見付からない妖精
言い合っている暇はない。エンヌが寝ていた辺りから四方に向かって、それぞれ妖精の姿がないかを捜し始めた。
だが、妖精どころか、誰も手掛かりのかけらすらも見付けられない。
「……まさか川を流れてった、なんてことはないよな」
すぐそばにあるのは、細くても川と呼べる水の流れ。
もちろん、人間には大したことのない幅や深さではあるが、小さな、しかも弱っている妖精にとっては激流にも等しい。
傷付いたシノンがエンヌの所へ戻ろうとしてこの近くを歩き、よろめいてそのままこの川に落ちてしまっていたら……。
フィノがぱしっとグレイヴァの頭をはたく。
「って。何すんだよ」
「そういうことを簡単に口にするんじゃないの。少しはエンヌの気持ち、考えなさいよね」
「あ……そっか」
エンヌの暗い表情を見て、グレイヴァはまずいことを言ったと反省した。
「え……エンヌ。えっと……大丈夫だよ。そんなに長い時間、こんな所に転がってられないから、どこか安全な所に避難してるんだよ、きっと」
「……ええ」
あちゃー、本当にまずいこと、言ったな。
エンヌの顔を見て、グレイヴァは後悔する。
今まで他の人間が関わったことなどなかったし、ましてエンヌのように懇意にしている妖精を捜す、ということがなかった。
なので、誰かに気を遣う、ということがなかったのだ。
今回も妖精を助けることに変わりはないが、少し勝手が違う。いつものように思ったことを口にしていては、エンヌがどんどん落ち込みかねない。
「ねぇ、アルテ」
魔法で妖精の気配を感じ取れないかと試している魔法使いに、フィノが声をかけながら近付いた。
「あたしを、ねこにしてくれない?」
「……え?」
フィノの急な申し出に、さすがのアルテもきょとんとしている。
「人間にはわからなくても、動物にはわかるってこともあるでしょ。ね?」
「まぁ、それはそうでしょうが」
「で、でも、何もフィノがねこにならなくても。……だったら、私がなります。あなたにそんなこと、させられません」
「いいんだよ。なりたい奴がなれば」
フィノの正体を知っているグレイヴァは、そう言ってエンヌを止める。
「ついでに、グレイヴァもなってみる?」
フィノの腕が、グレイヴァの首にがしっと巻き付く。
「い、いらねぇよ」
「ね、ねぇ、冗談はともかく。何もフィノがねこになることなんて、ないじゃない」
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。アルテの魔法の腕は、誰にもひけをとらないんだから。それにね、あたしって魔法を受け入れやすい体質らしいのよ。だから、普通の人よりもすっごくうまく変身できるのよね」
よく言うぜ、とは思ったが、またヘッドロックなんぞをされてはたまらないので、グレイヴァは黙って聞いていた。
「フィノがなると言うなら、やりましょうか。少し煙が出ますから、吸い込まないようにしてくださいね」
アルテもうまく合わせている。
もちろん、フィノだけでねこに戻ることはできるが、エンヌの前でそんなことはできない。だから、魔法で煙を出してごまかそうとしているのだ。
これまでの旅の話は、ここへ来る途中にかいつまんで話している。だが、フィノが翼のあるねこ、つまり魔獣だということまでは教えていない。
いくらエンヌが妖精に対しての免疫があっても、魔獣に対してどういう反応をするかわからないからだ。
グレイヴァはあっさり事実を受け入れてしまったので問題はなかったが、エンヌもそうだとは限らない。
グレイヴァの時はたまたまばれてしまったが、そうでなければフィノはずっと黙っているか、もっと時間が経ってから話すつもりでいたくらいである。
まぁ、それはともかく。
アルテが煙を出し、その煙がおさまった頃にはねこの姿になった( 戻った )フィノがそこにいた。
「んー、久し振りにねこになると、感じる空気も違うわねぇ」
寝てる時はねこだったろーが、と言いたいグレイヴァだが、余計なことをしゃべるとねこパンチをされそうなので、そっぽを向いて聞かなかったことにした。
「同じ場所でも、違うものなの?」
「そりゃ、敏感になるわ。どんなに人間に飼い慣らされたって、動物には人間にはない本能があるもの。まして、あたしは飼われてるんじゃないもんね」
「ねこになったら、妖精の……シノンの気配もわかる?」
「近くへ行けば、わかると思うわよ。少なくとも、人間のままでいるよりはね」
人間がねこになった、という設定なので、フィノも遠慮なくしゃべっている。
グレイヴァにすれば口やかましいだけなのだが、意思疎通ができるという点は見逃せない。
「んじゃ、ちょっとその辺りを捜して来るわね」
そう言うと、フィノはたたっと走って行った。
「私も、犬かねこにしてもらおうかしら」
フィノの後ろ姿を見詰めながら、エンヌがつぶやく。
「エンヌまでなること、ないだろ。あいつは好きでやってるんだし。だいたい、あの格好の方が似合ってるんだから」
「だけど、それで少しでも早くシノンが見付かるなら」
エンヌはかなり本気で言っている。
グレイヴァは、ちらっとアルテの方を見た。
