シノンを見付ける方法
フィノがうーんと伸びをする。
「今日は一日、ずっと動いてましたからね」
「フィノ、ねこの姿で寝るの?」
フィノが人の姿に戻る様子がないことに気付き、エンヌが尋ねた。
「ええ。戻してもらうのも面倒だし。これといって、不都合なこともないからね。それに、明日になったら、またこの姿で行動するつもりだもん。何度も身体の大きさを変える方が、疲れちゃうから」
しゃあしゃあと言ってのけるフィノを見ていると「女ってのは、こうも口が達者なのか」と思ってしまうグレイヴァ。
母のペールはそうではなかった、と思うが、実はグレイヴァが知らなかっただけ……なのだろうか。
「エンヌ、眠れますか?」
「ええ、平気。野宿は慣れてるから」
「いえ、そうではなくて。考えごとをして、眠れなくなるのでは」
「あ……でも、横になっていれば、そのうちに」
「疲れが残っていては、明日に差し支えますよ」
言いながらアルテは、何かを渡すかのようにすっとエンヌの方へ手を差し出す。
すると、エンヌはゆっくりと横になり、すぐに寝息をたてだした。
「この前、俺にかけた眠りの魔法か?」
「あの時のものよりは弱いですよ。眠りに落ちるきっかけを与えたようなものです。グレイヴァにかけたものが強引に眠らせる魔法なら、今のは本当の眠りに導くだけの魔法、と言えるでしょうね」
「ふぅん。確かに、放っとくと朝まで目がさえてそうな感じだったからな」
さっきフィノは「ふっきれたようだ」と言ったが、会話がなくなり、一人で目を閉じていれば、きっとまた余計なことばかりが頭に浮かんで眠れなくなるだろう。
普段のエンヌがどういう少女なのか知らないが、シノンのことに関してはかなり心を痛めている。朝まで眠れない、ということも本当にありそうだ。
「それもありますが……フィノ、何かわかったんですか?」
「え、フィノの報告を聞くために、エンヌを寝かしつけたのか?」
「その方がよかったんでしょう、フィノ?」
「余計な心配、させたくないでしょ」
「どうしてアルテは、フィノがエンヌに聞かせたくない話があるってわかったんだよ」
フィノはそんな大切なことを言いたげにしてはいなかったし、エンヌを眠らせてほしいという素振りをしていない。いつもと変わらなかった。
なのに、どうしてアルテはフィノの気持ちがわかったのだろう。
「フィノが寝ましょうか、と言ったからですよ」
アルテの説明はよくわからない。
「ぼく達が寝ようと言えば、フィノも一緒に寝ます。自分が眠くなれば、周りに寝ようなんてことは言わず、自分だけで寝てしまいますからね」
疲れて眠いのならそれだけを言えば済むのに、わざわざ「寝ましょうか」という言葉を口にした。
みんなが眠っている間に、厳密に言えばエンヌが眠っている間に、フィノはアルテに話したいことがあるのだ。
でも、起きている時に内緒話みたいにすれば、何かよくないことがあったのだろうか、とエンヌに疑問を抱かせてしまう。
それがわかったから、アルテはエンヌを眠らせたのだ。
違ったにしろ、今夜の彼女はよく眠れないだろうから、最初から眠りの魔法を使う気ではあった。
「さすがに、付き合いが長いだけあるよなぁ。たった一言で、そこまでわかるのか?」
そこはグレイヴァも素直に感心した。
「ふふん、だてに一緒にはいないわよ」
「それで、どうだったんですか?」
「残念ながら、妖精の気配は感じ取れなかったわ。アージュが言うように、シノンの生命力が弱くなってるせいだと思う。逆に、あまり好ましくない気配は残ってた。たぶん、そいつにやられちゃったんでしょうね」
確かに、これはエンヌに聞かせたくない話だ。アルテが眠りの魔法をかけても、心配で眠れなくなってしまうかも知れない。
「アージュはこの辺りって言ったけど、正確な場所はわかってないでしょ。たぶん、すごく大まかな範囲だと思うわよ」
「けどさ、シノンが石から飛ばされたのは、そんなに遠くじゃないんだろ」
「飛ばされた時はね。その後でまた魔物が来て、きまぐれかわざとか、もう少し離れた所へ放り出したのかもよ。でなきゃ、この周辺にいるはずだわ。みんなでさんざん捜して、このあたしでも気配が感じられないんだもの。捜す範囲を広げるべきね」
「となると……明日中に捜し出すってのは、無理かな」
グレイヴァが、ちらっとエンヌの寝顔を見る。
アルテの魔法が効いているのか、よく眠っている。
「今夜アージュに会えたら、何かわかったことがないか、聞いてみなきゃね。都合よく会えれば、の話だけど」
「こちらから会いに行ければいいんですけれど……。まぁ、ぜいたくを言い出せば、キリがありませんね」
「そうだな。ついこの前まで、行く場所もなかなかなわからなかったんだから。アージュの名前を頭の中で唱えながら眠ったら、出て来ないかな」
「それ、グレイヴァにまかせるわ。じゃ、おやすみー」
フィノは言うだけ言うと、さっさと丸くなる。
「あ、こら。人に全部押し付ける気かよ」
「グレイヴァ、明日に疲れが残らない程度に、がんばってくださいね。おやすみなさい」
「おい、アルテまで……。ちぇっ。アージュに会えなくても、文句は言うなよ」
半分ふてくされたように言って、グレイヴァも横になった。
☆☆☆
「呼ばれたから、来たわよ」
突然、目の前に少女の顔がドアップになって現れた。
