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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
5の石 ~源水石~

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倒れたグレイヴァ

「もっとも、光ったのは一瞬でした。すぐに魔法の手応えがなくなりましたから。ぼくがいたのはまだ洞窟内でしたから、無力化されたようですね」

「いいじゃないか、出られたんだしさ」

「ぼくの魔法より、グレイヴァの説得の方がきっと効いたんですよ」

「あたし達の所まではよく聞こえなかったけど、グレイヴァは何を怒鳴ってたの?」

 グレイヴァが足をすべらせ、影に捕まりかけた時。

 何かあってはいけないから、とマルサラはフィノに洞窟から少し離れるように言われ、不本意ながらその通りにしていた。

 中からグレイヴァの声がしている、とは思ったが、言葉まではわからなかったのだ。

 フィノは人間より耳がいいので、グレイヴァの言葉はちゃんと聞こえていた。

「コケに向かって、邪魔するなって怒鳴ってたの。植物に怒鳴るなんて、思い付かないわよねぇ」

「けっ。どうせ俺は感情的で、アルテみたく建設的な考えなんて浮かばないよ」

「拗ねること、ないじゃない。さ、やっと出られたんだもの、早く行きましょ。シューレ達が待ってるわよ」

 一行は、急いで湖のほとりへ向かった。空は、青からうっすらとしたオレンジ色へ変わりつつある。ずいぶん歩いたとは思っていたが、半日以上いたらしい。

 グレイヴァが湖を覗き込んでみる。期待はしていなかったが、やはり妖精は出て来ない。

 おかしなことに、水は透明できれいなのだが妙な気配を感じてしまう。気持ちが苦しくなるような、自分では知らず表情が硬くなってしまうような息苦しさ。

 何も知らなければ、きれいだけれどあまり近付きたいと思わない湖だ。

 もしかしたら、妖精の苦しみのようなものが水面を漂っていて、無意識のうちに感じ取っているのかも知れない。

「この石を、湖に入れればいいのか?」

 明るい所で見る源水石は、泉の中で見たよりももっと透明に近い青だった。

 石とわかっているが、じっと見ていると大きな水玉みたいだ。身体が熱いのか、石の冷たさがとても心地いい。

「石を受け取りに出て来られる程、妖精も力は残っていないでしょう。少しでも早く全体に石の力が広がるように、湖の中央に投げ入れた方がいいですね。と言って、ボートに乗る時間も惜しいですから……グレイヴァ、肩に自信はありますか?」

 要するに、湖の中心に向かって投げろ、とアルテは言っているのだ。

「悪くはないぜ。思いっ切り投げればいいんだな」

 少し助走して勢いをつけるために、グレイヴァは後ろへ下がった。

 俺、どうしてこんなにどきどきしてるんだろ。汗が出てるし、気のせいか、息も荒くなってるような。石を投げるくらいで緊張するはずないし。……ま、いいや。

 グレイヴァは走った勢いにまかせ、石を湖に向かって力一杯投げた。石は大きく弧を描く。

「すごい、見えなくなっちゃった」

「今、あの辺り。もうすぐ……今落ちたわ」

 沈み掛ける太陽に照らされてキラリと光り、源水石は湖の中へと落ちた。

「あれでよかったのか? これといって反応がないみたいだけど」

「いえ、徐々に反応がありますよ。石が落ちた辺りから、手応えのようなものを感じますから」

 アルテに言われて、みんなで石が落ちた辺りをじっと見詰める。

 やがて、グレイヴァはさっき湖を覗いた時に感じた、妙な気配がなくなっていることに気付いた。

「妖精が……喜んでる妖精が増えていくのを感じるわ」

 マルサラに笑顔が浮かぶ。

「あたしには喜んでるかどうかまではわかんないけど、妖精の気配を強く感じるようになってきたわ」

 それぞれ、湖の中から何かしらの変化を感じ取っていた。源水石は確かに、その力を妖精達に与えているのだ。

「なぁ……気のせいかな。水面にもやみたいなのが見える」

 穏やかな水面は、太陽の光で不思議な模様を作っては消してゆく。そこに、白っぽいもやのようなものが漂い始めた。

「いえ、気のせいじゃありませんよ、グレイヴァ。妖精が力を取り戻して、その存在を具現化しようとしているんです」

「姿を現すってことか? それだけ元気になったってこと、だよな?」

「ええ。もう大丈夫ですよ。ここの妖精達は、元に戻れたんです」

「そっか……」

 もやが揺らいでいる。もやと同じように、水面も揺らいでいる。そのうち、全てが(かし)いで……。

「グレイヴァ? ……どうしたんですか、グレイヴァ!」

 アルテの声が、ひどく遠くに聞こえる。

「大変、ひどい熱だわ」

 マルサラの声も、ひどく遠くに聞こえる。どうしてだろう。さっきまでみんな、すぐそばにいたはずなのに。フィノも何か言っているようだけど、もう何も聞こえない……。

☆☆☆

 マルサラはアイレトルを呼びにやったが、彼は昨日から難産の妊婦にかかりきりで、当分はこちらへ来られそうにないらしい。

 他の医者を呼びにやらせたが、忙しいので往診はできない、と断られた。フォーレン家、と聞いて敬遠されたらしい。

 仕方なく氷を買って来させ、マルサラ自身がかいがいしくグレイヴァの世話をする。

 グレイヴァは源水石を投げてしばらくすると、突然その場に倒れてしまった。高熱を出して、気を失ったのだ。

 いつから具合が悪かったのか、はわからない。本人が何も言わないし、もしかすると気が張っていたために、グレイヴァも自分の調子がおかしくなりつつあることに気付かなかったのかも知れない。

