何かを作る
「へ?」
「石で何か作れ、と言われましたから。となれば、グレイヴァの出番でしょう?」
「お、俺がぁ?」
「あんた、石工になるつもりだったんでしょ。ちょうどいいじゃない、修業ができて」
この旅に出なければ、どこかの街で師匠となる人を探し、石工になるべく修業していただろう。
もっとも、父のグルドがそうだったから何となく自分もなろうか、と思っていた程度なので、そのうち方向転換していたかも知れない。
「フィノやぼくは、そういう技術を持っていませんから。適材適所ですよ」
魔物はフィノが退治した。石の浄化はアルテがやった。石を彫るのはグレイヴァの仕事。
「そんなこと言ったって……何を作ればいいんだよ」
「まかせるわ」
あっさり丸投げされた。
「何だよ、それ。無責任だぞ」
「ですが、これという指定もありませんでしたから。何ができても、ぼく達は文句は言いませんよ」
文句なし、と言われても、責任重大な気がする。これを作れ、とはっきり言われた方がずっといい。
「陽もずいぶんと陰ってきましたね。今日は、ここで休むことにしましょうか」
「そうね。じゃ、薪集めでもしよっかな。グレイヴァの分も集めて来てあげるから、石の方はまかせたわよ」
気楽に歩いて行くフィノを見て、薪集めの方がいい、とグレイヴァはこっそり思った。
☆☆☆
どうやら冗談抜きで、アルテとフィノはグレイヴァに一任するつもりらしかった。さっさと薪を集めに行ってしまい、グレイヴァ一人がぽつんと残される。
「アルテまで行っちまった。んー、何でもいいったって……何を作ればいいんだよ」
グレイヴァは、手の中の石を見詰める。ノミはあるので、とりあえず彫るのには困らないが……なかなか手が動かない。
こうして見ていると、本当に水滴がそのまま固まってしまったような石だ。
氷なら白く濁ったり筋が入っていたりするが、この石は本当に透明。多少の歪みこそあるが、向こう側が透けて見える。
「片方をもう少し平らにして、たまご、なんて言ったら、メルテムも怒るよなぁ」
楕円形の石の片方を削り、それらしい形にすれば卵のようになるが……。
いくら「何でもいい」と言われても、それではいくら何でもいい加減すぎる。だいたい、それで「作った」と言えるだろうか。
もっとも、本当にそれをしたら、メルテムの所へ行くまでにフィノが絶対に文句を言うだろう。
「何か作って……何を作ってほしいんだろう」
姿のほとんど見えない妖精は「何かを作って」と言った。
本当に「何でも」いいのだろうか。わざわざ石を指定しているのに。実は欲しいものがあったんじゃないだろうか。
魔物がそばを飛び回っているような所にある石で何かを作って、彼女はそれをどうするつもりなのだろう。
ただ石細工が欲しいだけなら、この石でなくても構わないはず。この石が彼女の言った物に間違いないかどうかは別として、これと指定したのには理由があるはずだ。
そもそも、この石は何と言う名の石なんだろう。水晶でもない。硝子でもない。今までに見たことのない石だ。
そんなことをつらつらと考え出したグレイヴァの頭の中に、光の加減で見えた妖精の姿が浮かぶ。
幼い少女のような顔立ち。妖精がどういう歳のとり方をするのか知らないが、あれだとまだ精神的にも幼いのでは、と思われる。
笑みのない顔は、せっかくのかわいらしさを半減させていた。どうしてあんな……淋しそうな表情をしていたのだろう。
そこに実在するのかもはっきりしない姿で心許なく宙を浮かんでいる様子は、まるで夢の産物か幻だ。
とても不安定で、風が吹いたら散ってしまいそうな、おぼろげな存在。
グレイヴァが「そこにいるのか」と聞いて何も答えなかったのは、本当にそこにいなかったからではないか、とすら思える。
フィノはそこに存在することを知られたくなかったんじゃないか、と言っていた。でも、それならグレイヴァ達に話し掛ける必要はなかったのだ。
黙っていれば。木の陰に隠れていれば。まず絶対に見付からなかったのに。
「むしろ、見付けてほしかった、とか……考え過ぎかな」
余計なことを考えている時間はない。早く何かを仕上げてメルテムの所へ持って行き、鈴音石のある所まで案内してもらわなければいけないのだ。
グレイヴァはもう一度、手の中にある透明な石を見詰めた。どういう物を彫るべきか、と。
だが、一度メルテムのことを考えると、実は彼女はもっと何か言いたかったんじゃないか、と思えてならない。本当は何が欲しいのだろう、と。
透明な石。透明な姿。
石は透明と言っても、ちゃんと形ある物としてここに存在しているし、はっきり見えている。
メルテムの透明な姿は、ほとんど見えなかった。あの時、グレイヴァに彼女の姿が見えたのは、たまたま光の角度がよかったからだ。
「同じように透明って言っても、ものによって違うのか。言葉って難しいよなぁ。俺みたいな頭の悪い奴が考えても、わからないな」
ため息をついて、それからふとグレイヴァはひらめいた。
形のわかる、透明な石。これで「メルテム」を作れば。
透明でも彼女は、ちゃんと姿が見えるようになる。
