舞踊石の力で
「え、本当にアージュに会ったの?」
次の日の朝になって、グレイヴァがアージュの話をすると、フィノが目を丸くして聞き返してきた。
「やってみるもんですねぇ」
「すごーい、グレイヴァ。夢の中で、妖精とお話ができるの?」
「話ができるのは、俺だけじゃないけどさ。とにかく、俺の声が聞こえたからって出て来てくれた」
すごいと言われて、悪い気はしない。すごいのは自分ではなく、眠る寸前の声を聞き取ったアージュだ、というような気もするのだが。
「で、何か情報はもらえた?」
「うん。絶対とは言い切れないって言われたけど。エンヌ、舞踊石を出してくれ」
「あ、はい」
エンヌは言われてすぐにペンダントを外し、グレイヴァに渡した。
「アージュの説明だと、シノンも舞踊石と同じ力を持っているそうなんだ。で、これを持ってれば、石とシノンの力が引き合うはずだから、そちらへ向かえばシノンがいる……ということになるらしい」
夢の妖精からもらった情報を伝えながら、グレイヴァはそのペンダントをアルテに渡した。
「このままじゃ、石の力が弱いかも知れないから、アルテに石の波動を大きくしてもらえってさ。俺にはよくわからないけど、そんなことができるのか?」
「ええ、できますよ。目に見えるものではないので、周りの人には魔法の効果があるのかどうかわからない、という部分はありますけれどね」
アルテはペンダントを受け取り、手の平にオレンジ色の石を乗せる。その石に向かって、アルテは呪文を唱え出した。
グレイヴァもエンヌもじっと石を見詰めていたが、何の変化も起こらないままにアルテの呪文は終わってしまった。
「あの……今ので、石の力が増えたの?」
「増えたと言うより、強くなったと言う方が適切でしょうね。石から見えない光の筋が出ているとします。ぼくは魔法でその筋を太く、そして遠くまで届くように、石の手助けをしてあげたようなものです」
そう言って、アルテはペンダントをエンヌに返した。
「あ……あの……」
渡されたエンヌの方が困っている。
「ぼく達が持つよりもエンヌが持つ方が、より強く反応が起きるはずです。シノンは、あなたを加護する妖精ですからね」
「で、でも……私にわかるかしら。こんなこと、今までにやったことないし」
「経験がなくても、大丈夫ですよ。手の平に石を乗せて、気持ちを石に集中させて。シノンが持つという力に反応すれば、そちらへ引かれる力を石から感じますから」
言われるままに、エンヌは石を見詰めた。しばらく沈黙が流れ、川の水が流れる音だけが聞こえる。
「あ……」
ふいにエンヌが声を上げた。
「こっちの方へ引っ張られてるような感じが」
エンヌは川上の方を指差した。そちらの方には、低いながらも山が見える。
「あの山の方まで飛ばされたのかしら。だとしたら、こんな所を捜したって見付かりっこないわよねぇ」
「あれじゃ、ちょっとくらい範囲を広げたってわかるはずないぜ。でも、本当に山まで飛ばされたのか?」
山からふもとへ向かって飛ばされたのなら、高い所から低い所へ、ということでわかる気もするが……。
その逆となれば、かなり強い力で飛ばされたことにならないだろうか。
「エンヌ、そのまま引かれる方向へ歩いてください。シノンの波動が掴まえられたのなら、辿り着けるはずです」
「はいっ」
エンヌの返事をする声に、力がこもる。手掛かりが掴めたので、その気持ちが声に表れているのだ。
石の力に導かれるまま、エンヌはそちらへ進む。その後を、グレイヴァ達が続いた。
「ね、ねぇ……だんだん引かれる力が強くなってくる。引っ張られるみたいな」
あまり経験のない力に触れて、エンヌは少々戸惑い気味だ。
「それだけシノンに近付いている、ということです。そのまま進んで」
「けどさ、もっと山奥まで行くのかと思ってたけど、そうでもなかったな」
エンヌが山の方を指差していたので、てっきり山の中にシノンがいる、と思ってしまった。
でも、ここはまだ山のふもと。村へと通じる道から外れていることもあって、人通りなどは全くない。
だが、きこりや猟師などが使うであろう、細い道がある。このまま道なりに進めば、頂上近くまで行けるかも知れない。
川の流れは、川上へ進むにつれて草木に覆われ、その存在がわかりにくくなってきた。音だけがかすかにしている。
エンヌが導かれる力を頼りに歩き続け、ふいにエンヌが道から外れて茂みの中へ足を踏み入れた。
その途端、悲鳴を上げる。回れ右をして、後ろを歩いていたグレイヴァにしがみついた。
「な、何だよ。どうしたんだ」
「へ、へびが……」
「あ?」
グレイヴァが足下を見ると、さっきまでエンヌがいた辺りを身体の長い生き物が通過中だった。
「行っちゃったわよ。急に悲鳴なんか上げるから、魔物でも出たのかと思ったわ」
「だ、だって……」
「こういう場所なら、他にもいるはずですよ。苦手ですか?」
エンヌはとんでもない、とばかりに首を振る。
「ああいうのは……。他は平気なんだけど」
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても着かないぜ。じゃあ、俺が先に歩く。エンヌはどっちの方向へ行けばいいか、言ってくれ」
「は、はい。……ありがとう」
エンヌとグレイヴァの順番が変わって、再び進み始める。だが、また今のようなことがありそうで怖いのか、エンヌの石を持っていない方の手はしっかりとグレイヴァの服を掴んでいた。
少しばかり歩きにくそうだが、グレイヴァは何も言わない。
「ずっと真っ直ぐ……あ、少しだけ右へ進んで」
言われるままに、グレイヴァは歩く。時々、鳥が間近で飛んだり、地面のくぼみに足を取られたりして小さな悲鳴を上げながら、エンヌも一生懸命についてきた。
「ねぇ、何か感じるわ。妖精にかなり近付いて来てるはずよ」
フィノが告げる。
これまでわからなかったフィノがわかるようになったのだから、相当近くまで来ているはずだ。
「じゃ、方向は間違ってなかったんだな」
「魔物がいないとも限りません。グレイヴァ、気を付けてくださいね」
「ああ。その時は交替するから、よろしく」
現れるとしたら、この前俺の夢に入って来た奴みたいな魔物かな。現実世界では、アルテだって勝てる……よな?
