鈴なり
周りの景色はさっきまでと同じような森の中なのだが、こうして歩いていると別の空間にいるのだ、ということが実感できた。
代わり映えしない道を進んでいるのに、とても楽に歩けるのだ。地面の上を歩いていると思っていても、実は風に運ばれているのかも知れない。
何にしても、楽なのは嬉しい。
チリーン……
風と一緒に、かすかな鈴の音が聞こえた。
「今、聞こえたよな?」
「ええ。昨日と同じ状況ですね」
「んじゃ、念のために聞いてみよっかな。どっちから聞こえた?」
フィノの言葉で示した先は、昨日とは違って全員が同じ方向だった。
今まさに自分達が向かっている方向から、鈴の音が聞こえてきたのだ。
「おっし。今度は間違いなさそうだな」
「メルテムが導いてくれているんですから、大丈夫ですよ」
「パロ・ビエホが言ってたわよね、風の噂って。どういう噂なのか、内容は聞いてなかったけど。本当に風が関係してたんだから、不思議な縁よね」
そう話しながら歩いていると、その鈴の音はどんどん大きく、増えてゆく。近付いている、というのはわかるのだが、この音は明らかに複数だ。
一体、どれだけの鈴音石があるのだろう。
「ちょっと……ここまで鳴ると、うるさいぞ」
これならネーフも目を覚ましてくれるだろうが、さすがにうるさい。一つや二つくらいならいいが、どうもこの音量から推測するに、百個は軽く超えていそうだ。森全体に鈴の音が響き渡っている。
今いる所から石はまだ見えてないようだが、実際に鈴音石のそばへ行ったら、どれだけの音量になるのだろう。耳をふさがずにはいられなくなりそうだ。
「ある場所まで導いてあげたいけど……この辺りでやめておくわ」
メルテムの声が、鈴の音の中からかろうじて聞こえた。
「そっか……そうだな。これだけ音が大きいと、ダメージ食らうよな」
妖精の耳がいいかどうかは知らないが、もし敏感であればこの音量はがまんできる範囲を超えているだろう。
フィノはいつの間にか人間の姿になり、両手で耳を押さえながら歩いている。ねこの姿でさすがにそれはできないから、人間になったのだ。
「音が大きいのは、私のせいなのよ」
「え、メルテムが鈴を鳴らして……そんなはずないよな」
「いえ、そんな感じよ。鈴音石は私に……風に揺らされて、音を出しているの。人間の世界の鈴と同じなのよ。揺らすと音が鳴るでしょ。私がそんな状態を作り出しているから」
もちろん、メルテムがわざとしているのではない。だが、風の妖精という特性のため、風を起こさなくても鳴ってしまうらしい。
「近付けばもっと音が大きくなる、ということですか」
まさか、本当にメルテムが原因とは思わなかった。
「ごめんなさい。私は音が大きくても、通り過ぎればどうってことはないからいいんだけど。このままだと、あなた達の方が大変でしょ」
それは言えている。これ以上大きくなると、会話もままならない。
「じゃあ、ここまででいいよ。石があるのは間違えようもないし。あっと……こうしなきゃ、石が手に入らない、なんてことはないよな?」
以前、ちゃんと方法を聞いていなかったがために、なかなか石を手に入れられなかったことがある。
その時のことが、ふとグレイヴァの頭をよぎったのだ。
「ええ。そこにある石を、そのまま取ればいいわ。……もしかしたら、あなた達の概念にある石とは、少し違うかも知れないけれど」
「概念にある石? それはどういう……」
アルテが聞き返しても、メルテムはわざと答えてくれなかった。
「自分達の目で、確かめるといいわ。帰りは今来た道を戻れば、森の外へ出られるようにしておいてあげる。鈴音石を待っている妖精のためにも、早く戻ってあげてね」
風がすうっと引いたような気がした。目には見えないが、メルテムが去ったのだろう。
途端に、鈴の音が小さくなった。風がなくなったからだ。
グレイヴァ達にすれば、心地いい風。しかし、たくさんの鈴音石を揺らすには十分すぎるくらい、強い風だったのだ。
「ふう……。もう少し長く続いてたら、頭痛を起こすところだったわ」
音がやみ、フィノは安心してねこの姿に戻った。
「団体ってのは、結構怖いもんなんだな。鈴もあれだけの音を出せば、音の凶器だぞ」
「じゃあ、早いところその凶器の所へ行って、ここを出ましょう」
音はまだ聞こえているから、行き先はわかる。
再び歩くとほどなく、開けた場所へ出た。
そこには、昨日の池があった場所よりもう少し広く、その中央にはパロ・ビエホよりも太く大きな木が立っている。
その木が伸ばす枝には、銀の葉が茂っていた。
「銀色の葉が茂る木か。普通の森じゃ、こんな木は見ないよな」
身体が軽くて進みやすい、という以外に、別空間へ来たのだ、という実感は特になかった。
だが、ありえそうにないものがこうも堂々と存在しているのを見ると、自分達の世界とは違う所へ来ているんだ、としみじみ思う。
