再会は夢の中
聞き慣れない言葉に、グレイヴァは首をかしげた。
「特殊な能力、と言う方がわかりやすいですか? なければ、その能力を持つ人に見せてもらう、という方法があります。どこまでできるかは、個人差があるでしょうが。他には、見るための道具を使う、というのもありますね。一番簡単なのは、四つ葉のクローバーを頭に乗せる、というのがあります。あと、薬をまぶたに塗る、というのもありますね。ガラス瓶に上等のオリーブオイルと」
「……配合の話は、また今度聞く」
長くなりそうなので、グレイヴァはさっさと打ち切った。
「けど、俺にはどれも当てはまらないぞ。能力があるかどうか、なんてのはわからないけどさ。誰かに見せてもらったこともないし、クローバーだの薬だの、そういうのは使ってないし」
魔法使いのアルテは、見る目を持つ。だが、アルテがグレイヴァに妖精が見えるようにした、ということはない。妖精を見るための道具があるなんて、初めて聞いた。
「まだ、アルテは全部話してないわよ」
「じゃ、他には?」
「相手が意識的に姿を見せた時です。普段、妖精の姿が人に見えないのは隠れているためですから、その人の前で隠れなければ見えるはずでしょう?」
ちなみに、たんぽぽの妖精ウインデの姿が見えたのは、見える状態で水晶玉に封じられていたからだ。
「まぁ……な。じゃ、今までの妖精は、向こうから出て来たってことか」
「そういうこと。アルテは見えるけど、グレイヴァは他に方法がないでしょ。そのエンヌって子の場合、能力があるかどうかは知らないけど。妖精から姿を見せようとしなければ、能力があっても簡単にはわからないってことよ」
姿を見せようとしないのがどういう理由にしろ、それが妖精の意思ならば仕方がない。
「もっとも……ここには本当にいないみたいだけどね」
「ど、どういうことだよ、フィノ」
「この石に、舞いの妖精はいないってこと。姿を消してるんじゃなく、存在していないの。ここから出て行ってるってことよ」
「フィノはそれがわかるのか?」
「あたしも人ならざる者だもん。それくらい、わかるわよ」
ふふん、とフィノが胸を張る。
「けど……急にいなくなるってのは……」
「そりゃ、妖精にも何か事情があったんでしょ。魔物のせいじゃない、とは言い切れないけど。本当にその子に見込みがない、と思って消えたっていうのもありえるわよ。その場合、わざわざ人間に挨拶して消える妖精なんていないわ」
「そう言うけど、俺が会った妖精達はみんな」
「助けられたんだから、妖精だって礼くらい言うわよ。礼儀知らずじゃないんだから。あのねぇ、グレイヴァ。あんた、もう少し自覚を持ちなさいよ」
「自覚?」
「あんたはねぇ、普通の人間とは事情が異なってるの。グレイヴァは、あたし達に会うまでは妖精が見えなかったんでしょ。生まれついての力を持ってるならともかく、それが普通なのよ。なのに、今見えるっていうのは、あんたの周りがそういう状況になってきてるからよ。見えなきゃ話にならない状況にね。今は向こうから姿を現してくれてるから見えてるけど、そのうちアルテが話した特殊な目を持つようになってくるかもよ」
グレイヴァは少し呆然となりながら、フィノの言葉を聞いていた。
これまでそんなふうに考えたことはなかったが、アルテ達と出会ってこの旅を始めたことで「妖精達にとっては特殊な人間」という立場になっているのだ。
「そうですね。魔法の習得と似てるかも知れません。最初は使わせてもらっているという状態が、次第に自分だけで使えるようになる、というところが。このままこの旅が長引くようであれば、グレイヴァに妖精を見る能力が身に付くということは、十分に考えられますね」
「俺、とんでもないことに首を突っ込んでんの?」
「……今更、何言ってんのよ」
フィノの長い指が、グレイヴァの額をつついた。
「それはともかく。この石にいた妖精がどうしていなくなったのかって理由は、わからないわ。アルテが言ったように、あたし達には妖精の事情なんて調べようがないもん。この場にいて苦しんでるのなら助けることもできるけど、ヒントもなしに見付け出すなんてできないわ。今回の依頼がその妖精で、どこにいるって誰かに教えてもらえば何とか動けるけど」
フィノの言うことがいちいちもっともなので、グレイヴァは何も言い返せない。
「明日になったら、その子に返してあげなさいよ。妖精がいようといまいと、少なくともこの石は形見なんでしょ。だったら、大切にしろって言ってやんなさい」
「うん……」
その夜、石の話はそれで終わった。
☆☆☆
どこかで、名前を呼ばれたような気がする。
グレイヴァは何も意識せずに振り返り、そこにはどこかで見た気のする泉があった。
人工的な泉の中央には、小さな噴水。
どこで見たんだろうと思っていると、また名前を呼ばれた。今度は確かに。
「グレイヴァ」
声がした方へ向き直りかけたところへ、誰かが首にしがみついてきた。
「うわっ」
グレイヴァはバランスを崩し、そのまま後ろへ倒れる。そこには澄んだ水をたたえる泉があり、グレイヴァとしがみついてきたその誰かは、派手な音をたててその泉にはまった。
「だっ、誰だよ、こんな所で飛び付いてくんのはっ」
「私でーす」
水の中から元気に顔を出したのは、白に近い銀色の髪に、濃い青の瞳をした少女。胸元で踊る、髪と同じ色のペンダント。
