踊り子エンヌ
ダンスはさんざんだったが、祭りは祭り。
やがて、フィノも目を覚まし、あちこちを見て回ることにした。夕方になって一座の舞いがまた披露され、人々は再び盛り上がる。
もっとも、グレイヴァとアルテは、彼らの舞台が終わるとすぐにその場を離れた。文字通りの「二の舞」はごめんだ。
「宿を探さないと」
「あっちの角にあるのが、そうらしいぜ」
「よく知ってますね、グレイヴァ」
「あのおばさんが言ってた。……他に宿屋ってないのかな」
「いくら広くても、村に二軒も宿屋はないでしょう。大丈夫ですよ、グレイヴァ。彼女だって、音楽のない所でダンスはしないでしょうから」
「鼻歌うたいながらするかもよ。音楽には変わりないもん」
フィノがわざとらしく、そういう茶々を入れる。
「とにかく、宿へ入りましょうか」
アルテに促され、宿のある方へと歩き出しかけたグレイヴァの目に、赤い髪の少女の姿が映った。あの一座の踊り子だ。
「放してください」
「もっと踊ってくれよぉ。あんた達の舞い、よかったぜぇ」
顔を赤くした中年の男が、少女の手を捕まえてそう言っているのが聞こえた。
酔っ払いが踊り子に、何やら無理強いをしているらしい。
「今日の舞いは終わったんです」
「そんなかたいこと、言うなって。祭りなんだぜ。舞台がダメなら、俺と踊ろう。な? それならいいだろ」
「でも、もう帰らないと」
「何言ってんだ。明日も明後日もいるんだろうが。ちょっとくらい遅くなったって、平気だろ。だから、この辺りをうろうろしてたんじゃねぇのか?」
「それは……」
露店を覗いているところを、この酔っ払いに掴まったようだ。
少女にとって、男は舞いを見てくれる客。そのせいか、きっぱり断り切れないで困っている。
「どいつもこいつも、酔っ払いはタチが悪いな」
グレイヴァはさりげなくフィノのことも含めて言ったのだが、当のフィノは、
「ほーんと。何を偉そうに言ってんのかしら」
などと、平気な顔だ。
「グレイヴァ、どうするつもりです」
「一発殴りゃ、あのおっさんも目が覚めるだろ」
「待ってください、グレイヴァ」
そちらへ歩きかけたグレイヴァを、アルテが止めた。
「下手に暴力沙汰にすると、やっかいですよ。周りは素面の人の方が少ないでしょうし、祭りの空気で騒ぎが思った以上に大きくなりかねません。やり方によっては、逆に彼女に迷惑がかかる結果になるかも知れませんよ」
「じゃあ、放っとけっての?」
グレイヴァが不服そうな顔をする。
「殴る、なんてしなくていいですよ。要は彼女があそこから逃げられればいいんですから。ぼくがあの人の注意をそらしますから、グレイヴァは彼女を別の所へ連れて行ってあげてください」
「……。わかった。けど、注意をそらすって、どうやるんだ?」
「そうですね。せっかくのお祭りですから、賑やかにやりましょうか」
珍しく、アルテが茶目っ気のある笑顔を浮かべた。
アルテが呪文を唱える横で、何をするつもりだろうとグレイヴァが眺める。
暗くなってきていた空間が、突然明るくなった。その直後に、ドンッという身体の中に響く低音。
見上げると、空に大輪の火の花が見事に咲いていた。
「すっげぇ。あんなでかい花火、こんなに間近で見たのって初めてだ」
花火は、以前に見たことがある。ネイバーの街でこんなふうに何かの祭りが催され、連れて行ってもらった。そこで花火を見たのだ。
でも、こんなに大きくなかったし、もう少し遠くの空で上がっていた。
何の前触れもなく上がった花火に、誰もが呆然と空を眺め、次の瞬間には感嘆の声を上げる。
「あんたが注意をそらされて、どうすんの。早く行きなさいっ」
「そ、そっか」
フィノに蹴られるようにして突き出され、グレイヴァは慌てて少女の所へ走った。
少女も他の人達と同様、花火に見とれていたが、いきなりグレイヴァに腕を掴まれてびっくりしたようにそちらを見る。
「今のうちに。こっちだ」
「え……」
グレイヴァに引かれるまま、少女は訳がわからないままついて来る。
花火はその後も数発上がり、酔っ払いがこちらに向き直るころには、踊り子の姿はなくなっていた。
☆☆☆
こっちだと言ったものの、グレイヴァもこの村の地形について明るい訳ではない。
どこへ逃げればいいのか判断に迷ったが、とりあえず人の少ない所へ行けばいいだろう、と泉の広場から離れることにした。
離れたとは行っても、村の中心部から外れたのではないし、周りは十分に明るい。人の声だって、ちゃんと聞こえてくる。
周辺に酔っ払いがいないことを確認して、グレイヴァは少女の手を放した。
「大丈夫か? ロクな酔い方しねぇよな、大人って。……大人に限らないけど」
「あ、ありがとう。本当にどうしようかって思ったわ。すごくいいタイミングで花火が上がったわね」
「そうだな」
魔法使いのアルテがやったと言っても、すぐに信じてもらえるかどうかわからない。
説明するのも面倒なので、グレイヴァはそう言ってごまかしておく。
「私、エグランティーヌ。みんなはエンヌって呼ぶの」
赤毛の少女は、間近で見るととても幼い顔に見えた。踊る時にしていた化粧が、今は落とされているせいもあるのだろう。
背はグレイヴァとほとんど変わらないのだが、全体的に小さく感じる。
「俺はグレイヴァ。昼間と夕方、踊ってたろ。俺は踊りのいい悪いってのはよくわからないんだけど……その、きれいだった」
