鳥の魔物
「そうなのかなぁ……あれって妖精だとしたら、何の?」
「ああいう状態じゃ、あたしにも何の妖精かまではよくわかんないわ」
「メルテム……って言ってたっけ。何のことだろ」
最後に、つぶやくようにして出た言葉。魔法の呪文などではなかった。
「彼女の名前……じゃないでしょうか。ぼく達があの場所へ戻って来たら、呼べるように」
「名前を教えるからには、信用されてると思いたいわね。単なる呼び出しの言葉かも知れないけど、それはそれなりに……」
ふいに言葉を切り、フィノが耳をたてて横を向いた。
「フィノ、どうかしましたか?」
「魔物の気配がする。低レベルみたいだけど」
「やっぱりそういうのがいるのか」
妖精が現れるくらいだ。もしかすれば、とは思っていた。
森の外まで気配が流れ出るようなレベルではないにしても、あまり歓迎できない存在はいるらしい。
「なぁ、そいつらの近くに、探してる石があるんじゃないかな」
夢の妖精達からは聞いていない。
だが、メルテムがもし魔物に力を奪われた妖精で、透明な「石」が必要なのだとしたら。
魔物は取り返されないように、石の近くで見張っているかも知れない。
「魔物のいる所に宝有り、ですか。グレイヴァの言う通りかも知れませんね」
「それじゃ、行ってみましょ。このまま歩いても、これといって新しい展開があるとは思えないもん」
フィノはブルッと身体を震わせて気合いを入れると、魔物の気配を感じた方へと走り出した。
その後を、グレイヴァとアルテが追い掛ける。
グレイヴァ達は、小さな池がある場所へ出た。そこだけ別空間のように、ぽっかりと開けていて明るい。
にごりのない水面に、枝葉の間から差し込む太陽の光が当たり、きらきらと輝いている。
今までが暗い木陰の中にいたため、その明るさが実際以上にまぶしく思えた。
池のそばには森にある木よりも大きな、しかし枯れかけた木が立っていた。立ち枯れているような状態だ。
少しばかり衝撃を与えれば、そこから簡単に折れてしまいそうに見える。
その木の周辺に、カラスよりも二回りは大きな黒い鳥が三羽、飛び回っていた。
その羽は鳥らしくなく、は虫類の皮を張ったような羽だ。くちばしが細く長く、鋭い。
「あれが……魔物か」
遠くから見ていても、存在そのものが不気味に思えた。カラスを見ても何とも思わないが、その鳥を見ているだけでいやな気分になってくる。
フィノやアルテのように何の気配かを認識できなくても、グレイヴァの中の本能が「あれは異質な存在だ」と告げていた。
「おい、あそこっ。木の根っこ辺りに、何か光ってるぜ」
「どこです?」
「ほら、あの根と根の間に」
グレイヴァが指す所に、光を反射するものがある。木の太い根と根に挟まれるように、大きな水滴のようなものが見えた。
「水……が地面に吸い込まれないで、しかもあんな丸い形のまま残ってるはずないわよね。氷じゃあるまいし。ってことは、きっとあれがメルテムの言ってた石ね」
「そうなると、あの魔物は見張り役、というところでしょうか」
魔物達はグレイヴァ達の姿を見付けると、濁った声で鳴いた。
一羽がこちらへ向かって飛び、手前まで来るとふいっと上昇する。威嚇しているつもりだろうか。
三羽は輪になってグルグルと池の上を飛び、バカにしたような声で何度も鳴く。
「あいつら、完全に俺達をからかってるぜ。石でもぶつけてやろうか」
何を言っているのかはわからなくても、雰囲気で何となくはわかるもの。バカにされれば、腹も立つ。
「どうせ、すぐによけられるわよ。相手が鳥なんだから、ここはやっぱりねこの出番でしょ」
自信たっぷり、という態度で、フィノが前へ出た。
「おい、相手は三羽だぞ」
「あーんな低級な魔物、蹴散らすくらい楽勝よ」
フィノはとことこと池へ近付き、挑発するような声で鳴いた。
「お、おい、アルテ。あいつ、大丈夫なのか?」
「心配ですか?」
「べ、別に心配ってんじゃ……。殺したって死なないだろ、フィノは」
口では否定しても、表情を見れば丸わかり。
浮かびそうになる笑みを、アルテは苦労して引っ込めた。
「けど、三対一だし、あいつらの方がでかいしさ」
「グレイヴァ、フィノだってああ見えても、れっきとした魔獣なんですよ」
「それは……わかってるけど」
一見すれば普通のねこにしか見えないし、日常的にケンカしているからすっかり忘れているが、確かにフィノは魔獣なのだ。
「不利になれば、ぼくがフォローしますよ」
フィノがああも堂々と出て行くのは、本当に自信があるから。そして、何かあっても魔法使いがいてくれる、という安心のおかげなのだ。
三羽のうちの一羽が、フィノに向かって急降下する。一匹だけでのこのこと出て来たバカなねこを血祭りにあげてやろう、とでも思っているのか。
一羽だけなのは、わざわざ全部がかかっていく程ではない、と思っているのだろう。
鋭いくちばしが、真っ直ぐにフィノを狙う。細長いので、くちばしと言うよりはまるで細身の剣のようだ。