「やっぱり、昨日の今日で具合がよくなかったのかしら」

「それもあるかも知れませんが……」

 マルサラの隣りで、同じようにグレイヴァの様子を見ていたアルテは、考え込みながら言った。

「マルサラ、あなたがあの泉に落ちた後、今のグレイヴァと同じようになりませんでしたか?」

「え? ……あ、そう言われれば。レトル達に洞窟の外で見付けられて、そのまま一週間くらい寝込んでたわ。熱が続いて……。え、じゃあ、グレイヴァも同じってこと?」

「たぶん、そうです」

 ぬれタオルと氷で頭や首回りを冷やされているグレイヴァの顔は赤く、息が少し苦しそうだ。

「あの泉は、例えば名前を付けるとすれば『妖精の泉』です。あそこにたまっているのは、普通の水ではない。妖精のための力が溶け込んだ水です。妖精のための、つまり魔力に満ちた水ですから、人間には刺激が強すぎるんですよ」

「アルテは平気なの?」

 アルテもグレイヴァを助けるために、泉の中へ入ったはずなのに。

「アルテは魔法使いだもん。耐性があるのよ。でも、グレイヴァは違うから」

 魔法使いは当然、魔法を使う。魔力を持つ。だから、魔力に満ちた水に触れても、何でもない。

 もちろん、レベルによっても差はあるが、倒れるまでには至らない。それだけ、身体が魔力に慣れているからだ。

 でも、魔法を使わない人間は、そういう水に影響される。まして、グレイヴァは溺れたような状態で、水も飲んだ。恐らく、マルサラもそうだったろう。

 慣れない身体の中に魔力を大量に取り込んでしまったから、身体が拒否反応を起こしているのだ。

 そうして身体が抵抗した結果、熱が出る。

「あの洞窟は泉に限らず、そういう力に満ちているんですよ。あのコケからしてそうですからね。……マルサラは、魔法使いが人によっては年をとるのがひどくゆっくりになってしまう、ということを知っていますか?」

 マルサラはきょとんとした顔で、首を横に振る。

「人によって、その傾向が現れるのはまちまちですけれどね。ぼくもそうなんですよ。この姿で時の流れがゆるやかになって、ずいぶん経ちます」

「え……アルテって、グレイヴァとそんなに歳が変わらないんじゃないの?」

 そう思ってしまうのも、無理はない。普通は誰もがそう思う。

「いえ、実際は一回り以上差があるんですよ」

「グレイヴァの年頃なら、もっと血気盛んでおバカなのがほとんどよ。アルテは落ち着いてるでしょ」

「確かに、対照的な気はしたけど……」

 てっきり、個々の性格の差だと思っていた。

「そういうことですよ。で、マルサラの成長が止まったのは、ぼくと同じ状態になっているのではないか、と思うんです。人よりも、少しゆっくりと時間が流れるようになってしまった、と」

「……」

「それなら、納得がいくんですよ。普通の人間に成長を止めることなんて、まずできませんからね。いえ、魔法使いにだって無理です。人間には、そこまで自然に対して抵抗する力はありませんから。マルサラは魔法を使う訳ではなく、その水の影響を受けているだけですから、いつか普通の時間の流れが戻ってくると思いますよ」

 街でマルサラの話をしてくれたおばさんが「ラージェの湖は不老不死ではないか」と言っていた。当たらずとも遠からず、というところだ。

「グレイヴァはどうなるかしら」

 マルサラがつぶやく。

「こんな旅をしているから魔法には慣れたでしょうが、自分で使ってる訳じゃありませんからね」

「まぁ、命と旅に影響がなきゃいいんじゃない?」

 フィノの言葉に、マルサラがくすっと笑う。

 すっかり夜も更けていた。長いような短かったような一日が終わる。

 誰が言うでもなく、交替で休みながらグレイヴァの看病をしていた。

「マルサラッ!」

 いきなり扉が開き、目の下にくまをつくったアイレトルが飛び込んで来た。

 すっかり疲れてうたたねをしていたアルテ達は、その音に飛び起きる。

「レトル……どうしたの?」

 マルサラが目をこする。ソファに座って眠っていたフィノは、のびをしながら大きなあくびをした。

「どうしたのって……マルサラから使いが来てたってさっき聞いて。昨日の今日だから、何かあったのかと思って飛んで来たんじゃないか。危ないことはするなって言ってたのに、ケガでもしたんじゃないかと」

 本当に飛んで来たような勢いだ。

 昨日、診療所へ戻ってから休んでいないのだろう。顔色があまりよくない。

「トーベさんの奥さん、赤ちゃんは産まれたの? 難産で、レトルはそっちにかかってるって言われたけど」

「あ、ああ。無事に女の子がね。いや、それよりも、マルサラの方はどうなんだ。ケガはないようだね」

 言いながら、アイレトルはマルサラの顔に触れて確認する。

「大事にされてるわね、マルサラ」

「え……」

 フィノの言葉に、マルサラの頬がピンクに染まる。

「あの、あのね、レトル。あたしじゃなく、グレイヴァなのよ」

「グレイヴァが? また具合が悪くなったのか?」

「船酔いはもう治りましたけれどね。いささか事情が特殊なんです。時間が経てば、落ち着くと思いますが」

 アイレトルはすぐに医者の顔に戻り、グレイヴァを診察する。

「熱が高いな。一体、どういう特殊な事情なんだい?」

「泉に落ちたのよ」

 簡潔にフィノが説明する。簡潔すぎて、アイレトルにはさっぱりわからない。

「……それが特殊?」

 アルテが微苦笑を浮かべ、ちゃんと今日のことを話した。

 五年前にマルサラが落ちたのは湖ではなく、洞窟の泉だということも付け加えて。

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