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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
6の石 ~鈴音石~

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メルテムの導き

 最初にそう言って、メルテムは自分のことを話した。

 やはり彼らが考えていた通り、メルテムは魔物に姿を奪われていたのだ。

 ウインデと少し違うのは、あの透明な石に封じられた後、メルテムの意識だけが宙へ放り出された、というところ。

 ウインデは心も体も水晶に封じられたが、メルテムは身体だけが封じられたのだ。

 心はかろうじて自由に動けたが、自分の身体のそばへ行っても、元には戻れない。

 第三者の手で、彼女の身体を救い出してもらわなければ。

 だが、仮に第三者の存在が近くにあったところで、メルテムはそのことを口にすることはできなかった。

 よりにもよって、彼女は「助けを求める言葉」すらも封じられていたのだ。

 事情を話すこともできず、姿もほとんど気付いてもらえない。

 心がずっと目覚めている状態なので、身体には意識がないとしても、それは眠りではない。だから、夢の妖精に会うことができなかったのだ。

 封じられてすぐの時は、助けを求めてあちこち移動した。しかし、そのうち動ける距離が短くなってくる。

 今いる場所まで来て、ほとんど動けなくなってしまった。もう、自分の身体のそばへも行けない。

 そこへ、グレイヴァ達がやって来た。

 これまでにも人間は何人もこの森へやって来たが、メルテムに気付くような敏感な人間はいない。

 それに、この森の木はいたずら好きで、よく人間を迷わせる。人間にはわからないように根を動かし、土を動かし、同じ場所へ移動させるのだ。

 最終的には森から吐き出すようにして追い出していたが、何にしろメルテムを救ってくれそうな人間はいなかった。

 そんな中で、メルテムに気付いた人間。さらに、鈴音石という、普通の人間はあまり口にしない名前を聞いた。

 メルテムは思ったのだ、これが最後のチャンスかも知れない、と。

 勇気を出して問い掛ければ、妖精が……という言葉が返ってきた。そこにいるのか、と問われ、自分の存在を気に掛けてもらえた喜びがわきあがる。

 普段は風である自分が意識されることはないし、それが当たり前だと思っていた。

 でも、こんなに存在を主張したい、と思ったのは初めてだ。

 わかってもらえることが、こんなに嬉しいものなのだ、ということも。

 駄目かも知れない。でも、今を逃したら、ずっとこのままかも知れない。

 メルテムの頭の中で、二つの気持ちが交差する。

 だが、最後には頼んでみようと決心した。

 助けを求める言葉は口にできないから、ヒントのようなものしか言えない。だから、彼らが違う方向へ答えを見出そうとしても、自分にはそれを修正する力がない。

 封じられた石が見付からなかったら。見付けられたとしても、その石を割ってしまったら。

 助かるチャンスは……もうない。

 それでも。

「ぎりぎりのところだったのね」

「それじゃあ、見事に正解へ到達した訳ですね、グレイヴァは」

「お、俺だけがやったんじゃないだろ」

「でも、石を彫ったのはグレイヴァじゃない。何を作るかって決めたのも」

 珍しく、フィノがグレイヴァをたてている。

「そうだ。ねぇ、あの透明な石は、何ていう石なの?」

「あれは、本当は石じゃないの。風の果実よ。森の中の、人間が踏み込めない場所にあるの。踏み込んで見付けたとしても、人間には使えないけれどね」

「石じゃないのか。どうりで柔らかいはずだ。楽に彫れる訳だよな」

 まるで皮がめくれていくような気がしたのも、当然だ。石ではないのだから。

 魔法がかかっているように思ったのも、妖精のためのものなら納得だ。

「今だから聞けるけど……もしあの石、じゃない、風の果実で違う物をグレイヴァが彫っていたら、メルテムはどうなってたの? 割ってしまったらって話もしてたけど」

「遠からず、私という存在は消えていたわ。身体がなくなってしまったら、私という意識は長く保たないから。ずっと封じられたままでも、そうなってはいたでしょうけれど」

 全く違う形にされていたら、それはもうメルテムではない。身体を壊されたようなものだ。

「脅かすなよ。失敗してたら、俺が殺したようなもんじゃないか」

「何をびびってんのよ。彼女はここにいるでしょ。それにしても……あなたって本当にチャレンジャーねぇ」

 フィノに同意したくはないが、グレイヴァもその点は同感だった。

 石、もとい風の果実を見詰めていたら、メルテムの姿が見えたように思えた。今となっては彼女が封じられていたからとわかるが、もしグレイヴァが気のせいだということにして、違うものを作っていたとしたら。

 それ以前に、メルテムの姿が見えていなかったら。

 彼女は助けを求めた人間の手によって、その命を消されていたのだ。

 そう考えると、グレイヴァはぞっとする。自分のせいで彼女を死に追いやっていたかも知れない、と思うと。

「ええ……私も客観的に見れば、すごいことを頼んだと思うわ。自分の命を、見ず知らずの人間に託すんだもの。でもね、なぜかはわからないけれど、助かったって思ったの、私」

