メルテムの導き
最初にそう言って、メルテムは自分のことを話した。
やはり彼らが考えていた通り、メルテムは魔物に姿を奪われていたのだ。
ウインデと少し違うのは、あの透明な石に封じられた後、メルテムの意識だけが宙へ放り出された、というところ。
ウインデは心も体も水晶に封じられたが、メルテムは身体だけが封じられたのだ。
心はかろうじて自由に動けたが、自分の身体のそばへ行っても、元には戻れない。
第三者の手で、彼女の身体を救い出してもらわなければ。
だが、仮に第三者の存在が近くにあったところで、メルテムはそのことを口にすることはできなかった。
よりにもよって、彼女は「助けを求める言葉」すらも封じられていたのだ。
事情を話すこともできず、姿もほとんど気付いてもらえない。
心がずっと目覚めている状態なので、身体には意識がないとしても、それは眠りではない。だから、夢の妖精に会うことができなかったのだ。
封じられてすぐの時は、助けを求めてあちこち移動した。しかし、そのうち動ける距離が短くなってくる。
今いる場所まで来て、ほとんど動けなくなってしまった。もう、自分の身体のそばへも行けない。
そこへ、グレイヴァ達がやって来た。
これまでにも人間は何人もこの森へやって来たが、メルテムに気付くような敏感な人間はいない。
それに、この森の木はいたずら好きで、よく人間を迷わせる。人間にはわからないように根を動かし、土を動かし、同じ場所へ移動させるのだ。
最終的には森から吐き出すようにして追い出していたが、何にしろメルテムを救ってくれそうな人間はいなかった。
そんな中で、メルテムに気付いた人間。さらに、鈴音石という、普通の人間はあまり口にしない名前を聞いた。
メルテムは思ったのだ、これが最後のチャンスかも知れない、と。
勇気を出して問い掛ければ、妖精が……という言葉が返ってきた。そこにいるのか、と問われ、自分の存在を気に掛けてもらえた喜びがわきあがる。
普段は風である自分が意識されることはないし、それが当たり前だと思っていた。
でも、こんなに存在を主張したい、と思ったのは初めてだ。
わかってもらえることが、こんなに嬉しいものなのだ、ということも。
駄目かも知れない。でも、今を逃したら、ずっとこのままかも知れない。
メルテムの頭の中で、二つの気持ちが交差する。
だが、最後には頼んでみようと決心した。
助けを求める言葉は口にできないから、ヒントのようなものしか言えない。だから、彼らが違う方向へ答えを見出そうとしても、自分にはそれを修正する力がない。
封じられた石が見付からなかったら。見付けられたとしても、その石を割ってしまったら。
助かるチャンスは……もうない。
それでも。
「ぎりぎりのところだったのね」
「それじゃあ、見事に正解へ到達した訳ですね、グレイヴァは」
「お、俺だけがやったんじゃないだろ」
「でも、石を彫ったのはグレイヴァじゃない。何を作るかって決めたのも」
珍しく、フィノがグレイヴァをたてている。
「そうだ。ねぇ、あの透明な石は、何ていう石なの?」
「あれは、本当は石じゃないの。風の果実よ。森の中の、人間が踏み込めない場所にあるの。踏み込んで見付けたとしても、人間には使えないけれどね」
「石じゃないのか。どうりで柔らかいはずだ。楽に彫れる訳だよな」
まるで皮がめくれていくような気がしたのも、当然だ。石ではないのだから。
魔法がかかっているように思ったのも、妖精のためのものなら納得だ。
「今だから聞けるけど……もしあの石、じゃない、風の果実で違う物をグレイヴァが彫っていたら、メルテムはどうなってたの? 割ってしまったらって話もしてたけど」
「遠からず、私という存在は消えていたわ。身体がなくなってしまったら、私という意識は長く保たないから。ずっと封じられたままでも、そうなってはいたでしょうけれど」
全く違う形にされていたら、それはもうメルテムではない。身体を壊されたようなものだ。
「脅かすなよ。失敗してたら、俺が殺したようなもんじゃないか」
「何をびびってんのよ。彼女はここにいるでしょ。それにしても……あなたって本当にチャレンジャーねぇ」
フィノに同意したくはないが、グレイヴァもその点は同感だった。
石、もとい風の果実を見詰めていたら、メルテムの姿が見えたように思えた。今となっては彼女が封じられていたからとわかるが、もしグレイヴァが気のせいだということにして、違うものを作っていたとしたら。
それ以前に、メルテムの姿が見えていなかったら。
彼女は助けを求めた人間の手によって、その命を消されていたのだ。
そう考えると、グレイヴァはぞっとする。自分のせいで彼女を死に追いやっていたかも知れない、と思うと。
「ええ……私も客観的に見れば、すごいことを頼んだと思うわ。自分の命を、見ず知らずの人間に託すんだもの。でもね、なぜかはわからないけれど、助かったって思ったの、私」
「助かった、ですか? 助かるかも知れない、ではなく?」