別れてから、まだ三日と経っていないのだ。見間違えようもない。
そこにいるのは、夢の妖精アージュだった。
「な、何が私でーす、だよっ。いきなり飛び付くな」
「あら、つれないのぇ」
アージュはさっさと泉を出ると、くるっと一回りする。
と、濡れていたはずの服や髪は、何でもないように乾いてしまった。
「ここって、クリュの村にある泉の広場……だよな。でも、アージュが俺と同じ大きさでここにいるってことは、夢の中か」
現実のアージュは、グレイヴァの手の平に乗る程小さい。でも、夢の中ならグレイヴァと同じ大きさ、つまり人間と同じ大きさになる。
「もう次の夢見石を取りに来たのか?」
「んー、それもいいわね。来たついでだし」
グレイヴァの夢の中には、夢の妖精の世界を支える夢見石がある。
誰の夢にでもある石ではないのだが、グレイヴァの夢の中にはその石がたくさん存在するらしいのだ。
それをまた取りに来てもいいか、とアージュが尋ねてグレイヴァがひねくれた表現で構わないと言ったのは、昨日のこと……いや、もう一昨日になるのだろうか。
「でも、今はやめておくわね。今日は、大切な話があって来たの」
「大切な話? また何かあったのか?」
「あった……と言っても、私達夢の妖精にってことじゃないの。別の仲間のことなんだけど……話をする前に、泉から出ない? グレイヴァにとっては夢の中でも、話を聞くには適した場所じゃないと思うわよ」
グレイヴァは、泉の中でまだ立ったままだ。
アージュに言われて、グレイヴァは急いで泉の外へ出る。
「濡れたままだけど、いっか。どうせカゼひくこともないし」
グレイヴァとアージュは、現実にもあった泉のそばにあるベンチに腰掛けた。
「えーと。これから、ちょくちょくグレイヴァの夢へ来ることになったの。だから、挨拶しておくね。どうぞよろしく」
「俺の所へ夢見石を取りに来る担当になったのか?」
「違うわよ。来てすぐに見付かれば、一緒に石をもらっていくことはあると思うけどね。あなた達のお手伝いをすることになったのよ」
「手伝う?」
「んもう、グレイヴァったら。夢の中だからって寝ボケないでよね」
そう言われても、主語なしでいきなり「手伝う」と言われたってわからない。
「あなた達が妖精を助けるための旅を、私が手伝うの。つまり、行き先を示すのよ」
「あ、そういうことか」
説明されて、ようやく納得する。
「……え? アージュが俺の夢に出て来て、次の行き先を指示するのか?」
「私の話、ちゃんと聞いてくれてる?」
「聞いてる……つもりだけど」
アージュの話の内容が唐突なものだったので、グレイヴァも戸惑っているのだ。
「これまで、どこへ行って誰を助けるかっていうのが、なかなか伝わらなかったでしょ。あなた達の方でも、いつ誰にどこへ行ってくれって言われるまで、行き先がわからない状態。それを解消するために、私達夢の妖精が手伝うことになったの。私達もグレイヴァのおかげで世界が持ち直したし、できることがあればって思っていたところだったから、ちょうどよかったわ」
次に行くべき場所の情報がなかなか伝わってこない、とグチッていたのは、今日の昼間のことだ。
それが解消されるのは、グレイヴァ達にすれば願ってもないこと。
この旅は、たんぽぽの妖精ウィンデがたまたま最初にグレイヴァ達に助けられたのが縁で、彼女が他の妖精も同じ目に遭っているようなら助けてほしい、と頼んできたために始まった。
ウィンデとしても頼んだのはいいが、どこで被害に遭った妖精がいるかを探すのに手間取っている。探し当てても、それを伝えるのがスムーズにいかない。
妖精だって移動速度や距離は限られているから、わかったからといってその日のうちに伝えられる、という訳にはいかないのだ。
それを悩んでいた時、夢の妖精達がグレイヴァ達に助けられたのをきっかけに、伝達の係をやってくれないか、とウインデが依頼したのである。
「どうして、アージュ達がその役をすることになったんだ?」
「私達が夢の妖精だから」
アージュはにっこり笑って、そう答えた。
「夢を見るのは、人間だけじゃないわ。妖精も、魔物だって夢を見るのよ。見る時間は、まちまちだけどね。私達はその夢の中へ入って行ける。そこで情報を集めるの。今こうして私がグレイヴァと話をしているように、妖精達と話ができるわ。そこで被害に遭ってる妖精がどこそこにいるっていうのがわかれば、すぐにグレイヴァ達に伝えられるでしょ。どこにいたって、私達の世界から夢の中へはすぐに行けるんだから、時間もかからないしね」
「なるほどなー。それなら、次はいつ誰が情報を持ってくるんだって思いながら、いらいらと待つこともなくなるんだ。あ、でも今度は一気に情報が押し寄せて来たりしないか? あっちとこっちとそっちに、困ってる妖精がいるってなことになるとか」
「それはこちらで整理するわ。急がないとその妖精自身や周囲に支障をきたす、という分を優先させるから」
「そうしてもらえると助かる。まぁ、ややこしいことは、アルテにまかすけど」
難しいことは、魔法使いにまかせてしまうに限る。どうせ自分で考えたって、どれから先に片付けるべきなのか、なんて判断は下せない。
「このこと、アルテには?」
「魔法使いには、フレーラが伝えに行ってるわ。もちろん、フィノにもね。で、早速だけど、お願いしたいの」