そう考えながらグレイヴァが石をじっと見詰めると、石の中にメルテムの姿があるような気がした。
自分の激しい思い込みが、都合のいい幻を見せているのだろうか。
思い返してみれば、この石には低級とは言え、魔物による汚れがついていた。やはり、彼女も一連の事件の被害者かも知れない。
助けてほしくて、でも言うことができなくて。
「そうだ。ウィンデだって、魔物に身体を水晶の中に閉じ込められてたんだ。あんなにはっきり見えてないけど、メルテムだってここに……」
旅を始めるきっかけになった、たんぽぽの妖精ウィンデ。彼女は魔物によって水晶に封じられ、助けを求めていた。
そこへアルテが関わり、グレイヴァが首を突っ込み……。
あの時と同じことが、メルテムにも起きてないとは言えない。
どうせ、何を作ってもいい、と言われたのだ。それなら、作るものは決まった。
「あら、彫り始めたのね。何にするの?」
やがて戻って来たフィノが尋ねても、その声がまるで耳に入らない程、グレイヴァは夢中になって石を彫っていた。
☆☆☆
思えば思う程、石の中にメルテムの姿があるように見える。こころもち顔を上に向けて、立っている姿が。
まるで果実の皮がはがれ落ちるかのように、メルテムの姿を残して石は彫られてゆく。
石がもろい。軽く刃を当てるだけでひびが入ってしまうような、繊細と言うか、柔らかな石なのだ。
半分陶酔したように石に向かっていたグレイヴァだが、これは自分の力で彫っているのではない、と頭のどこかで認識していた。
やはり石の中にメルテムが封じられていて、自分の刃が石に当たる度に彼女を覆っていたものが取れてゆく。
そんな感覚を受けていたのだ。
やがて、グレイヴァが石の中に見ていた通りの「メルテムの姿」ができあがった。浮かび上がった、と表現すべきかも知れない。
とにかく、この石で「物を作った」のだ。
「よしっ、できたぜ」
ようやく顔を上げたグレイヴァは、周りが明るいことに気付いた。
「あれ……?」
確か、彫り始めた時は空が赤く染まり始めていた頃のはず。
そばには、薪の燃えカスが細い煙を立ち上らせていた。その横に、グレイヴァの分らしい食べ物が置かれて。
「お疲れ様でした、グレイヴァ」
「アルテ……俺、もしかして徹夜した?」
そういう意識はなかったのだが、状況を見渡すとそうらしい。
アルテの横で、フィノがのびをしている。
「ぼく達が戻って来たのも全く気付かないで、一心不乱に彫っていましたよ。ぼくは時々居眠っていましたけれど、いつ見てもグレイヴァは真剣な顔で。声をかけるのもはばかられたので、あえて中断させなかったんですが……大丈夫ですか?」
「あ……ああ。徹夜したって感じが全然しないし、そんなに時間が経ってる気もしてないから。けど、俺……一晩でこれを彫ったのか?」
グレイヴァの手の中には、幼い少女の像があった。
それは、間違いなくグレイヴァが昨日見た、妖精の姿。
顔や身体はもちろん、髪や指、衣のしわなど、とても細かな部分までしっかりと彫られている。浮彫などではなく、ちゃんとした一体の像。
人形作りの天才でもないグレイヴァが、一晩でできる作業ではない。
「へぇー。本当に器用ねぇ、グレイヴァって。なかなか美人に彫れてるじゃない。あの子、こんな顔してたのね」
「……フィノ、これが誰か、わかってるのか?」
「メルテムでしょ。あたしがいた位置じゃ、いまいちあの子の顔がわからなかったのよね。アルテの肩か、グレイヴァの頭にでも乗っていれば、もう少しちゃんと見えていたでしょうけど」
「どうして俺の場合は、頭なんだよ」
「だって、グレイヴァの肩だと低いじゃない。頭がちょうどいいのよ」
「そりゃ、アルテよりは低いけど、そこまで身長差はないぞ。それに、俺だってこれからもっと伸びるし」
「あら、そうかしら。ここ止まりって可能性もあるわよ」
「お前……性格悪い」
「まぁ、失礼ねぇ。とっても心優しいフィノで通ってるのに」
「けっ、よく言うぜ」
どこでそんな間違った情報が、まかり通っているのだろう。と言うより、誰が言ったのか。
「だいたい、顔がわからなかったのに、どうしてこれがメルテムってわかるんだよ」
「だって、それ以外にないでしょ」
当然、と言いたげな口調のフィノ。どうしていつもこんなに自信ありげに言えるのか、グレイヴァは首をひねりたくなる。
「だって、グレイヴァが見たことのない女の子を彫るなんて、絶対に考えられないもん。でも、あたしが見た女の子で、こんな顔の子はいなかったし。それならって思ったのよ」
「グレイヴァに任せて、正解でした。ぼくでは、こんな見事に仕上げられませんから。彼女の人を見る目は、正しかったようですね」
これ以上、グレイヴァとフィノを会話させると収拾がつかなくなると思ったのか、アルテが割って入った。
「正しいって……何がだよ。俺が石を彫るってなったのは、流れだろ」
「メルテムが何か作ってほしいと言った時、ぼくには彼女の姿がうっすらと見えたんです。その時、彼女はグレイヴァに向かって頼んでいたんですよ」