そんなことを考えつつ、行く手を遮る草木をのけながら進んでいたグレイヴァ。
その目に、草木や動物のものではない色が移った。
太陽の光があまり差し込まないので光りはしなかったが、それは銀色に見える。
それまで無造作に邪魔な植物をのけていた手を止め、グレイヴァは静かにそちらへ近付いた。
「どうしたの、グレイヴァ?」
前を進むグレイヴァの足が止まって、エンヌが肩越しに覗き込んだ。彼女の目にも銀色は見えたらしく、そのまま彼女の動きも止まった。
「見付かったんですか?」
前にいる二人がかたまってしまったので、アルテが声をかけた。
「ああ、そこの葉っぱの上に……」
大きな葉の上に、確かに銀色の髪の妖精がいる。倒れている、と表現する方が正確だろう。
見たところ外傷はなさそうだが、身体の汚れを見ていると無事とも思えない。
人間が近付いた気配にも気付かず、眠っている。意識を失っている、と言うべきか。
グレイヴァは妖精の身体に触れようとして、でもすぐに手を引っ込めた。
「エンヌ、シノンはここにいる。エンヌが助けてやるんだ」
「ええっ、あたし?」
急に役目をふられて、エンヌは目一杯戸惑っている。
「その方がいいと思いますよ、エンヌ」
魔法使いも後押しする。
「昨日、話していたでしょう。妖精は普通、人の目には映らない、と。エンヌに見えるのは、それだけシノンが心を許している、ということです。それに、シノンにとっても大切な舞踊石は、あなたが持っていますからね」
「あたし達にも見えるけど、立場みたいなものが違うもんね。こういう場合、親密の深さでやった方がいいでしょ」
こうまで言われては、エンヌもできないとは言えなくなってしまう。
「で、でも、どうすればいいの?」
「今いる場所から、シノンを救ってあげてください。あなたのそばへ帰してあげる。それだけです」
「大丈夫だよ、周りには何もいないからさ」
グレイヴァに手を引かれ、エンヌは恐る恐ると言った感じでシノンがいる方へと近付いた。
「本当に……本当にシノンよね?」
「何だよ、今更。エンヌの石がそうだって、言ってるんだろ?」
確かにエンヌの手の中の舞踊石は、今までにない程強く、シノンのいる方へと引かれていた。少し力を抜けば、手が勝手にそちらへ動きそうな程に。
「……シノン?」
エンヌが声をかけるが、シノンは動かない。
「ね、ねぇ。死んでるんじゃないわよね?」
「妖精や魔物は、その個体にもよりますが、人間のように遺体が残ることは少ないんです。大丈夫ですよ、そんなに怖がらなくても」
エンヌは妖精が……シノンがこんなふうに倒れているのを、見たことがない。
いつも元気に動いて、話をしていた。
そんな姿のシノンしか知らないから、どうしても戸惑いを隠せないでいるのだ。
それでも、エンヌはそっと手を伸ばし、シノンの身体に触れた。妖精は動かない。
エンヌは包み込むように、静かにシノンの身体を葉の上から持ち上げた。
小さなエンヌの手から少しはみ出るくらいの、細くて小さな身体。吹いたら飛んでしまうのでは、と思うくらいに軽い。
でも、確かにシノンはここにいる。
「シノン……よかった。見付かって……もう会えないかと思ったわ」
妖精を包み込んだ手を胸に当て、エンヌは長いため息をつく。
「これからどうすればいいの?」
「石が大きな影響を与えてる、とは聞いたけど……実際、何をすればいいのかわからないんだよな。どうすればいいんだ、アルテ?」
アージュでさえも、この先のことはわからないと言って、教えてくれなかった。いや、教えられなかったのだ。
ここからは、アルテも手探りでやっていくしかない。
「とりあえず、舞踊石をシノンのそばに置いてみては? 石の力はまだ強くしたままですから」
エンヌはシノンをすくい上げる際にペンダントのチェーンを手首にかけ、今もぶら下げた状態で舞踊石を持っていた。
アルテに言われ、エンヌはその場に座る。自分のひざに、石とシノンと並べて置いてみた。
「……ん」
全員が不安そうに見詰める中で、シノンがわずかに動いた。
さらに時間が経つと、妖精はゆっくりと目を開く。その口元にわずかな笑みを浮かべ、赤毛の少女の名前を呼んだ。
「エンヌ……」





