影の攻撃
グレイヴァは泉の中で会った水の女性のことや、アルテが来る前に石を渡されたことなどを話した。
「どうしてだか、急に渡されてさ。手に入ったぞって気持ちより、何で? って感じだったな」
「水の精霊だったのかも知れませんね。グレイヴァの気持ちがちゃんと伝わったから、石を渡してくれたんですよ」
「……たんま。それ以上、言わなくていいからな」
放っておくと、またアルテは「グレイヴァが純粋だから」とか何とか言い出すに決まっている。
その前に、グレイヴァはさっさとストップをかけた。
「ぼく達を助けてくれたのも、きっとその彼女ですよ。あるいは、彼女の仲間が」
「グレイヴァって、どうしてだか精霊や妖精に好かれるわよねぇ。得な性分って言うか、妖精達の見る目を疑っちゃうって言うか」
「そうなの? グレイヴァって、妖精に好かれてるの?」
「お、俺は別にそうは思ってないけど」
周りにたくさんいる、という状況はあったりしたが、それはこの旅をしているからだ、とグレイヴァは思っている。
「グレイヴァには、惹かれるものがあるんですよ、妖精達にとってね」
「だーっ! もういいからっ。石は手に入ったんだから、さっさと外へ出ようぜ。妖精が首を長くして待ってるだろ」
グレイヴァは立ち上がると、さっさとマルサラの伸ばしてきた糸を頼りに、来た道を戻って行く。
「あ、グレイヴァ。ランプなしではまた別の泉に落ちますよ」
アルテが急いでグレイヴァを追う。
「さ、ぼく達も戻りましょう」
促されて、フィノとマルサラも二人の後を追った。
「あの子ねぇ、からかうとすっごく面白いのよ。すぐに顔を赤くして、怒るんだから」
「あたし、グレイヴァが妖精に好かれるの、わかる気がするわ。最初に会った時、他の人とは雰囲気が違うように感じたのは間違いじゃなかったのよ。魔法使いじゃなかったけど」
マルサラは、普通とは少し違う気配を感じやすい。もしかしたら、魔獣であるフィノではなく、本当にグレイヴァの普通の人にはない雰囲気を感じ取ったために、彼を家に連れて帰ったのかも知れない。
「マルサラ……」
「はい?」
「グレイヴァを助けてくれて……ありがとね。どうせあの子、どうやって助かったか、なんてわかってないだろうから。今だけ、代わりに言っとくわ」
「……うん」
マルサラの頭が小さくうなずいた。
☆☆☆
「やぁっとここまで戻って来たか」
最初の泉を通り越し、またあの光るコケが大量に生えている所まで戻って来た。
さっきと同じように淡い黄色の光を放ち、ランプが必要ないくらいに明るい。もうすぐそこには、出口が待っている。
行く時はどこが目的地なのかを探しながら歩いていたので、自分達がどれくらい歩いていたのか、自覚があまりなかった。
でも、糸を頼りに戻って来ると、ずいぶん奥まで進んでいたのがわかる。そこそこに大きかった糸玉が、小さくなるはずだ。
「ここを抜けたら、外だな」
グレイヴァがそう言って、歩き出そうとした。
その前に、行く時と同じように影が現れる。行く時は遠くの方に見えていたが、今度はやけに近くへ出て来た。そのせいか、少し大きく見える。
「また出たぜ。俺達がこれは影だってわかってても、律儀に出て来るようになってるんだな」
もう化け物の正体はわかっているのだ。奥まで入って行ったのだから、影の方でもわかってくれてもよさそうなものなのに。出て行こうとする時も、やっぱりこうして出て来た。
気にせず、グレイヴァが再び歩き出そうとする。
それを、魔法使いが制止した。
「グレイヴァ、止まって!」
その声に、グレイヴァは慌てて出しかけた一歩を引っ込める。グレイヴァが足を引く前の場所に、影の腕が地面にめり込んでいた。
影がグレイヴァをつぶそうとして、襲ってきたのだ。アルテが止めずにいたら、グレイヴァは足をつぶされていた。
「なっ……何だよ。俺が行き掛けに行ってた言葉、実行してやがるのか」
影が実体になって襲って来るのでは、と半ば冗談で言ったことが、現実になってしまった。
自分達の影が、グレイヴァ達をこの洞窟から出すまい、と立ちふさがっているのだ。
「まずいことになったわねぇ。自分の影が相手じゃ、本気にもなれやしない」
横でフィノが軽く舌打ちする。
影をどうにかすることは、影の持ち主をどうにかすることにもつながる。あの影は自分達だから、影を攻撃すればもろに自分へ返ってくるのだ。
フィノも、本当にこうなる、とは思っていなかった。
「やっぱり石を守るために……? でも、奪って来たんじゃないのに」
目の前のできごとに、マルサラがショックを受ける。
自分達は、何も悪いことはしていないのに。
「そんな細かいところまで、恐らくわかっていないんだと思います。知っていれば、こんなことになるはずはありませんからね」
「そんな落ち着いて話してる場合かよ」
グレイヴァ達が前に進まないので、影も動かない。だが、ほんの五歩程先で待ちかまえている。帰ろうとすれば、襲い掛かってくるのだ。
「ちっくしょう……。本当なら、こんな所で時間食ってる場合じゃないんだろ」
マルサラの前から妖精が姿を消して、かなりの時間が経つ。その時は消滅こそしていなかったが、今は力の弱い妖精から消え始めているかも知れない。
「石を持ってるのは、俺だろ。アルテ達には何もしないんじゃないか?」