「心のどこかで、断定していたみたい。助かったって。あんなこと、初めてよ。根拠も何もないのにね」
屈託のない笑顔。笑みがあるだけで、こんなに雰囲気が変わるものなのか。
「あなたの頼む相手がよかったんですよ。本人は自覚してないようですが、優秀ですから」
やはりグレイヴァには、何かの「力」がありそうだ。こうして見ている限りは普通の少年でも、普通ではない「力」が潜んでいる。
魔法使いではないから、魔力とは違うもので……。
「ア、アルテ! にこやかな顔して、何言ってんだよっ」
「ほらね。自覚してないでしょう?」
「あのなぁ……」
自分のことのように言うアルテと、その言葉で赤くなっているグレイヴァを見て、メルテムと、そしてフィノがくすくす笑った。
「さっきの風の果実があった所に、魔物の鳥がいたんだ。そいつらがメルテムを封じたのか?」
「え? いえ、私を襲った魔物は、鳥の姿ではなかったわ」
妖精が封じられた、風の果実。どうやら、そこから珍しい気配を感じて現れた、別口の魔物だったらしい。
「ごめんなさい。その時のことはよく覚えていなくて。黒い影みたいな煙みたいな魔物だったと思うわ。あと、すごく悲しい気持ちが流れ込んできたような気がするの」
「他の妖精も、似たようなことを話してたわね」
「ええ。影のような魔物から、悲しい気持ちが流れ込んだ、と。やはり、同じ魔物と考えてよさそうですね」
魔物について話をしていた妖精達の証言は、ほぼ同じ。グレイヴァの夢の中に現れた、夢の妖精を襲った魔物も黒いもやのような身体をしていた。影や煙と表現されてもおかしくない。
「あなた達は、鈴音石を探していたのよね?」
「え……あ、いけね。肝心なことを抜かすところだった。昨日、ここへ来た時に、鈴の音を聞いたと思ったんだけど」
みんなが鈴の音を聞いた。でも、みんなが違う方向から聞こえたといい、結局そこへは辿り着けなかったのだ。
「この森にあるんですか?」
「ええ。あなた達が昨日聞いたというのは、偶然風に乗って流れた音だと思うわ。でも、そのままじゃ、行くのは無理よ。ピルツの森であって、でも森じゃない場所にあるから」
「どういうことだよ」
メルテムの言うことがよくわからず、グレイヴァは首をかしげる。
「別の空間にある、という意味ですか?」
「ええ」
違う場所を探していたのなら、いくら歩いても見付かるはずがない。
「あなた達との約束よ。私が鈴音石の所まで、導いてあげるわね」
メルテムのその声で、グレイヴァ達の周りに静かな風が吹いた。
☆☆☆
「さぁ、ここから風が吹いて来る方へ向かって歩いて行って。しばらく進めば、鈴音石があるわ」
メルテムに言われるまま、グレイヴァ達は風が吹いて来る方へと歩いた。ゆるい向かい風を受けているようなものだ。
「なぁ、アルテが出した葉っぱ、消したのか?」
「いえ、確実に森を出るまでは消えないようにしてあります」
いつ、どういう状態で迷うかわからない。少なくとも、昨日迷っていた周辺は柄の違う葉が落ちているので、真っ白な葉を目印にすれば森の外へ出られる。
今はメルテムが案内してくれているので、アルテは違う模様の葉を出すことはしていなかった。
「でも、どこにもないぞ」
メルテムと会った周辺には、アルテが出した葉がたくさんあった。まだそんなに歩いていないし、見回せば昨日歩いたどれかのルートの葉が見えるはずだ。
なのに、普通の落ち葉しかない。
「メルテム、ついさっき別空間にあるって言わなかった? もしかしてあたし達、もう来てるの?」
尋ねようとフィノがメルテムの方を向いたが、そこに彼女の姿はない。
「そうよ。ここはピルツの森。でも、少し別のピルツの森なの。見た目は同じだけどね」
声だけははっきりと聞こえた。メルテムは確かに、そこにいるのだ。
「メルテム、どうして消えてるんだよ」
「ごめんなさい。私、ここでは風になるの。あの姿はあちらの空間でなければ、保てなくて。声は出せるけれど、行き先を指し示すってことができないの。だから、風の吹く方へ歩いてねって」
柔らかな風が髪を揺らす。
メルテムが起こしているのか、彼女自身なのか。
「俺はてっきり、どこかに別世界との境界線でもあるのかと思ってた」
「はっきりしている場合と、わからない場合があるんですよ」
はっきりしている場合としては、お伽石がいい例だろう。
石を得るために、夜にだけ現れる泉の中へ入った。入ってみて別空間だとわかったが、知っていればあれは明らかな境界線と言える。
「この森の場合は……メルテムの力ですか?」
「私に限らず、この森に棲む存在なら。動けない植物は無理だけど、案内することで行けるの」
ただ、こちらへ来ると姿が少し変わったり、小さくなったりするらしい。メルテムの場合、本当の風のように見えなくなる。
「こちらの森は、それが誰であれ、あまり入って来てほしくないみたい」
「だったら、早く用事を済ませなきゃね」
歓迎されないのであれば、早く出るに超したことはない。
グレイヴァ達は、なるたけ早足で進んだ。