「うわっ。……アージュ。何だよ、いきなり」
「やぁね、あなたが私の名前を呼んだからでしょ」
グレイヴァは眠りに落ちる前、何度か夢の妖精の名前を心の中でつぶやいた。どうやら、その声はちゃんと彼女の所まで伝わっていたようだ。
「いくら夢とは言え、アージュは現れ方がいつも唐突なんだよ。もう少し何とかならないのか?」
「細かいこと、言わないの。いいじゃない、どんな現れ方したって。あなたのおうちに訪ねるでもなく、待ち合わせをしてるんでもないんだから」
「まぁ、それはそうだけど……。んじゃ、今度からアージュに何か聞きたいことがあったら、名前をつぶやきながら眠れば会えるのか?」
「グレイヴァ達の声には注意してるつもりだから、聞こえれば来るわ」
どうやら、これからわからないことがあってもすぐに聞くことができそうだ。
現れ方に少々難有りだが、スムーズに会えるならそこは妥協するしかない。
「で、何が聞きたいの?」
「舞いの妖精シノンのことだよ。俺達が今いる場所の周辺に、シノンはいなかったんだ。だいたいこの辺りってことは聞いてたけどさ。どうしても見付からないし、フィノも気配がないって言うんだ。もう少し場所を限定できないか?」
「前にも話したけど、彼女の生命の波動が弱いから、無理なの。んー、水で例えてみましょうか。静かな水面に水滴を落とすと、どこに水が落ちたかよくわかるでしょ。でも、波立っていると、小さな水滴の波紋はわからない。そんな感じよ。シノンの波動も、周りにあるものに遮られたりして、出所がはっきりしないの」
場所を限定してもらえないのでは、エンヌがいた所を中心にして範囲を広げてゆくしかなさそうだ。
「何とかシノンの場所をつかむ方法って、ないか? このままいきあたりばったりに捜していたんじゃ、見付かるのがいつになるかわからない。それに……生命の波動が弱いってことは、あまりいいことじゃないはずだろ」
「そうよ」
答えてから、アージュは少し考える。
「グレイヴァ、エンヌは舞踊石を持ってる?」
「ああ。たぶん、肌身離さず持ってるはずだぜ」
「じゃ、それを使いましょ。石の力を借りるの」
アージュの言う方法が、グレイヴァにはいまいちわからない。
「石の力って……?」
「妖精がいなくても、石そのものにも波動があるの。シノンがいた石なら、その波動も強いはずよ。シノン自身も、その身体に石と同じ力を持っているわ。力同士が呼び合うから、そちらへ向かえばシノンがいるはずよ。んー、今ある石の力だけじゃ、力が弱いかしらね。だったら、魔法使いに石の波動を大きくする魔法をかけてもらえばいいわ」
「それで、シノンが見付かるんだな」
「絶対とは言い切れないけど。それがダメなら、別の方法を考えるわ」
「できるだけ、明日中に見付けてやりたいんだ」
「シノンのため? それとも、エンヌのため?」
わざとアージュが突っ込んで聞いた。質問の中身が、フィノの言いそうなことに思える。
グレイヴァは一瞬、詰まった。
「り、両方のためだ。決まってんだろ」
グレイヴァは、鼻の頭を赤くしながら答えた。
「ふふ、そうね」
「なぁ、それで見付かったら、どうすればいいんだ? かなり弱ってるんだろ」
「ごめんなさい。そこまではわからないわ」
アージュはきっぱり言い切った。
「わからないって……じゃ、どうやって助ければいいんだよ」
「妖精と一口に言っても、私達の種族はとても多岐にわたっているの。だから、その妖精によって助ける方法が違う。奪われた力によっても違うわ。魔力を奪われたのか、生きるための力を奪われたのかによってね。その時の状況によって方法も違うから、これだってことが言えないの。私達は次の目的地や、そこで待つのがどんな妖精かってことは伝えられる。だけど、予備知識もなしにどうすればいいかって聞かれても、答えられないのよ」
夢の妖精は、全ての妖精の性質を把握している訳ではない、ということ。聞かれても、全てを答えることはできない。
「そうか……。まぁ、まずは見付かってからだよな。何かしてりゃ、そのうちうまくいくだろ。アルテもいることだしな」
「ええ。魔法使いなら、石の力に導かれてうまくやってくれるかも知れないわ。じゃ、彼女達のためにも、がんばってね」
そう言って、アージュは消えた。
「どうも引っ掛かる口調だな。……あーっ、しまった。エンヌに妖精のことをしゃべりすぎだって文句、言い忘れた」
今更文句を言ったところで、どうなるものでもないのだが。
夢だと意識している夢の中で叫んだせいか、グレイヴァは目を覚ました。
まだ空は暗い。眠る前には東にあった星が、真上に見える。周りを見れば、みんなぐっすりと眠っていた。
焚き火の火は、まだちろちろと燃えている。
グレイヴァはその火に、枯れ枝を放り込んだ。小さな火が、少し大きくなる。
そうか……そうだよな。何でもかんでもわかる訳、ないか。
夢の中のアージュの言葉を、グレイヴァは思い返した。
人間だって、よその国の人間のことはよく知らない。生活の仕方や文化も違う。
妖精だって、棲む所が違えば、使う力や性質が変わって当然だ。
魔物に襲われた妖精を助けるためにグレイヴァ達がすることも、その妖精によって変わってくる。
思っていた以上に、大変なことに首を突っ込んだな、俺。
そうは思っても、不思議と後悔はなかった。