「エンヌ、少しでも早く見付けたい、という気持ちはわかります。ただ、動物になってもその身体に慣れるまで、時間がかかりますよ。フィノは……これまでにもあの姿になったことがあるので、スムーズに行動していますけれどね。エンヌもうまく動ける、とは限りません。逆に時間がかかることもありますからね」
「そう……。わかった。じゃ、もう一度この辺りを捜してみるわね」
アルテに諭され、エンヌは素直に彼の言葉を聞き入れてあきらめた。
エンヌが少し離れた所まで捜しに行くのを見て、グレイヴァがアルテの袖を引っ張る。
「なぁ、アルテって本当に人間を動物に変えられるのか?」
「さぁ、どうでしょう」
「何だよ、できないのか?」
その返事に、グレイヴァはちょっとがっかりした。
「やったことがないので、何とも言えませんね。やってできないことはないと思いますけれど」
魔法使いは軽く肩をすくめた。
「んじゃ、動物の身体になれるまで、とか言ってたの、あれは嘘なのか」
「あれは、エンヌにあきらめてもらうために言ったんです。本当でもないけれど、丸っきり嘘でもない。使い勝手の違う身体になって、すぐ使いこなせるものではないでしょう?」
「それはそうだろうけど」
「だいたい、そんなことをする機会なんて、普通はそうありませんよ。ぼくも魔法を使う者として、そういう術を知ってはいますけれどね。そんな魔法を使う日なんて、来るとも思いませんが。何かなりたい動物でもあるんですか?」
「な、ないよ、そんなの」
どんな動物になったって、たとえ獅子や竜になっても、あのフィノには勝てそうにないもんな。
☆☆☆
結局、フィノがねこに戻ってもシノンの気配は探り出せず、太陽は西に沈んでしまった。
「今日はこれまでにしましょう」
いくら夏に向かう季節で、陽も長くなったとは言え、夜は必ずやってくる。
辺りが薄暗くなってきて、アルテが捜索の打ち切りを告げた。
「けど、時間があんまりないんだぜ。松明を持ちながらでも捜せるだろ」
「捜すことはできます。でも、肝心の妖精を見付けられず、小鬼や低級な魔物が現れたりすることもあるんですよ。夜は彼らの力も大きくなって、ないはずのものまで見えるようにされたりしますから。下手に動かない方がいいと思います」
魔法使いにそういう脅しをかけられては、グレイヴァもエンヌもそれ以上の反論はできない。
エンヌ達が前にテントを張った同じ場所で、グレイヴァ達は野宿することにした。
ネビオロの村へ入れば、小さいながらも宿がある。だが、何かの拍子で手掛かりを見付けられるかも知れないから、とここにとどまったのだ。
「シノン……大丈夫かしら。具合、悪くなってないかしら……。今頃……」
心配のしすぎでどうにかなってしまわないか、とこちらの方が心配になる。
大丈夫だ、と言うのは簡単だが、アージュから生命の波動が弱いと聞いているので、二人としても言葉に出せないのだ。
「アルテ、グレイヴァ。明日中にシノンは見付かるかしら。明後日の朝には一座がクリュを出発するから、それまでに戻るとして……。どんなに遅くても、明日の夕方頃にはここを出なきゃいけないってことよね。もしもシノンが見付からなかったら……」
「エンヌ、焦ったら大切な部分も見逃しちまうぞ」
「だけど……」
「エンヌ、グレイヴァの言う通りですよ。焦ったところで、いい結果は出ません。それに……来る前に一日や二日で見付かるかどうかはわからない、と言いましたよ。ただの落とし物とは違うんです。色々な事情が絡んで、複雑になっていることもありますからね」
「ええ……」
赤い髪が顔に落ちてその表情はよくわからないが、見た目にもはっきりとエンヌが落ち込んでいるのがわかる。
ここを発つ時、シノンがいなくなっていることに気付くべきだった、と後悔しているのだろう。
「なぁ、エンヌ」
「え?」
「もし、明日中にシノンが見付からなくても、ちゃんとクリュの村へは帰るんだぞ」
「……」
エンヌは返事しない。はいとは言いたくないし、いやだとも言えないのだ。
「あのさ、自分で見付けたいって気持ちは、すっごくわかる。けどさ、親方とも約束したろ。本当に駆け落ちした、なんて思われるの、俺はいやだからな」
「それは……グレイヴァには迷惑かけたくないけど……」
「べ、別に迷惑とかは、そういうことは思ってないけどさ……。約束を破るってのがいやなだけで。と、とにかく。明日見付からなくても、絶対に俺達が見付ける。どれくらいの時間がかかるかわからないけど、俺達が見付けてエンヌの所へ連れてってやる。だ、だから……そんなに落ち込むな」
「グレイヴァって、照れると言葉がつっかえるから、すぐわかるのよねぇ」
横でまだねこの姿のままのフィノが、小さくつぶやく。
「何か言ったか?」
「いーえ、べっつにぃ」
わざとらしいまでに、そっぽを向くフィノ。追及する気も失せて、グレイヴァもそれ以上は突っ込まなかった。
フィノのセリフが聞こえていたアルテだけは、笑みを浮かべていたが。
「ありがとう、グレイヴァ」
エンヌが顔を上げた。目の端に光っている涙を指でふき、笑ってみせる。
「そうよね。あなた達は今までにも、妖精を助けてるんだもの。シノンのことだって、助けてもらえるわよね。私、明日がダメでも、気長に待つわ」
「そ。それが一番よ。エンヌもふっきれたみたいだし、それじゃあ寝ましょうか。あたし、疲れちゃったぁ」





