魔法使いの素質
グレイヴァと同じように、アルテも光の加減でメルテムの姿が見えた時がある。
それがちょうど、石で何か作ってくれたら鈴音石まで導く、とメルテムが話していた時だ。
アルテはグレイヴァから一歩下がった位置にいたが、メルテムの顔は間違いなくグレイヴァに向けられていた。
「それって、たまたま俺の方に向いてただけじゃないのか?」
「かも知れません。でも、メルテムはグレイヴァに技術があると見込んで頼んだ、とぼくは思っています」
本当にメルテムが、グレイヴァの技術力を見抜いたのか。それはわからない。
でも、アルテにはメルテムが「グレイヴァに」頼んでいたように思えてならなかった。
顔だけでなく、メルテムの身体ごと彼に向いていたからだ。
なぜグレイヴァに頼んだのか。
これはアルテの推測だが、メルテムが現れる前に、グレイヴァが怒鳴っていたからだ。この森に鈴音石があるかないかを教えてくれ、と。
メルテムが現れたのはそれからだったし「彼が本当に鈴音石がほしいのなら、自分の頼みを聞いてくれるはずだ」と考えたのだろう。
フィノに「定規の生まれ変わり」と言われたグレイヴァの行動は、結果的にお互いにとっていい方向へ進もうとしている。
もっとも、メルテムにとっては一種の賭に近い行動だった、とも言えるだろう。
鈴音石の所まで導く、と自分で言ったのだから、この森のどこかに鈴音石があるということを教えている訳だ。
それさえわかれば、そんな余計なことに構っていられるか、と自分の申し出を無視されることだってありえた。
グレイヴァは「教えてくれ」と言っただけだ。教えてくれれば交換条件として自分が何かする、とは言っていない。
鈴音石までたどり着けるかは別として、あるとわかればそれでいい、となったかも知れないのだ。
言葉を持つ者は、言葉を武器にして卑怯な手を使うことがある。
だが、これは人間が考えることであって、妖精はちゃんと相手の性質を見抜いた上で、行動に出ていたのかも知れない。
この少年はそんなことはしない、と。
「アルテがそう思っただけで、俺に作れって一番肝心なことをまかせた訳?」
「単なる思い込み、と言われればそれまでですが……やはり最終的にはグレイヴァにお願いしたと思いますよ。こういう物は、魔法で作っても価値がありませんからね」
「そうかなぁ。この石、きっと魔法がかかってるぜ。石を彫るとか、削るって感じじゃなかったしさ。こんな細かい所まで、一晩じゃできっこないし。職人の神業っていうならともかくさ。親父の見よう見まねでしかやったことのない俺に、ここまでできるなんておかしいぞ」
「それは、石にかかってる魔法であって、グレイヴァがかけたんじゃないでしょ。まぁ、そういう細かいことはいいじゃない。せっかく完成したんだから、早くメルテムの所へ持って行ってあげましょ」
「そうですね。彼女も待っているでしょうから」
「ちょい、待ち」
出掛けようとするアルテとフィノを、グレイヴァが止めた。
「腹減った。俺、昨夜からメシ食ってないんだ」
☆☆☆
ここへ来るまでにアルテが帰り道の目印として出しておいた、白地に波線を三本引いた葉。それをたどって、メルテムと会った場所へ向かう。
出掛ける前、グレイヴァは自分の彫った像を池の水で洗い、昨日通った道を歩きながら布でていねいに磨いた。
どこまで自分の力だったのか定かではないが、一応は自分で彫ったものだ。できるだけきれいに仕上げたかった。
「ねぇ、それにしてもグレイヴァはどうして、メルテムの像を彫ろう、なんて思ったの?」
「え……」
そう尋ねられて、グレイヴァはちょっと戸惑った。
どう答えればいいのだろう。石の中にメルテムの姿が見えて、なんて言ったらフィノにからかわれそうだ。
でも、他にうまく言い訳する内容も思い浮かばなかったので、彫る前に考えていたことを正直に話した。
「妖精が見えたぁ?」
「見えたんじゃなくて、見えたように思っただけだ。……だから話すの、いやだったんだ。何か言われそうで」
「別に何も言ってないじゃない。あんたの言葉の一部を復唱しただけでしょ」
「ん……まぁ、そうだけど」
被害妄想、というやつだろうか。からかわれる、という先入観かも知れない。普段の会話が知れる、というもの。
「だけど、あたし達があの石を見た時は、いなかったわよね。さっきアルテも話してたけど、やっぱりあの子がグレイヴァに頼んだから、その思い入れの強さで見えたのかしら」
「早い話が、メルテムが俺に自分の姿が見えるように仕向けたってことか?」
「そんなところね。あくまでも、あたしの勝手な推測だけど」
「石の中に妖精の姿、ですか。確かに、ウィンデの時と酷似してますね。アージュは彼女のことについては何も話していませんでしたけれど、メルテムは助けを求める声を出せなかったのかも……」
夢の妖精アージュは、助けを求める妖精、またはその妖精について知っている妖精から、夢を通じて情報を得ているはず。そして、その情報は夢を通じてグレイヴァ達に伝えられる。
