姉のフィノ
困ってしまったグレイヴァは、小さくため息をつく。
村人の誰かに聞けば、エンヌのいる一座がどこにいるかもわかるだろう。本人がいなくても、仲間に渡せばそれで済む。
でも、エンヌはこの石をちゃんと受け取るだろうか。
今はただ興奮して、グレイヴァが石を持っていることを忘れていただけかも知れない。でも、自分には舞いの才能がなくて、その石を身に付けていても意味がない、などと言って、捨てることもありえる。
やっぱり、ちゃんと手渡す方がいいよな。エンヌが受け取ったって、確かめたいし。それに、あいつ、才能がないなんてこと、ないと思うぞ。踊りなんてさっぱりわからない、俺の目を引いたくらいなんだから。
フィノが聞いたら「ただグレイヴァの好みだったってだけなんじゃないの?」などと言いそうだが。
「ここにいたんですか、グレイヴァ」
後ろから声をかけられて振り返ると、アルテとフィノがこちらへ来た。
「あら? あの女の子は?」
「行っちまった」
「行った? グレイヴァ、あんた、まさか変なことしようとしたんじゃないでしょうね。送り狼ならぬ、助け狼みたいなことしたとか」
珍しくフィノが真面目な顔をしたと思ったら、そんなことを言い出す。グレイヴァは顔を赤くして、慌てて首を横に振った。
「な、何言い出すんだよ、フィノ。そんなこと、するかっ」
「あーら。祭りの空気って、結構怖いのよ」
「……あのなぁ。また酔ってんのか?」
「フィノ、いい加減にしてくださいね。グレイヴァ、それは?」
アルテがグレイヴァの手から、細いチェーンが出ていることに気付いた。炎の明かりできらっと光ったので、わかったのだ。
「え、スリでもやったの?」
「こいつっ」
とうとう、グレイヴァがフィノを追い掛けだした。フィノは「きゃー」などと嘘みえみえの悲鳴をあげながら、さっさと逃げる。
「祭りの空気がなくても、賑やかですねぇ」
放っておくといつまでも終わりそうにないので、やれやれといった表情でアルテはふたりの後を追った。
☆☆☆
グレイヴァ達は宿へ入った。
グレイヴァが泊まるのをしぶった、あのおばさんがいる宿である。
もっとも、グレイヴァがいやだったのはあのダンスであって、おばさん本人ではない。
とにかく宿屋へ入ってしまえばこっちのもの(?)ということで、その宿へ入ったのだった。
「あーら、ボーヤ。来てくれたんだね。嬉しいよ。サービスするからねっ」
おばさんの方でも、グレイヴァのことはちゃんと覚えていた。あれだけしっかり抱き締めて踊っていたのだから、当然かも知れない。
「旅してるって言ってたけど、姉さんと一緒だったのかい」
「へ? 姉さん?」
「あそこでうちのねこと遊んでるお嬢さん、ボーヤの姉さんじゃないのかい?」
言われて振り返ると、白い毛がすっかり汚れて灰色になっているねこと遊んでいるフィノがいた。人間の姿で。
祭りの間、ずっとあの姿のまま行動し、宿へ入る時もねこの姿に戻るのをすっかり忘れていたのだ。
「こっちのボーヤは似てないねぇ。友達かい?」
どうやら、おばさんはグレイヴァとフィノを姉弟とみなし、アルテは二人の友人だと勘違いしているようだ。
「ちょっ……お、俺はあいつとは……」
フィノとは姉弟なんかじゃない!
そう言い掛けたグレイヴァの口が、いきなりふさがれた。
「何を騒いでんのよ、あんたって子は」
自分のことを言われたとすぐ気付いたフィノが、さっさとグレイヴァの後ろまで来ると、誤解を解こうとした少年の口をふさいだのだ。
「まぁったく、反抗期もたいがいにしなさいよ。姉さんを姉さんと言われて、何が悪いの? あたしね、彼の婚約者なの」
グレイヴァの口をふさぎつつ、アルテに寄り添ってにっこりと、そしてさらっとそんなことを言い出すフィノ。
「おや、年下の彼かい?」
人間の姿のフィノは、アルテよりも年齢が上のような容貌なのだ。
アルテが十六、七に見え、フィノは二十歳前後のような見た目。おばさんがそう聞くのも、仕方ない。
「彼はちょっと童顔なだけよ。で、彼のご両親の所へ挨拶に行くところなの。あたし達、親がいないからこの子を一人にする訳にはいかないのよね。だから、一緒に行くの。それに、この子ってオクテなのよね。彼の家は女きょうだいがたっくさんいるから、会わせて少しでもこの子に免疫をつけさせようと思って」
今考えたのか、よく次から次に出て来るものだ。
「そうなのかい。結婚とはめでたいね。ボーヤ、弟想いのいい姉さんじゃないか」
違う。そんなこと、絶対にないっ!