その剣が狙い違わず、地上の黒ねこへ突き進む。
フィノは、高速でこちらへ向かってくる鳥から逃げるかと思いきや、その場にとどまったままだ。
もちろん、怖くて動けない訳じゃない。
わかっていても、端から見ているグレイヴァは「逃げろっ」と怒鳴りたくなる。
くちばしが小さなねこの身体を貫こうとした瞬間、フィノは軽く地面を蹴った。そのまま、横殴りに鳥の頭を爪でひっかく。
魔物はまさに、ひっかかれるために飛んで来たようなものだ。
濁った声で魔物は叫び、地面に落ちながら黒い炎を出して燃え尽きた。
「……すっげぇ。一発かよ」
戦い、というにはあまりにあっけなく第一ラウンドが終了し、グレイヴァは呆然となってつぶやいた。これなら、自信ありげに出て行く訳だ。
池の上を飛び回りながらこの様子を見ていた残りの魔物に、フィノはまた挑発的な声で鳴いた。二羽の魔物は、怒りの声を上げる。
「あいつ、何を挑発してるんだ。まとめて掛かって来い、なんて言ってるんじゃないだろうな」
グレイヴァは感じたままに言ったのだが、実は当たっていた。
フィノは「怖いなら、一緒に来てもいいわよ」と言っていたのだ。
最初に仲間を簡単に殺された時点で、もう少し警戒していればよかったのだろう。だが、低級な魔物にそういった判断能力はほとんどない。
どう見ても力のなさそうな「ただのねこ」に、仲間をあっさりと殺された。半ば逆上した魔物は挑発にのって、フィノ目掛けて襲いかかる。
「うわっ、こっちへ来るぜ」
フィノを狙ったのは一羽だけで、残りの一羽はグレイヴァとアルテに向かって飛んで来た。
人間二人がフィノの仲間だということはわかっているから、こちらを狙えばフィノが焦る、とでも思ったのだろう。そういうずる賢い部分では、頭がまわるのだ。
もっとも、魔物が狙ったのはただの人間ではない。フィノもそれを十分すぎる程わかっている。
なので、何ごともなかったかのように、自分に向かって来た魔物を、これまた一撃で消滅させる。
一羽がこちらへ飛ぶのを見て、アルテはすぐに呪文を唱えていた。すると、細かな無数の光のつぶてが現れ、魔物の羽を貫通する。
揚力を失った魔物は、失速して地面に激突した。前にやられた魔物と同じように、黒い炎を出して燃え尽きる。
「あたし達に歯向かおうなんて、百年以上早いのよ」
そのうち高笑いでもしそうなフィノのセリフは、もちろん魔物達にはもう届かなかった。
☆☆☆
「言ったでしょ。楽勝だって」
本当に楽勝だったので、フィノは自慢げである。
「暴れる以前に、全部終わってしまいましたね」
「いいわよ。ずっと歩いて来たから、体力は十分に使ってるもん」
「フィノって、魔法は使わないのか? 前に、使えるって言ってたよな?」
「使えるわよ。でも、あーんなザコに魔力を使うなんて、もったいないじゃないの」
爪だけで撃退できるのだから、確かにもったいないかも知れない。
「あの鳥、どうして燃えたんだ? アルテやフィノがやったんじゃないだろ」
「魔物によるんです。死んだ時に燃え尽きたり、溶けたり、灰になったり。人間のように屍が残る場合もありますが……個々の力や性質によるようですね」
とりあえず、邪魔者は一掃された。
グレイヴァ達は、さっき見付けた石のある木の根元へ行く。そこには確かに、透明な丸い石が埋もれていた。
思ったよりも小さい。遠くから見ていた方が、もう少し大きいように思えた。光の加減のせいだろうか。フィノの頭より、少し大きいくらいのサイズだ。
グレイヴァは近くに落ちている枝を拾うと、傷付けないようにそっと周りの土を掘り、石を取り出す。
そんなに深くは埋まっていなかったし、周りの土も軟らかかったので、案外楽に掘り出せた。
丸いと思ったその石は、掘り出すと楕円形。本当に水滴がそのまま石になったんじゃないか、と思うような透明度だ。
付着した土を洗い流せば、もっと美しくなるだろう。水晶ではなさそうだが、どういう石なのだろう。
「あの池で洗っても、平気かな」
アルテが池の周りを少し歩き、水の状態を調べる。池の中に魚などの生き物の姿は見えないが、これといって不都合なものもなさそうだ。
「大丈夫でしょう。魔物の気配もなさそうですから」
魔法使いの許可もおりたので、グレイヴァは池の水で石の汚れを洗い落とす。
「念のため、浄化しておきましょうか」
「浄化? 前に舞踊石でやったみたいな、あれか?」
「ええ、そうです。弱くても、魔物がそばにいましたからね。おかしな力が覆っていないとも限りませんし、やっておくに超したことはないと思いますよ」
アルテがグレイヴァの持つ石の上に手をかざし、呪文を唱える。呪文が終わった瞬間、シュッというかすかな音が聞こえた。
「やっぱり、何かついてたみたい。浄化して正解だったわね」
「今の音が?」
「アルテの呪文で、くっついていたものが霧散したのよ。これで、その石は本当にきれいになってるわ」
目に見える汚れも見えない汚れも、全てが取れた状態になったのだ。
「あとは、グレイヴァの番ですね」