だが、もしメルテムの状態を誰も知らず、彼女自身も誰かに伝える術を持っていなければ。
アージュ達には何も伝わらないし、情報がなければグレイヴァ達が赴いて彼女を救い出す、ということはできない。
もし彼女が魔物によって好ましくない状況にさらされているとすれば、彼らに出会えたのは幸運以外の何者でもないだろう。
「グレイヴァは……」
「え、俺が何?」
「ぼくよりも、魔法使いの素質があるかも知れませんね」
「はぁ? 何言ってんだよ、アルテ」
いきなり妙なことを言われ、グレイヴァは目を丸くする。
「アルテより素質があるかはともかく、案外グレイヴァは向いてるかもね」
フィノまで同調する。
「妖精に好感を持たれる。それは、一種の才能です。がんばれば身につく、というものではありません。グレイヴァが魔法を習得すれば、手助けをしてもらいやすくなりますよ。火を使う時は火の妖精、水を使う時は水の妖精が手を貸してくれるんです。普通の魔法使いでも妖精を呼び出せはしますが、グレイヴァの場合は相手が自発的にしてくれるかも知れませんよ」
「俺は呪文を覚える程の頭も、根気もないって。覚えた頃には、きっとじじぃになってるぞ。どうして急に、そんなことを思い付くんだよ」
「石を見て、メルテムの姿を見出したからです。あんな短い時間、しかも相手はもしかすれば姿を失いかけているのに、グレイヴァはちゃんとメルテムの意思を無意識のうちに感じ取っていたんですよ。それに、これまで会った妖精達の態度を考えてみても、さっきも言いましたが、これは才能です」
これまで才能がある、なんて言われたことはなかったし、ましてやそれが妖精に好かれるという才能では、グレイヴァにはピンとこなかった。
「グレイヴァを魔法使いにするって作戦も、面白そうね」
「作戦って何だよ、作戦って。くだらないこと言ってないで、先を急ぐぞ」
妙な方向へ話が行きそうなので、グレイヴァはわざと大きな声を出して歩く。
昨日はそこそこ距離があったように思えたが、目的地がはっきりわかっているせいか、そんなに遠いようには感じなかった。
やがて、例の白黒の葉が落ちている所まで、グレイヴァ達は戻って来る。はっきりわかる目印のおかげで、場所を間違えることもない。
「来るかな」
「呼べば来るんじゃないの。万一の時は、無理だろうけど」
「そういう変な方向に考えるなっての」
「まあまあ。最悪の事態はその時に考えましょう。グレイヴァ、彼女を呼んでください」
「俺が?」
「彼女はグレイヴァの声で現れましたからね。同じ声の方がいいと思います」
昨日怒鳴っていたのは、グレイヴァ。アルテの声も聞いているはずだが、呼び出すのはグレイヴァの方がメルテムも出て来やすいだろう。
「んー、まぁ、そういうことなら……」
意識して呼ぶ、となると、何だか緊張する。
グレイヴァは息を吐き、それから思い切り吸って大きな声で呼びかけた。
「メルテム、戻って来たぞ。言われた通り、透明の石で作って来た。ほらっ」
昨日と同じ場所に立ち、グレイヴァは持っていた像を掲げた。
少し間があり、像を持つ手に風が当たったかと思うと、グレイヴァの手を中心にして小さな竜巻が起きた。
「うわっ……な、何だ?」
風の中で、手から像が離れた。離れたと言うより、溶けたようになくなったのだ。
像を掴んでいた手は空を掴み、風の勢いでバランスを崩したグレイヴァは、その場にしりもちをついた。
「大丈夫ですか、グレイヴァ」
アルテが駆け寄り、手を差し出す。
「ああ……あ?」
グレイヴァの視線に気付き、アルテは振り返った。
グレイヴァの手の周りで起きた竜巻は彼の手を離れ……と言うより、竜巻からグレイヴァが手を抜いたようなものなのだが、その風はゆっくり静まりかけていて、その中央に人の姿が現れ出している。
人と言っても、人間のサイズではない。並んで立てば、ひざより低い身長。
だが、その顔は、さっきまでグレイヴァが持っていた像と同じだった。
「ありがとう」
完全に姿を現した少女は、まず最初にそう言った。
それから、座り込んだままのグレイヴァと、その横にいるアルテに視線を合わせるように下へと降りて来た。その背中には、透明な羽がある。
「この姿に戻れる日が来るなんて……。本当にありがとう」
それは、昨日聞いた声と同じもの。
だが、強さが全然違う。しっかりした声だ。生きている、と思わせるような。
石は透明だったが、彼女自身にはちゃんと色がある。
両サイドにまとめられた銀髪のシニョン。薄い青の瞳。透き通るような白い肌。柔らかなピンク色のくちびる。薄い青の衣。
像だった時より少し大きくなっているので、その姿はさらによくわかるようになった。
こうしてはっきり実在する彼女は、透明だった時よりも幼く見える。笑みを浮かべているその顔は、昨日よりも段違いにかわいかった。
「メルテムっていうのは、あなたの名前ってことでいいの?」
「そうよ。私の名前」
「やはり自分の姿を、グレイヴァに彫ってもらいたかったんですね」
「ええ」
メルテムはうなずいた。
「私は、ピルツの森を駆ける風の妖精なの」





