妖精の目覚め
メルテムが言っていた通り、来た道を戻ると森の外へ向かっていた。アルテが出した白地の葉が点々と落ちている場所へ、いつの間にか来ていたのだ。
これをたどれば、森の外へはすぐに出られる。
「メルテムに、ちゃんと礼を言えてなかったな」
「ああ、そう言えば。でも、さっきのグレイヴァの言葉を、彼女も聞いていたと思いますよ」
「さっきのって……」
「帰り際、木にありがとうって言っていたでしょう?」
「聞こえてたのか……」
グレイヴァとしては、小声で言っていたつもりだったのが、しっかり聞かれていた。
「普通の木じゃないし、言っといた方がいいかなって思って……」
聞かれていたのを知って、赤くなりながら言い訳する。
「グレイヴァって、やっぱり普通じゃないわね」
「やっぱりって……何だよ、それ」
「木にお礼を言うなんて、あまり考えないじゃない」
「どうせ、俺は変だよ」
「知ってる」
「おいっ」
「ま、そういうところが、妖精に好かれているんでしょうけれどね」
「ぼくもそう思います。あ、ぼくはグレイヴァが変だなんて思いませんが」
「ふ、ふたりして何言ってんだよっ。先行くぞ」
ほめられてるんだか、けなされているんだかわからない。
グレイヴァは一人で、さっさと前を歩く。その後ろを、アルテとフィノが追い掛けた。
やがて、ピルツの森を出る。グレイヴァ達が再びエスターシャンの村へと戻った頃には、夕暮れが間近にせまっていた。
村へ入ると、真っ直ぐにパロ・ビエホの元へ向かう。
木に目はないはずだが、気配でわかったのだろうか。グレイヴァ達が近付くと、さわさわと枝の葉がそれまで以上に揺れて音をたてた。
「パロ・ビエホ、戻って来たぞ。ちゃんと鈴音石も、ほら」
どこに向けていいかわからないので、とにかく木に向けて鈴音石を見せる。
「あんたが言ってた風の噂、ばっちりだったわよ。ピルツの森で風の妖精に教えてもらって、手に入れたからね」
「パロ・ビエホ、ネーフに会わせてもらえますか」
アルテの言葉で、パロ・ビエホは眠りの妖精が隠れているうろを大きく開けた。
そこには、前に見た時とまるで変わりない、ネーフの姿がある。
いや、顔色がますます青白くなっているようにも思えた。
「とにかく、これを鳴らせば起きるかな」
グレイヴァは、持っていた鈴音石を振った。鈴の音が辺りに響く。ピルツの森で聞いた音よりも、少し高い音だ。
「ネーフ、起きろ。パロ・ビエホが心配してるぞ。目を覚ませよ」
グレイヴァは、何度もうろのそばで鈴音石を振った。それから、少し様子を見る。
ネーフのまぶたが、わずかに動いた。じっと見ていると、やがてそのまぶたがゆっくりと開かれる。美しい金色の瞳が現れた。
朝日が……ふたつ?
その目を見て、グレイヴァはついそんなことを思ってしまった。
ネーフの瞳が、上る朝日のように見えたのだ。
「大丈夫か、ネーフ」
他に言葉が見付からず、グレイヴァはそう聞いた。
「……あ……」
目の前に二人の人間とねこの顔があり、どういう状況なのかを悟ったのか。
ネーフは何か言おうとしたようだが、かすれて声が出ない。彼女は、魔物に声を奪われていたのだ。眠りから覚めても、声は戻っていない。
「ネーフ、鈴音石だ。これで声が戻るか?」
鈴音石が眠りを覚ます音を出しても、声はどうやって戻るのだろう。
パロ・ビエホが「戻るかも知れない」と言っていただけで、彼女から直接有効だとは聞いていないのだ。
頭の中であれこれと考えたグレイヴァだったが、ネーフは静かに起き上がると、彼の方へと手を伸ばした。
すると、鈴音石がグレイヴァの手から離れ、ふわりと宙に浮く。
石はネーフの頭の上まで来ると、突然弾けた。鈴音石はたくさんの細かな鈴になり、音をたてながらネーフの上に降り注ぐ。まるで金の雪のようだ。
そして、全ての鈴が、ネーフの中へと消えて行った。
「石が……吸い込まれた?」
さっきまで確かにグレイヴァの手の中にあった石が、誰も手を出していないのに細かく砕かれ、ネーフの身体へと消えたのだ。
呆然とその光景を見ていると、ネーフは立ち上がった。すうっと息を吸い、それから高音のメロディーを歌う。
「声が戻ってるわ。うまくいったのね」
「鈴を転がすような声、とはこういう声を言うのでしょうね」
短い旋律を歌ったネーフは、それまでグレイヴァ達には見えなかった羽を使ってうろから飛び上がった。