「助かった、ですか? 助かるかも知れない、ではなく?」

「心のどこかで、断定していたみたい。助かったって。あんなこと、初めてよ。根拠も何もないのにね」

 屈託のない笑顔。笑みがあるだけで、こんなに雰囲気が変わるものなのか。

「あなたの頼む相手がよかったんですよ。本人は自覚してないようですが、優秀ですから」

 やはりグレイヴァには、何かの「力」がありそうだ。こうして見ている限りは普通の少年でも、普通ではない「力」が潜んでいる。

 魔法使いではないから、魔力とは違うもので……。

「ア、アルテ! にこやかな顔して、何言ってんだよっ」

「ほらね。自覚してないでしょう?」

「あのなぁ……」

 自分のことのように言うアルテと、その言葉で赤くなっているグレイヴァを見て、メルテムと、そしてフィノがくすくす笑った。

「さっきの風の果実があった所に、魔物の鳥がいたんだ。そいつらがメルテムを封じたのか?」

「え? いえ、私を襲った魔物は、鳥の姿ではなかったわ」

 妖精が封じられた、風の果実。どうやら、そこから珍しい気配を感じて現れた、別口の魔物だったらしい。

「ごめんなさい。その時のことはよく覚えていなくて。黒い影みたいな煙みたいな魔物だったと思うわ。あと、すごく悲しい気持ちが流れ込んできたような気がするの」

「他の妖精も、似たようなことを話してたわね」

「ええ。影のような魔物から、悲しい気持ちが流れ込んだ、と。やはり、同じ魔物と考えてよさそうですね」

 魔物について話をしていた妖精達の証言は、ほぼ同じ。グレイヴァの夢の中に現れた、夢の妖精を襲った魔物も黒いもやのような身体をしていた。影や煙と表現されてもおかしくない。

「あなた達は、鈴音石を探していたのよね?」

「え……あ、いけね。肝心なことを抜かすところだった。昨日、ここへ来た時に、鈴の音を聞いたと思ったんだけど」

 みんなが鈴の音を聞いた。でも、みんなが違う方向から聞こえたといい、結局そこへは辿り着けなかったのだ。

「この森にあるんですか?」

「ええ。あなた達が昨日聞いたというのは、偶然風に乗って流れた音だと思うわ。でも、そのままじゃ、行くのは無理よ。ピルツの森であって、でも森じゃない場所にあるから」

「どういうことだよ」

 メルテムの言うことがよくわからず、グレイヴァは首をかしげる。

「別の空間にある、という意味ですか?」

「ええ」

 違う場所を探していたのなら、いくら歩いても見付かるはずがない。

「あなた達との約束よ。私が鈴音石の所まで、導いてあげるわね」

 メルテムのその声で、グレイヴァ達の周りに静かな風が吹いた。

☆☆☆

「さぁ、ここから風が吹いて来る方へ向かって歩いて行って。しばらく進めば、鈴音石があるわ」

 メルテムに言われるまま、グレイヴァ達は風が吹いて来る方へと歩いた。ゆるい向かい風を受けているようなものだ。

「なぁ、アルテが出した葉っぱ、消したのか?」

「いえ、確実に森を出るまでは消えないようにしてあります」

 いつ、どういう状態で迷うかわからない。少なくとも、昨日迷っていた周辺は柄の違う葉が落ちているので、真っ白な葉を目印にすれば森の外へ出られる。

 今はメルテムが案内してくれているので、アルテは違う模様の葉を出すことはしていなかった。

「でも、どこにもないぞ」

 メルテムと会った周辺には、アルテが出した葉がたくさんあった。まだそんなに歩いていないし、見回せば昨日歩いたどれかのルートの葉が見えるはずだ。

 なのに、普通の落ち葉しかない。

「メルテム、ついさっき別空間にあるって言わなかった? もしかしてあたし達、もう来てるの?」

 尋ねようとフィノがメルテムの方を向いたが、そこに彼女の姿はない。

「そうよ。ここはピルツの森。でも、少し別のピルツの森なの。見た目は同じだけどね」

 声だけははっきりと聞こえた。メルテムは確かに、そこにいるのだ。

「メルテム、どうして消えてるんだよ」

「ごめんなさい。私、ここでは風になるの。あの姿はあちらの空間でなければ、保てなくて。声は出せるけれど、行き先を指し示すってことができないの。だから、風の吹く方へ歩いてねって」

 柔らかな風が髪を揺らす。

 メルテムが起こしているのか、彼女自身なのか。

「俺はてっきり、どこかに別世界との境界線でもあるのかと思ってた」

「はっきりしている場合と、わからない場合があるんですよ」

 はっきりしている場合としては、お(とぎ)石がいい例だろう。

 石を得るために、夜にだけ現れる泉の中へ入った。入ってみて別空間だとわかったが、知っていればあれは明らかな境界線と言える。

「この森の場合は……メルテムの力ですか?」

「私に限らず、この森に棲む存在なら。動けない植物は無理だけど、案内することで行けるの」

 ただ、こちらへ来ると姿が少し変わったり、小さくなったりするらしい。メルテムの場合、本当の風のように見えなくなる。

「こちらの森は、それが誰であれ、あまり入って来てほしくないみたい」

「だったら、早く用事を済ませなきゃね」

 歓迎されないのであれば、早く出るに超したことはない。

 グレイヴァ達は、なるたけ早足で進んだ。

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