「ふふ、ありがとう」
礼を言うエンヌの足下で、チャリンという小さな音がした。
見ると、彼女が身に付けていたらしい、オレンジの石のペンダントが地面に落ちている。
「鎖が切れたのか?」
グレイヴァがペンダントを拾った。
「……ううん、前から留め金の部分がゆるんでたから」
「何だ、それくらいなら、俺にも直せるぜ。んー、暗くて見えにくいな。もっと明るい所へ行こうぜ」
「いいわよ、直してもらわなくても……」
「どうしてだよ。これ、舞踊石じゃないのか? 踊りをする人間はたいがい持ってるって、聞いたことあるぞ」
通りの所々に置かれているかがり火の方に、石を透かしてみる。
炎の色と夜の色が混ざり、微妙な色加減になっているが、オレンジ色の石だ。親指の爪程の大きさで、しずく形をしている。
グレイヴァも父の仕事柄、たくさんの石を知っているのだ。遠くから見ている時は断定できなかったが、こうして手に持てばはっきりする。
これは「舞踊石」と呼ばれる石だ。
この石は、エンヌのように踊りを仕事にしている人や、舞台に立つことを目指す人達がお守りのようにして持つことが多い。
彼女がしていたようにペンダントとして身に付けたり、もっと小さい石を衣装に縫い込んだりと、持ち方は人によって様々。
透明度が高い程、石は高価な物になる。エンヌの舞踊石は小さいが、透明度は高い。グレイヴァには値段まではわからないものの、いい代物だ。
「グレイヴァは、舞いを極めようとする人がなぜこの石を持つか、知ってる?」
「え? いや、理由までは……」
「ずーっと昔、シャパーヌって踊り子がいたの。彼女は百年に一人現れるかどうかって言われる程の、舞いの天才だったのね。そのシャパーヌが身に付けていたのが、この石って訳。みんな、彼女の才能にあやかろうって舞踊石を付けるようになって、今も踊り子の間では伝説になってるのよ」
「へぇー。伝説かぁ」
この石にそんな話があるなんて、初めて知った。石のことは知っていても、石にまつわる話までは知らない。
「グレイヴァは、妖精を信じる?」
「へ?」
いきなりそう聞かれ、グレイヴァはきょとんとなる。
「私の周りの人は、そんな夢みたいなことって言うんだけど……私には見えたの。変かな、私って」
「そんなことない。俺も見たことあるから」
「本当?」
今度はエンヌの方が目を丸くして、グレイヴァを見た。
「ああ。その……色々あって」
どこをどう話せばいいのかわからず、あやふやな言い方をする。
アルテも説明が下手だが、グレイヴァも人のことは言えないようだ。
「舞いをする人達が舞踊石を持つことが多いけど、本当はそれだけじゃないの。その石に舞いの妖精がいなきゃ、ただの石なのよ」
「この石に妖精が?」
「そう。舞いの妖精が、踊り子に舞いの才能を与えてくれるの。シャパーヌが舞いの天才って言われたのも、妖精の加護があったからなのよ」
エンヌの持つ石は、彼女の祖母が若い頃、彼女の舞いをとても気に入った富豪が贈ってくれたもの、ということだった。
石は母から子へ、子から孫へと渡って現在はエンヌの手にある。
それを聞いて、グレイヴァも納得した。
この石はエンヌが旅をしながら稼いでも、そう簡単に買えるような物ではないからだ。
「だけどね、いくら高価でも、妖精が来てくれるとは限らないの。もちろん、石が透明な程、妖精にとって居心地のいい場所になるんだけど。一番大切なのは、その石の持ち主に踊りの才能があるかどうか、なの」
「でも、その才能ってのは、妖精が与えてくれるんじゃないのか?」
「見込みのある人だけよ。どんなにがんばっても、脇役で一生を終える人もいるわ。そういう人の所へは、来てくれないの」
話すエンヌの視線が、次第に下向きになってくる。
この石に、妖精の姿は見えない。透明度の高いこの石に妖精がいない、ということは……。
「私ね。この村へ来るついこの間まで、シノンの……舞いの妖精の姿が見えていたの。石に妖精がいないとだめだってことは、彼女から聞いたのよ」
グレイヴァは、ふと思い当たった。
昼間、エンヌが今にも泣きそうな表情をしていたことを。
あれは、妖精が見えなくなって、落ち込んでいたのだ。
シノンというその舞いの妖精がいれば、もっと上手く舞えたはずなのに、と思っていたのかも知れない。
「母も祖母も、うちの一座じゃ花形だったわ。でも、私はだめ。しょっちゅう叱られるし、目立つ訳でもない。シノンに舞踊石の本当のことを教えてもらって、私に彼女の姿が見えて、すっごく嬉しかった。でも……いなくなったってことは、シノンも私に見込みがないって思ったのね」
そんな悲しい言葉がエンヌの口から出る頃には、彼女の顔はすっかり下向きになっていた。
「母も祖母も、妖精の話をしたことはなかったわ。二人はとってもすてきな舞いをする人達だったから、きっと妖精の加護があったでしょうけど……私に妖精の話をしなかったのは、私に見えなかったらって思ったからなのよ」
「エンヌ……」
グレイヴァが何か言葉をかけようとしたが、エンヌはその場から駆け出していた。
「お、おい、待てよ、エンヌ!」
慌てて追い掛けたが、彼女の姿はすぐに夜の中へ紛れてしまった。
「どうするんだよ、これ……」
グレイヴァの手には、まだエンヌの舞踊石が残っていた。