その飛び方は少し頼りなげではあったが、まだ目覚めたばかりだからだろう。
うろから出たネーフは、文字通り羽を伸ばしてから一番低い枝に座った。
「私の声が……聞こえる?」
「ええ、はっきりと。あの鈴音石で、元の状態に戻れましたか?」
「まだ完全ではないけれど……眠りに落ちる前に比べればずっといいわ」
見ればわかる。眠っていた時よりも、顔色がずっとよくなっていた。
「ありがとう。私が眠りに落ちてしまって……アージュという子に会ったわ。あなた達のことも」
パロ・ビエホと会った後で、夢の妖精と会ったのだろう。ネーフに事情を話すことはできなくても、夢の妖精から話は聞かされているはず。
だから、目を覚まして人間に見られていることがわかっても、驚かなかったようだ。
「鈴音石、人間のあなた達がよく見付けられたわね。あれは人間が行ける場所にはないのに」
「メルテムという、風の妖精と会いました。彼女も魔物の被害に遭っていて……色々とあって、彼女のおかげで手に入れることができたんです」
「そう、メルテムに……」
どうやら、ネーフは彼女の名前を知っているようだ。
「でも、結果的に言えば、グレイヴァの行動からうまく進んだんですよ」
「べ、別に俺は……」
「そうよね。グレイヴァがバカみたいに怒鳴らなきゃ、メルテムだって来なかっただろうし。グレイヴァの考えなしの行動も、時々いい方向へ行くことがあるのよね」
やっぱり、フィノの言葉はいつもながら遠慮がない。
「考えなしって……お前なぁ」
「あら。それじゃ、考えがあったの?」
「……」
勢いとしか言えない行動だったので、言い返せない。
「ほーら、やっぱりないんじゃない」
「うっせぇな」
その会話を聞いて、ネーフはくすくす笑っている。
「仲がいいのね、あなた達」
「どーこが。俺、いっつも好き放題に言われてるんだぞ」
「言い返せるように、しっかり勉強なさいね。ま、グレイヴァじゃ、あたしに勝てっこないでしょうけど」
「もういいでしょう、フィノ。ネーフ、声の方はもうよさそうですね」
最初に聞いた声から比べると、ずっとなめらかになってきているようだ。時間が経ったからだろう。
「ええ、あの鈴音石、とても質がよかったみたい。私の中で、とても暖かく広がってるの。ちゃんとした旋律も、もう歌えると思うわ」
座っていた枝からふわりと飛び上がると、さっきよりも少し低い、でも澄んだ声でネーフはゆっくりとしたメロディーを歌い始めた。
「さっきより優しい声になってるわね」
フィノがこっそりとアルテに耳打ちする。
「眠りの妖精らしい唄ですね。夜に聞けば、きっと安らかな眠りが……」
そう言っているアルテに、グレイヴァがふいにもたれかかって来た。立っていたのでそのまま崩れそうになり、慌ててアルテはグレイヴァの身体を支える。
「グレイヴァ、どうしたんです」
「……い」
「え?」
「ねむ……」
そのまま、グレイヴァは気を失う。いや、気を失うようにして、眠ってしまったのだ。
「ネーフ、今の旋律は眠りの唄ですよね? ここまで強力に効くものですか?」
「でも、今眠ってしまうはずは……。まだ夜でもないのに」
驚いたネーフも、そばへ来る。すぐに眠らせてしまう唄もあるが、今歌ったのはそういうものじゃない。
それに、一緒に聞いていたはずなのにアルテは何も変わらず、グレイヴァだけが眠ってしまって不思議そうな顔をする。
「あ、グレイヴァは徹夜したもん。だから、唄の効き目がモロだったのよ」
メルテムを助けるために風の果実をずっと彫り続けていたため、グレイヴァは昨夜眠っていないのだ。
それまでは気が張っていたのだが、どうやらネーフも元に戻り、さらに眠りの唄を聞いて、一気に眠りに落ちてしまったのである。
「もう今日は目を覚ましそうにないですね」
ぐっすり眠り込んだグレイヴァの顔を見て、アルテがつぶやく。
「ええ、明日の朝まで眠ると思うわ。私の唄を聞いた人や動物は、熟睡するもの」
「眠った人間って、やたら重く感じるでしょ。パロのうろの中にでも放り込めれば、楽なのにねぇ」
「ん? ……パロ・ビエホは構わないって言ってるわよ」
「そんな。小人じゃあるまいし。無茶を言わないでください、フィノもネーフも」
たしなめつつ、グレイヴァをおぶって丘を降りるより、そうできれば確かに楽ではあるな、などと考える魔法使いだった。