と、言いたいのだが、いかんせん、フィノがしっかり掴まえているので、首を横に振ることもまともにできない。
「いいかい、ボーヤ。女は内気でも、かわいいとかおとなしいで済むけど、男が内気だとしんき臭いだけだよ。やる時はやらなきゃ。女は男が来てくれるのを、胸をときめかせて待ってるもんなんだからね。あたしだって、若い時は亭主が……」
「あの、部屋をお願いできますか」
放っておくと長くなりそうなので、アルテがやんわりと口をはさんだ。
「ああ、そうだったね。……一つ? 別々に取った方がいいかい?」
「一部屋で構いません」
「もう身内みたいなもんかね。じゃ、二階の東端の部屋だよ」
泊まる部屋を言われ、グレイヴァ達は早々に引き上げた。
「……誰が姉だよ、誰が」
部屋に入ったグレイヴァは、目一杯不機嫌だった。
「髪と目の色が同じってだけじゃないか」
黒髪と緑の瞳を持っているのは、グレイヴァも一緒。
あのおばさんはそれだけで、グレイヴァとフィノは血が繋がっている、と思ったのだ。
「いーじゃない。おばさん、あっさりと納得してくれてたし」
「そういう問題かよ。それに、どうしてアルテが婚約者なんだ。……願望か」
「そーよ。いいじゃない。口だけなら、タダでしょ。ぐたぐた言うけど、それならおばさんにどういう関係かって聞かれたら、グレイヴァは何て答えるつもりだったのよ」
「友達だとかって言っておけばいいだろ。あんなややこしい関係、わざわざ作るなよ」
「単なる友達で、あのおばさんが簡単に納得してくれると思う? その場ではわかったような顔をしたって、絶対に疑うわよ」
しかも、単なる友達が男女一部屋なんて、どういう関係なのかと余計な興味を持たれかねない。
「どうせ一日泊まるだけじゃないか。そんなこと、気にしなくてもいいだろ。あんな嘘ばっか並べやがって」
「嘘ばっかりってこともないわよ。本当のこともあったじゃない」
「どこに本当があるってんだ」
「アルテが童顔だってこととか」
「……童顔って問題かよ」
「親がいないっていうのは、本当でしょ。そこは共通してるじゃない。あと、グレイヴァがオクテだってこととか」
「余計なお世話だよっ」
「もういいじゃないですか、ふたりとも」
口論が終わりそうにないので、いつものようにアルテがなだめる。
「探られて困るようなことはないからいいですけれど、ああやって納得してもらえたなら多少の嘘も構わないと思いますよ。ただの友達と言えば、もう一部屋取る羽目になったかも知れませんしね」
「もう一部屋って……何で?」
「人によっては、嫁入り前の娘が男性と一夜をすごすなんて、と言い出しかねないですからね。ぼく達は裕福な訳ではないですし、今日の場合は一部屋でおさまってよかったと思っているんですよ、ぼくとしては」
フィノだけ別室、となれば、フィノはアルテと離れるのを納得しないだろうし、アルテの言うように裕福でもないのに二部屋分の宿代を払うことにもなる。
「……そっか。知らない奴から見れば、そうなるか」
「事実、あたしは人間で言えば嫁入り前の娘よっ」
「んじゃ、フィノのごまかしはいいとしても、姉貴だってのがどーしてもやだ」
「何よ、偉そうに。こんなにきれいな女性が、嘘でも姉だって言ってくれたのよ。感謝しなさい」
「誰がっ」
グレイヴァは靴を脱ぎ捨て、ベッドに横たわる。
「でも、案外あのおばさんはグレイヴァの髪や瞳だけで、フィノと姉弟だと言ったのではないかも知れませんね」
「どういう意味だよ」
「グレイヴァを動物に例えると、ねこが一番近いですから。雰囲気が似ている、と思われたのでは?」
「……寝る!」
枕を抱え、グレイヴァはうつぶせになった。
「何よぉ。ねこに何か不服でもあるの? あ、これって、さっき持ってた石?」
グレイヴァのポケットからはみ出していたチェーンを、フィノが見付けて引っ張り出す。
「こら」
「きれいじゃない。これって、いい石なんじゃないの?」
光るものが好きと聞いたが、それなりに見る目もあるようだ。
「まぁな。エンヌの祖母さんがどっかの富豪にもらって、今はエンヌが持ってるそうだ」
「エンヌ? あの踊り子のことですか」
「うん。あ、そうだ。エンヌが話してたんだけど」
グレイヴァは彼女から聞いた舞いの妖精の話を、アルテとフィノにした。
彼女に妖精の姿が見えて、その妖精がある日突然いなくなった、ということも。
「自分に才能がないから、いなくなったんだって落ち込んでたけど……もしかしたら、例の魔物のせいで、その妖精もどうにかされたんじゃないかな。エンヌの話し方からして、妖精とはうまくいってたみたいだし」
「でも、そうだと断定はできませんよ。ぼく達にはそれを確かめる術がありませんから。それに、いなくなったのではなく、姿を消しているだけかも知れませんし」
「どう違うんだよ」
「つまり、存在はしているけれど、その姿を人の目にさらさない、ということです。本来、妖精は簡単に人の目に映るものではないんですよ」
「けど、俺は見えてたぞ。夢の妖精なんか、どれだけいたか数えられないくらいだったし」
この村へ来る前、夢の妖精達を見た。それも、目の前に大勢。視界に入りきらない程だった。
それまでにも、グレイヴァは妖精の姿を見ている。
だいたい、妖精に頼まれて、この旅をすることになったのだ。
「グレイヴァの場合、普通じゃない事情がありますからね。本来、妖精の姿を見るには、目を持つ必要があるんです。彼らの姿を見る目を」
「妖精を見る目?」





