透明な存在
もしかしたら、本当に宝を守るためだけに、迷わせているのかも知れない。
だが、それなら。さっき聞いた、あの鈴の音は何なのだ。
グレイヴァには、自分達が何を探しに来ているのか知っていてわざと音を聞かせ、それから迷わせる、という質の悪いイタズラをされているような気がして仕方がない。
からかわれているみたいで、腹が立つ。二度ふりだしへ戻されたあの時点でバカにされた気がして、だからグレイヴァは怒って歩いていたのだ。
「とにかく、考えましょう。何か方法があるはずです。突破口のようなものが」
特に魔法の気配は感じられない。恐らく、相手は自然の力を利用してうまく足の向きを変えさせているのだろう。真っ直ぐに歩いているつもりでも、どこかで折り返すように。
もし、こちらが魔法を使って強引に道を造り、そこを突き進んで行けば。もっとあからさまな、何かしらの邪魔をしてくるだろうか。
それならそれで、別の進展があるかも知れない。
「空を飛ぶっていうのも、一つの方法だけど……。上からじゃ、葉っぱが邪魔して下の様子がわかんないわよねぇ」
「そうですね。それに、上へ行けば風の音が邪魔をして、肝心な音が聞こえなくなってしまいますし。さっきのような小さい音だと、人間の耳ではまず聞き逃すでしょうね」
「枝から枝へ飛び移って……猿じゃないんだから、無理よね」
「ぼくにそんな芸当はできませんよ。一度くらいはできたとしても、すぐにお手上げです」
フィノならともかく、グレイヴァだってそんな芸当はできないだろう。地面を歩く以外で進むには……と考えて浮かんだだけだ。
「んー、やっぱり魔法を使ってみる? 少し強引になっちゃうけど。ネーフをあのままにしておくのって、まずいでしょ」
「そうですね。あまり普通の状態ではありませんから……」
「おいっ。誰がやってるのか知らねぇけど、よく聞けよ!」
アルテとフィノがどう進むか考えている横で、いきなりグレイヴァが森の奥に向かって怒鳴りだした。
「宝があるかなんて知らねぇけど、俺達はそんなもん、いらねぇんだっ。鈴音石があれば、それでいいんだよっ。なけりゃないって、教えてくれ。そうしたら、すぐにでも森から出てやるから」
怒りのせいか、かなり大きな声で怒鳴っているので、森中に響き渡りそうだ。
「グレイヴァって、きっと定規の生まれ変わりよ」
横で聞いていたフィノが、ぽそっともらした。
「どうしてです?」
「真っ直ぐだもん。ストレートすぎ」
「まぁ……確かに」
言い得て妙なので、何となくアルテもうなずいてしまう。
「グレイヴァ、あんたねぇ、ちょっとは駆け引きってものを考えなさいよ。二、三回続いたら考える、なんて言ってたけど、考えた結果が怒鳴ること? そんなふうに怒鳴って、相手がそうですかってすぐに納得してくれると思ってるの?」
「けど、宝探しの連中と間違えられるの、シャクじゃないか」
「だからって、何でもかんでもこっちの情報をばらしちゃったら、逆にそれを利用されることだってあるでしょ。あんたの首の上に乗ってるそれは何? 飾りなの?」
「ど、どういう意味だよっ」
「ちったぁ、頭を使えって言ってんのよっ」
「やめなさい、ふたりとも」
みかねたアルテが仲裁した。グレイヴァはむくれて横を向く。
そんなグレイヴァの髪を、風がふわりと揺らした。
「……?」
グレイヴァの目の前の空間、ほんのわずかな一部がぼやけている……ように見える。手の平を広げたくらいの大きさの空間が、ぼやけているのだ。
すぐそこに見える木が、ブレて見える。まるでそこだけ、水を通して見ているような感じだ。
その空間はまるで蝶々が飛ぶように、不安定な動きでグレイヴァの目の前をふわふわしている。
「アルテ……フィノ……何かいる……?」
光の角度によって、おぼろげなその輪郭が見え隠れする。それはまるで……空を飛ぶ人の姿のような。
「誰かいるんですか。返事をしてください。お願いします」
アルテもフィノも、グレイヴァに呼ばれた時点ですぐにその気配に気付いていた。
普通ではない、何かがいることに。
「なぜ……鈴音石がいるの?」
か細い声がした。
高く、澄んだ声だが、とても小さい。腹から声が出ず、口先だけでしゃべっているような。
アルテは少し迷った。さっきフィノが言ったように、こちらの情報を話すことで利用されるかも知れない。
だが、鈴音石が必要なことはグレイヴァが怒鳴っていたので、もう知られている。
それなら、いっそ……と考え直した。
「鈴音石の力を欲している妖精がいます。彼女は深い眠りに落ちていて、助けられるのはその石ではないか、と彼女の友に教えられました。その妖精を救えるなら、鈴音石を持ち帰りたいのです」
「……」
そこにいる何かは、何も答えない。アルテの言葉が真実かどうか、見極めようとしているのだろうか。
返事はないが、消えた訳ではない。まだグレイヴァの前の空間の一部は、ゆらゆらしている。
「なぁ、そこに……いるんだよな?」
不思議な感覚はしているが、はっきりと目に映らない。アルテやフィノのように気配を感じ取れないグレイヴァは、そう問い掛けてみた。
「……」