「きっと、鈴音石はこの辺りよね。どこにあるのかしら」
「あれだけの音がしていたんですから、見付かりやすいと思いますが……」
それらしいものは見当たらない。もっとも、どんな石なのかは誰も知らないので、スルーしているとも考えられる。
「メルテムが妙なことを言ってただろ。石の概念がどうとか」
「ええ。自分の目で確かめろ、と。石の概念、ですか……」
「まさか、あの銀の葉が鈴音石、なーんて言うんじゃないでしょうね」
意味ありげに立つ巨木。やたらと目立つ枝の葉。その葉は丸く、見ようによっては鈴に見えなくもない。
風はないが、空気が揺れているのか、震えるような細かい鈴の音が木の方からしていた。
メルテムの言葉を思い返せば、あの葉が……というのも十分に考えられる。
「あの銀の葉っぱを振ったら、鈴の音が鳴るってか? さっきの音量を考えれば、それもあり、なんだろうけど……」
言いながら、グレイヴァは木の下へ行ってみる。銀の葉を取ろうとして、グレイヴァの手が止まった。
「どうしました、グレイヴァ?」
目を丸くして木を見上げるグレイヴァに、アルテが声をかけながら近付く。
「これ……」
グレイヴァが上を指し、見上げたアルテも同じように目を丸くする。
銀の葉に隠れて、金色の実が無数になっていたのだ。立体感がある分、葉よりもずっと鈴らしく見える。
鈴音石は、銀の葉ではなく、この金の実なのだ。
「すっげぇ数……。これが揺らされたんだから、うるさいはずだよな。パロ・ビエホは鈴の音の近くって言ってたけど、音そのものじゃないか」
「シャレのつもりじゃないけど……鈴が鈴なりねぇ」
本当に鈴なりだ。これが「石」だと言うのなら、確かに人間が持つ石の概念など、無視されてしまう。
メルテムは少し概念が……などと言っていたが、人間はこれを「石」とは呼ばない。
考えてみれば、メルテムが封じられていた「石」と思っていたものも「風の果実」だった。
ここでは、実のことを石と呼ぶのだろうか。
「とにかく、これが鈴音石だよな。そのまま取ればいいって言われたし、取るぜ」
グレイヴァは、自分の背が届く所の鈴音石をもぎ取った。実を引っ張った拍子に、その枝についていた鈴音石が音をたてる。
木全体が揺れたのではないので、さっきのような音量にはならなかったが、それでも相当にやかましい。
鈴音石は、グレイヴァの手にすっぽりおさまる大きさだ。振ると、確かに鈴の音がする。
「あれ……これ、割れかけてる」
金色の皮が裂け、中の黄色い果肉が見えている。
「熟しきっているんですね。……石が熟す、というのも妙なものですが」
「けどさ、源水石も水を浴びて育ってただろ。妖精が欲しいって石、そういうのが多いのかなぁ。どうしよう、これ。ちゃんとしたのを取った方がいいか?」
グレイヴァがそう言っているそばから、勝手に実がどんどん割れてゆく。
「割れた石、というのもどうなんでしょうね。でも、音は鳴っているようですが……」
グレイヴァが実を握っているせいか、くぐもった音だが、揺らせばちゃんと鈴の音が鳴っている。
「中ってどうなってるのかな。普通の果実みたいに果肉があるのに、どうして鈴の音がしてるんだろ」
好奇心にかられ、グレイヴァは割れた部分に指を入れて二つに割ってみた。
特別な部分は何もなく、中央に大きな種が一つあるだけ。
「種ばっかりって感じね。これが普通の実だったら、食べる部分がほとんどないじゃない」
薄い皮に、わずかな実。中央には果肉より濃い、黄色のつるんとした種がどーんと居座っている。
「……もしかして、この種が鈴音石じゃないですか?」
「これがぁ?」
グレイヴァが種をつまんで揺らすと、確かに鈴の音がする。果肉の部分は、揺らしても何の音もない。
「絶対に石なんて呼べない代物だぞ、こいつ」
「でも、グレイヴァが割れた実を取ったおかげで、本当の鈴音石を見付けることができましたね。それじゃあ、石も手に入ったことですし、戻りましょうか。いつ風が吹いて、あの大音量になるかわかりませんからね」
「やだぁ。そんなことになったら、耳がおかしくなっちゃう。早く帰ろ」
フィノがそそくさとその場から逃げる。
グレイヴァもそこを立ち去ろうとしたが、手に残っている実の部分を見て、手早く木の根のそばに埋めた。
必要なのは音がする種の部分だから、皮や実はいらない。でも、これらはきっと石が割れたりしないための、カバーみたいな役目をしていたのだ。
そう考えると、その辺りにぽいっと捨てる気になれない。
普通の樹木と一緒にしていいのかわからないが、根の近くに埋めておけば栄養になるかと思ったのだ。
それを見ていたアルテは、黙ってグレイヴァの仕事が終わるのを待っていた。
「ありがとな」
作業が終わると、グレイヴァはそう言いながら木の幹を軽く叩いてその場を後にする。
透き通った小さな鈴の音が、離れて行くグレイヴァ達の耳に響いた。





