃からかばった方の腕はしびれるように痛い。構えてなかったら、今頃どうなっていたことか。
「まぁったく。反撃する力なんてないくせに、前へ出たりするからじゃないの」
「そんなこと言ったって……。あのまま放って、自分だけ逃げられないだろ」
「あたしが妖精を避難させた時点で、さっさと逃げないからよ。要領悪いんだから」
「う、うるっせぇな。魔物を目の前にして、機敏に動けるかってんだ」
フィノの言うことにいちいち反論するが、時々痛みで言葉が途切れる。
「骨に異常はないみたいですが、かなり強く打ち付けてますね。ぼくが魔法を使っても、多少の痛み止め程度にしかなりませんが……立ち上がれそうですか?」
アルテは医者ではないから、完全に治療することはできない。
少しくらいなら楽にすることも可能だが、グレイヴァの状態があまりよくないようなので無理に魔法治療するのははばかられてしまう。人間の身体は複雑だから、妙なことはしたくない。
「ちょっとつらいかな……。けど、痛みさえなきゃ、どうにかなるだろ」
そうは言っても、背中全体を打っているし、少し時間が経った今では、赤くなってひどく腫れている。痛みを抑えて立てたとしても、歩くとなるとかなりつらそうだ。
どこか筋を傷めているのなら、無理をすると後々にも響くだろう。
「でも、村までは少し距離がありますし……」
ちゃんと治療するには村で医者に診せなければならないが、そこまで歩かねばならない。安静にした方がいいのだが、ここでそうもしていられない。
それに、ここを出るには、滝をくぐらなければならないのだ。
「大丈夫よ。私達にまかせて」
エシナの声で、彼女の周りに妖精達が集まった。
みんな、さっきよりも心なしか強い光を放っている。中には、守水石のかけらを持っている妖精もいた。
「守水石の力を借りれば、治せるはずよ。水の癒しの力を使ってね」
そう言って、エシナ達はグレイヴァの周りに集まる。
「さっき、守水石にどんな力があるかわからないって、言わなかったっけ?」
「ええ、わからないわ。でも、私達にもそれなりに治癒魔法は使えるのよ」
守水石の力をもらい、自分達の魔力を強める。そして、目的の魔法を使えば、当然効果は高くなる訳だ。
元々、水には癒しの力があり、それを増幅させる形にもなる。
妖精達の手が、グレイヴァの背中へ向けられた。そこから守水石と同じ、淡い桃色の光がケガをした部分を覆う。
光が当ると、グレイヴァはすっと痛みが引いていくのを感じた。
しばらく光を当てられると、それまで何もなかったようにグレイヴァは身体が楽になった。腫れもすっかりひいている。嘘のように元気になったのだ。
「へぇ……すっごい力があるんだな」
グレイヴァは素直に感心する。
「私達を守ろうとしてくれたんだもの。これくらい、当然よ」
「俺、何もしてないぜ。魔物は全部アルテが退治したし……」
「そうよねー。グレイヴァは連れて来られただけだもんねぇ」
横からフィノが茶々を入れて、からかっている。
「とにかく、これでみんな、外へ出られますね」
グレイヴァとアルテが立ち上がり、妖精達は滝の外へと飛んで行く。
「さっきあの魚もどき、タリヌって言ってたよな」
「ええ。グレイヴァも聞こえましたか」
「身体の輪郭も、やっぱりもやっぽかった。他の妖精の所でも、あんな声でつぶやいてるんだな」
グレイヴァの夢の中で見た魔物とは形が違うが、水のそばという環境のため、あの姿だったのだろう。
「取り憑いてたのかもよ。水に棲む魔物なら、水の周辺を自由に動きやすくなるだろうって考えて」
環境によって、魔物の姿が変わるのかも知れない。
「あれ……何だか暗くなってきてないか? 俺の気のせいかな」
ほのかに明るかった洞窟内が、確かに暗くなり始めている。
「もしかして、壁が崩れたから、とか?」
「それもあるけれど、朝が来たのよ。同化していた別世界の洞窟が、元の世界へ戻って行くの。守水石も一緒にね。ここが明るかったのは、守水石が放つ光のせいだから、石がなくなれば暗くなるわ」
エシナに言われ、そういうことかと納得する。
光の元がなくなれば、暗くなるのは当然。守水石がなくなるということは、水の妖精を守らなくていい、つまり魔物が消えて本当に事件が解決した、ということだ。
「あれ? 来る時より滝が小さくなってないか? さっきはもっと、落ちる水の幅とかあって……」
「あの大きな滝は、もう一つの世界のものだったんですよ。こちらの大きさが、ぼく達のいる世界の滝なんです」
「あ、ちょっと待って」
エシナと、さっきグレイヴァがかばった妖精がまた洞窟の奥へ戻る。が、すぐにまた出て来た。
どちらも、手に何か持っている。よく見ると、守水石のかけらだ。
そして、エシナはアルテに二つ、もうひとりの妖精はグレイヴァに、それぞれ石を渡した。
「ぼく達に渡していいんですか? あなた達にとって、大切な石なんでしょう?」
「いいの。あなた達に持っていてほしいのよ。石と言ってもほんの小さなかけらだし、力もほとんどないわ。ほら、早く外へ出て。完全に世界が別々になったら、石も消えるから」
エシナにせかされ、グレイヴァ達は急いで滝の外へ出た。
軽くバケツの水をかぶった程度に濡れ、水たまりと呼ぶ方が合いそうな滝壺に足を踏み入れて周りをみると、見覚えのある森がそこにある。
「外だわっ! ああ……何日ぶりかしら」
心底喜んでいるエシナの声が、後ろから聞こえた。
だが、振り向いても声はするが、姿は見えず。エシナはすぐそばで話しているようなのだが、妖精は彼女も含めて誰も見えない。
「本当にありがとう。もう、何て言っていいか、わからないわ」
顔を見なくても、エシナが感無量というのがその口調から感じられる。
「わかったから、もういいよ。何度も言われると、照れるだろ」
連呼されると、された方が妙に恥ずかしくなってしまう。
「その石があれば、他の場所にいる水の妖精達も、あなた達に好意を抱くと思うわ」
妖精から受け取らない限り、普通の人間が手に入れられる石ではない。滅多なことがない限り、この石を見れば警戒心を持たれない、とエシナは説明した。
「じゃあ、これで。……グレイヴァ、あんまり無茶しちゃダメよ」
気配が消えたようなので、この場から去ったのだろう。
……母さんに似た声で、そういうことを言うなよなー。
その声と言葉の中身に、グレイヴァは妙に気恥ずかしくなる。
「あは、エシナもグレイヴァの行動は見ていられなかったのかもね」
「今回は何度か焦りましたから。ぼくも同じことを言いたいです」
「な、何だよ、アルテまで」
「やはりグレイヴァも一つや二つ、身を守る術を知っていた方がいいと思いますよ。これからも安全な旅が続く、という訳ではないですからね」
「昨夜話してたことでしょ。グレイヴァだけならともかく、アルテまで巻き込まれちゃね。魔法なら、あたしだって教えてあげられるわよ。ばっちりしごいてあげるわ」
「げっ、冗談……。フィノにしごかれるくらいなら、魔物に襲われる方がましだ」
グレイヴァはさっさと逃げ出す。
「ちょっと! それ、どういう意味よっ」
逃げるグレイヴァの後を、フィノが追い掛ける。
「ぼくは、真剣に言ったつもりだったんですが……」
すがすがしい朝にはあまりに似合わない、重いため息をつく魔法使いだった。