返事はない。わずかにグレイヴァが首を曲げると、光の加減でその容姿が一瞬見えた。
幼い少女のような顔が浮かぶ。頭の両横には、丸くまとめられた髪。ふっくらした頬に、大きな瞳。小さな口元に、笑みはない。
だが、すぐにその姿は隠れてしまい、またおぼろげな輪郭だけになる。
「この奥に……透明な石があるわ」
「それが鈴音石ですか?」
「いいえ。その石で何か作ってくれたら、そこまで導いてあげる」
「作るって……何を作れってんだよ」
グレイヴァが尋ねても、返事は来ない。
俺、もしかして嫌われてるのかな。さっき怒鳴ってたりしてたから、いやがられてるとか……。
ちょっとばかり、グレイヴァは自分の行動を反省した。
「ここへ……持って来て……メルテム、と」
その言葉を最後に、空間の揺らぎはなくなった。どうやらこの場を去ったらしい。
現れた時もわからなかったが、消える時もどう消えたのかよくわからなかった。
もっとも、最初からこちらには姿がよく見えなかったので、わからなくても当たり前なのだろう。
「今の、妖精だったのか?」
「恐らく、そうだと思いますが……」
「アルテにもわからなかったのか?」
「ええ。あまりこういうことはないんですが」
魔法使いのアルテにも、その姿がわからなかった。見え方は、恐らくグレイヴァと同じ。余程姿をみられたくなかったのだろうか。
「どういうことなんだ? 何か作って、持って来いって」
「だから、交換条件でしょ。鈴音石を手に入れるための」
「妖精って、見返りを求めるのか?」
「人間だって、求めるじゃない。ま、妖精は人間程にがめつくはないけどね」
「とにかく、森の奥へ入る許可はもらえたようですね。森の気分が変わらないうちに、行きましょうか」
「行くって、どっちに?」
この奥、とは言われたが、どちらの方角とも聞いていない。
「適当ですよ。違えば、きっとここへ戻って来るでしょうから」
アルテはそう言って、本当に適当な方向へ歩き出した。
目印として、白地に波線を三本引いた葉を置いて。
☆☆☆
どれくらい歩いただろう。
あれ以来、鈴の音は聞こえて来ない。だが、また同じ場所へ戻って来るということもなく、とりあえずは順調に森の中へと進んでいるようだった。
奥へ入るにつれて、やたらと起伏が激しくなってくる。
もしかしたら、進みすぎて森の横にあった山の中へ入り込んでしまったのか、と思う程に傾斜がきつくなったり、急に下り坂になったり、あるいは平坦な道が続いたり。
振り返ると、アルテが出した波線の入った白い葉が点々と落ちている。グレイヴァ達が歩いて来た道を、確かに示してくれていた。
何か細工された様子はない。惑わされておかしな場所を歩き続けているのではない、と教えてくれている。
「どこにあるんだよ、透明な石って……」
何かを作れ、と言うからには、そこそこに大きな物だと思われる。だが、こうして歩き回っていても、それらしい石は見当たらない。
「透明って……透き通って見えない、なんてことはないよな」
「さぁねぇ。透明な石って言ってたあの子自身も、透明だったし。光の加減で見えなかったりしたら、とっくに通り過ぎてるかもね」
「おい、もし素通りしてたら、ここまで来た距離はどうなるんだよ。見当違いの場所を歩いてる余裕なんか、ないんだろ」
ネーフが今すぐ死んでしまう、ということはないだろうが、楽観もできない。
その妖精にとっての異常な状態を長引かせるのは、人間であれば病人を放置しているようなものだ。
「透明な石、というのは、水晶のようなものじゃないですか。あれも透明な石、と表現できるでしょう? 本当に水晶かどうかは別として、ぼく達の目に見える物だと思いますよ」
「だといいけどね。あの子、どうも妙な感じだったし」
「妙って? 姿がよく見えないってことが?」
グレイヴァも、今まで妖精の姿はそれなりの数を見て来た。姿が見えないのも、こちらを信用しきっていないから、わざと隠しているのだと思っていた。
こういう妖精(かどうかは、まだ不明だが)もいるのだろう、と。
「それもなんだけど、力が殺がれてるような……」
うまい表現が見付からない。
「ぼくも、どこかしっくりこない感じはありました。あれは、本来の姿ではないのではないか。そういうことですか?」
事情があって見せないのではなく、見せることができなかった、という可能性もある。
「そんな感じね。声に力もなかったし」
どうにか言葉を紡いでいるかのような、力のなさ。やる気がない、というのとは少し違う。
「俺が聞いても、何も応えてくれなかったんだよなぁ。しゃべりたくなかったのかな」
「グレイヴァが、答えたくない質問ばっかりしたからじゃないの?」
「俺、そんなに難しいことは言ってないぞ。確か……そこにいるのかってことと、石で何を作るんだって聞いただけだし」
「だから、自分がそこに存在することを知られたくないとか、何を作るのかまではこっちまかせで答える気がなかった、とかじゃないの」
嫌われていた訳ではなかったのだろうか。怒鳴る人間とは関わりたくないと思っていたのではなく、別の理由があって……。
彼女自身に聞かなければ、答えは得られないが。





