助けを求める声
守水石
全九回です
暦は七月になった。
空で大きな顔をしている光の源は、まるで地上のあらゆる動植物をいたぶるのを楽しむかのように、痛い程の光線を放射する。道端の雑草がぐったりとなっているのを見ると、空の王者にひれ伏しているみたいだ。
ひれ伏して暑さから逃れられるのならいいが、今の時間帯はほとんど影がない。ほぼ真上に位置しているからだ。
影を求めるのなら、屋根か森の中、もしくは大きな木の下にでも行かなければありそうもない。
しかし、進む先に建物の影なんてものはなかった。草原の中を伸びている道が、地平線までずっと続くだけ。
地図によると、このまま歩けば森があるはずなのだが、それももう少し歩かなければいけない。
その森を通り抜ければ村があるが、どちらにしろずっと先だ。
「……久し振りだな」
目の前にかかってくる前髪をうっとうしそうにかきあげながら、グレイヴァがつぶやく。汗で額に張り付くので、余計にわずらわしい。
「久し振りって……何がですか?」
暑さに強いのか、汗をあまりかかない体質なのか。涼しげな顔のアルテが聞き返す。
以前、父の実家が南の方だから、とは言っていたが、同じ陽射しの下にいてなぜこうも違うのか、と不思議に思えるグレイヴァだった。
「目的地なしに歩くってのがだよ。ここ最近、確定こそしなくても、この辺りってのが多かったしさ」
「でも、これが当たり前なんだと思いますよ。今までがスムーズすぎたんです。夢の妖精も、全ての妖精を網羅できるという訳ではありませんからね」
「まぁ……そうだろうけど」
「いいじゃない。だいたいの方角だけでも言ってもらえたんだし。ちょっとした中休み、とでも考えれば?」
汗……は見えないのでわからないが、アルテと同じく涼しげな顔の黒ねこが口をはさむ。もちろん、周りに人がいないのを確認してからだ。
正体不明の魔物によって被害を受けた妖精を助けるべく、旅をしているグレイヴァ達。
その旅の途中で助けた夢の妖精が協力してくれることになり、次にどこへ行けば困っている妖精に会えるか、という情報を得やすくなった。
彼らは「夢の妖精」という立場を生かして他の妖精の夢へ入り、困っている妖精自身、もしくはその知り合いや仲間から情報を収集している。
が、魔法使いが話したように、夢の妖精も万能ではない。
眠りを必要としない妖精も存在するし、そうなれば当然夢も見ないから話ができない。
もしくは夢の中に入ったとしても、その妖精自身の力が弱っていると情報が掴みきれないし、どこに存在しているのかすらも怪しくなる。
うまく情報が集まっても、妖精によってまだそんなに切羽詰まっていない者と、ほとんど危篤状態になっている者がいるようだ。優先順位を決めなければならないが、それらを見極めることもなかなかに難しい。
先日、眠りの妖精ネーフを助け、さて次はどちらへ行けば、という段になった。だが、夢の妖精達の間で情報が飛び交いすぎているのか、はたまた情報不足なのか。
場所は確定できないが、とりあえず南へ向かってくれ、という内容が夢で告げられた。
夢の妖精の協力が得られるようになってからは、大まかでも近くの地名が出ていたが、今回はそれすらもない。
夢の妖精達自身も、魔物に襲われて自分達の世界が半壊以上のダメージを受けた。夢の世界を形成するという夢見石をグレイヴァが持っていたおかげで、現在はかなり回復しつつあるが、まだ完全に復興した訳ではない。
そんな状況の中で、夢の妖精達は懸命に情報を集めてくれている。ここで文句は言えない。
とにかく「南へ行け」と言われているのだ。だったら、その場にとどまっている理由もない。
で、急ぐでもなく、グレイヴァ達はこうして南へ向かっている最中なのだった。
「最初の頃に戻ったみたいだな。あの頃は、いつになったら次の目的地がわかるんだって、ちょっといらいらしたりもしたけど」
「だらだら歩くのって、疲れるもん」
「まぁ、そのうちにわかるだろう、という安心みたいなものが、今はありますよね」
「うん。偶然とは言え、うまい具合にことが進むようになったよな」
「偶然もあるでしょうが、グレイヴァのおかげですよ」
「な……どうしてアルテはそういうことを、真面目な顔して言うんだよ」
「でも、そうでしょう? グレイヴァの夢の中に夢見石がなければ、きっと夢の妖精達は自分達の世界を修復するのに手一杯で、ぼく達の手伝いをしている余裕なんてありませんよ。だとすれば、やっぱりグレイヴァのおかげ、ということになるでしょう?」
「わ、わかったから、もういい」
アルテは思ったこと感じたことを口にしているだけなのだが、グレイヴァにすれば「自分がほめられる」ということが、かなり恥ずかしいらしい。
何となくほめられている、というくらいならいいのだが、アルテの場合、明確にほめているとわかる言葉を使うので余計だ。
でもって、それが本当に素直に顔に表れる。だから……フィノにからかわれる。
「どうしたの、グレイヴァ。顔が真っ赤よぉ」
「う、うるせっ」
また余計なことを言ってしまったようですね……。
照れ隠しのように先を歩くグレイヴァを、フィノが追いかけながらからかう。