「それで、グレイヴァはどうするつもり? グレイヴァはともかく、その石がなきゃ、外へ出ても仕方がないじゃない」
「俺はともかくって、どういう意味だよ」
こういう場でも口ゲンカが絶えないのは、いいことなのだろうか。
「まあまあ。でも、確かにグレイヴァだけが残ったところで、どうしようもありませんよ。グレイヴァは外へ戻れない。石は外へ持ち出せない。石を持つのが誰であれ、同じです」
「アルテ、魔法で何とかできないの?」
マルサラがすがるような目で、アルテを見る。
「フィノがさっき言ってましたが、影を攻撃することは自分を攻撃することになるんです。下手なことをすれば、自滅してしまいますよ」
八方ふさがりだ。
「一気に走り抜けてやる。あいつに掴まえられなきゃ、いいんだ」
「あっさり言うわねぇ。できるの?」
「フィノだって、走り抜けるしかないって言ってたろ。魔法が使えないんなら、そうするしかないぜ。悩んでる時間なんかないぞ」
「……じゃ、あたしが先に行くわ。影が何もしないようなら、マルサラもついて来て」
「でも」
「ついて来るのっ」
そう言って、フィノが一歩踏み出した。影も同じように動いたが、グレイヴァの時みたいには襲って来ない。やはり、石を持っていないから、だろうか。
「大丈夫のようですね。さぁ、マルサラも行って」
アルテがマルサラの背中を押して進ませ、外へ向かわせる。
「グレイヴァ、石をこちらにください。ぼくが石を持ちます」
「俺の方が、足は速いぞ」
「ですが」
「アルテより速く走る自信、ある」
グレイヴァは譲らない。彼もがんこだ。
「……わかりました」
最悪の場合、光の元であるコケを焼くかするしかないだろう。それをするなら、魔法を使う自分は外にいて、グレイヴァが走り抜けられるように道を作れば、助けられるはず。
そう考えて、アルテも外へ向かった。が、グレイヴァの姿が見える位置でとどまる。
「グレイヴァ、行けますか」
そこにいるのがグレイヴァだけになり、影もグレイヴァのもの一つになった。その分、大きくなったようにも思える。
「よーし、一気に行ってやらぁ」
ポケットにある石を確かめ、大きく息を吸う。それから、思いっ切り力を込めてグレイヴァは地面を蹴った。出口を目指して、とにかく突っ走る。すぐ後ろで影の腕がグレイヴァを掴まえようとしているが、かろうじて逃れた。
だが、あと少しでアルテが立っている場所へ着く、という寸前。
「うわっ」
たっぷり水分を含んでいるコケに、足をすべらせた。
岩の上でなくコケの上に転んだのでケガはないが、そこを狙って影の腕が掴まえにくる。
「グレイヴァ!」
先に出ているアルテ達の声が重なった。
フィノやマルサラがいる位置からは見えないが、グレイヴァの声で何かあったことを悟ったのだ。
グレイヴァはわずかの差で影の手から逃れたが、逃げるうちに壁の方へと追い詰められる。影も獲物が追い詰められているのがわかっているのか、じわじわと近付いて来た。
「ちっくしょう……。いい加減にしろよ、お前らっ。邪魔すんな!」
たまらず、グレイヴァは怒鳴りつけた。影に、その影を作る光るコケに。
「お前ら、誰のために石を守ろうとしてるんだよ。すぐそこの湖にいる、妖精のためなんだろ。この石がなきゃ、その妖精が死んじまうんだ。今、お前らがやってるのは、妖精を苦しめることなんだぞ」
グレイヴァを追い詰めようとしていた影の動きが、ゆっくり止まる。グレイヴァの言葉を理解しているのだろうか。
「俺は石を盗んだんじゃない。渡されたんだ。でも、俺にじゃない。妖精達のためなんだ」
影の動きが、完全に止まった。
今がチャンスか?
小さく一歩を踏み出す。影がわずかに身動きしたが、グレイヴァを捕まえようとはしない。
今なら、走れば抜けられるだろうか。
行ける!
グレイヴァが身構えた時、洞窟内が強い光に照らされた。
「グレイヴァ、今のうちです」
アルテの声が洞窟に響き、グレイヴァは弾けるようにして地面を蹴った。
☆☆☆
転がるようにして、グレイヴァは洞窟の外へ出た。
影の手が伸びてきて中へ引き戻されることもなく、グレイヴァとアルテは無事に逃げられたのだ。
「二人とも、大丈夫?」
先に出ていたフィノとマルサラが、二人に駆け寄る。グレイヴァは息を切らしていたが、ケガもなく、石も落とすことなくちゃんと持っていた。
「アルテ、出る直前にすっげー強く光ったけど、何だったんだ?」
「ぼくの魔法です。影を攻撃できないなら、影そのものを消すことはできないか、と思って」
光があるから、影ができる。あのコケがなければ影はできなくなるが、それではこの先この洞窟を、源水石を侵入者から守るものがなくなってしまう。
いくら妖精達のためとは言え、そこまでやっていいものだろうか。
妖精達は「魔法使いに石を持って来てほしい」と言った。
それは、あの泉の中から石を取り出す力と、この洞窟から抜け出すための力が必要だったからではないだろうか。
「それなら、逆の発想でいこう、と思ったんです。光を消すことで影を消すのではなくて、光を八方から照らし、影が光でかき消されるようにしてしまえば、と」
「よくあんな状況で、そんなこと思い付いたな」
「それがアルテのすごいところよ」
自分がほめられた訳でもないのに、フィノが胸を張った。