それを見て、アルテは心の中で小さくため息をついた。
☆☆☆
暑い中、ようやく草原を抜けて、地図に載っている森までやって来た。
ちゃんと「プナルの森」と名前まで載っているこの森を迂回しても、この先にある村へは行ける。だが、この森を抜ける方がずっと近道。
今まで歩いて来た道も森の奥へと続いているから、おかしな森ではなさそうだ。
もちろん、舗装された道ではないが、南北を行き来する人が踏み固めたであろう道で、少なくとも人跡未踏で魔物が出かねない森、ではないはず。
いや、それよりも。
「炎天下を歩くのは、もういやだ」
というグレイヴァの一言で、森を抜けることになったのだった。危険はなさそうだし、わざわざ迂回して遠回りする必要もないだろう。
「地図ではそんなに大きくないようですが……今日はここで野宿ですね」
森へ入る頃にはすでに、太陽もじき傾くだろうという時間だった。いくらそんなに大きくない森でも、すぐに抜けるという訳にはいかない。
村まで行けるにこしたことはないが、急ぐ旅でないのだ。暗くなってからこういう慣れない場所で動き回ると、おかしな場所に入り込んで……ということもある。
無理はせずに、どこか適当な場所を決めて休もう、ということになった。
「水の匂いがする。川があるみたいよ」
フィノが水の在処に気付き、そちらへと二人を導く。
少し行くと、軽く跳べば飛び越えられそうな幅の川が、森の中を流れていた。どうやら、今晩の飲み水には困らないで済みそうだ。
「おー、すっげー気持ちいいっ。フィノ、冷たくて気持ちいいぞ」
グレイヴァが川に手を入れてみると、思った以上に冷たい水に驚く。
「あたしはいいわよ」
「ねこって、どうして水が苦手なんだ?」
「念のために言っておくけど、あたしは泳げるんだからね。グレイヴァが言うと、カナヅチみたいに聞こえるじゃない。動物の中で泳ぎが一番下手なのは、人間なのよ」
「へーへー」
うその情報ではないだろうが、フィノが出すものはだいたい人間(特にグレイヴァ)に不利なことが多い。ここはスルーしておくに限る。
森の木陰に入ってようやく直射日光から逃れ、やれやれと思っていたグレイヴァ。川の冷たい水で顔を洗うと、さらにさっぱりした。
「暗くならないうちに、薪を集めましょうか」
「そうだな」
木の根にあまり邪魔されない平らな所を選び、荷物を置く。それから、食事の準備だ。
まずは、手分けして薪集め。
この時はフィノも人間の姿になって、薪集めを手伝う。ねこの姿では、さすがに物を運ぶのに要領が悪いからだ。
「グレイヴァ、森の獣がいないとも限りませんから、気を付けてください」
「わかってるよ」
歩き出すグレイヴァの背中に、アルテの注意が飛ぶ。
「迷わないで、ちゃんと戻ってくるのよ。迷っても、あたしは全然構わないけど」
「お前、一言多いってのっ」
フィノを一睨みしてから、グレイヴァは薪になりそうな枯れ枝を集めて歩いた。
「あいつ、どうしていつも一言多いんだろ。女って、みんなそうかな。母さんはそうでもなかった……と思うけど」
もちろん、悪さをした時はしっかり叱られていたが、余計な一言というのはなかったと思う。
近所のおばさんにしても、口うるさい人はいた。だが、フィノのように「言わなくていいこと」まで口にして、というのはなかったような気がする。
グレイヴァが真面目に聞いていなかった、という部分は否定できないが……。
「あいつ、絶対に育ち方がよくないよなー。アルテが甘やかしすぎたんだ、きっと」
ぶつぶつと文句をたれながら、薪を集めて歩いていたグレイヴァ。ふいに川の流れとは違う水の音を聞いた気がして、顔を上げた。
見ると、すぐそこに小さな滝がある。
高さは、グレイヴァの身長よりわずかに高いくらいか。幅も両腕を広げたよりやや広いくらいで、落ちる水量はさほどでもない。
落ちた水は、細い流れとなって伸びている。恐らく、さっきの川に合流するのだろう。
「こんな程度の大きさでも、やっぱり水が落ちていれば滝って言うのかなぁ」
一人ごちながら、何気なくその滝の方へと近付く。
と、何か固い物を蹴った感触がした。石でも蹴ったのか、と思ってそちらを見ると、透明な石が転がっている。
拾ってみると、細長い菱形をした水晶のような石だ。大きさは、小指の半分程。光の加減によって、微妙に桃色がかって見える。
「桃色水晶、かな。落とし物……じゃないか。加工されたような跡もないし。このまま穴をあけて紐でも通せば、それなりにペンダントっぽく見えなくもないよな」
そんなことをつぶやきながら石を見ていたグレイヴァの耳に、人の声らしきものが飛び込んできた。
「もういやっ。誰か助けて」
「え?」
グレイヴァは驚き、慌てて周りを見回す。だが、声の主らしき影は見えない。
もし……もし聞き間違いでなければ、今の声はペールに……グレイヴァの母の声に似ていたような気がする。口調はずいぶん違うようだったが。
何にしても「助けて」というのは、穏やかじゃない。それに、少しヒステリックだった。
悲鳴とまではいかないが、それでもかなり精神的に追い詰められていそうだ。
「まさか……この石の中にいるんじゃないよな」





