グレイヴァの夢とアージュ
「んー、想像以上にあっさりと寝てくれたわね」
「グレイヴァの方はこれでいいとして、夢の中へはどうやって?」
「待ってね」
フレーラや周りにいる妖精達が集まり、グレイヴァの上を飛び回る。何をするんだろうとアルテとフィノが見ていると、グレイヴァの身体から白いもやのようなものがゆっくりと出て来た。
もやはやがて、眠るグレイヴァの頭の上に集まり、分厚いカーテンのようにゆらめくようになる。
「その煙のカーテンの向こうが、夢の中って訳?」
「ええ。あそこから入って進めば、グレイヴァの夢の中へ入れるのよ」
「扉じゃないけど、似たようなものね」
これが、アルテにとっての出入口になるのだ。
「入って行くのはいいですが、こちらへの帰り道はわかりますか?」
「ちゃんとわかるようにしておくわ」
「わかりました。行って来ます」
「ねぇ、あたしも一緒に行っていいでしょ」
歩き出すアルテの肩に、フィノがひょいと飛び乗る。
「人の夢の中へ入るなんて、滅多にできないもんねぇ。いいでしょ?」
フレーラは小さくうなずいた。
「でも、夢の中でグレイヴァとケンカしないでね」
歩き出したアルテの背中に、フレーラの声が飛ぶ。
「言われてますよ、フィノ」
「あたし、ケンカなんてしてないわよ。あれはあたし達の会話じゃない」
フィノはツンとすまして言う。
グレイヴァが同じ答えを返してくれますかねぇ。
アルテは苦笑を浮かべながら、グレイヴァの頭の上に浮かぶもやの中へ足を踏み入れた。
☆☆☆
もやを通り過ぎると、アルテとフィノは森の中にいた。
「ここ、グレイヴァの夢の中よねぇ?」
見回しても、今までいた場所と代わり映えしない。これでは現実と夢の区別がつけにくいではないか。
夢と言うにはやけにリアリティがあったりするから、余計に困る。違いと言えば、周囲に夢の妖精達がいない、ということくらいか。
「とにかく、アージュを捜しましょう。フレーラ達の力で、アージュが現れた夢をグレイヴァが見ているはずですから。この夢のどこかにいるでしょうし、先に彼女が自力で出たなら、きっとフレーラ達が知らせてくれます」
「そうね。……あそこにいるの、もしかして」
もう見付かったのかと思いきや、フィノが見ている方にはこの夢を見ているグレイヴァ本人が立っていた。
「フィノまで一緒に来たのか」
「あたしは、アルテが行く所へは一緒に行くわ。当然でしょ。それより、どうしてあんたがいるの」
「俺の夢なんだから、俺がいたっていいだろ」
「自分の夢の登場人物として現れても、変ではないですからね。何かを探す時は、一人でも多い方がいいですよ」
結局、いつものメンツが揃った訳だ。
「けどさ、妙な気分なんだよな」
「何か具合の悪いことでもありますか?」
「今まで、これは夢だって思いながら見てる夢はあった。けど、ここまではっきり意識できるのって、妙な気分だ」
自分は今夢を見てるんだ、とわかっていながら、夢のなりゆきを見ていることは何度かあった。でも、これ程夢の存在を自覚できたのは、初めてだ。
「半強制的に見せられているようなものですからね。ぼくの魔法で眠りに入っている、というのも原因の一つでしょう」
「意識してようがしてまいが、そんなのどうでもいいじゃない。早くアージュを捜しに行きましょ」
フィノに促され、アルテとグレイヴァは並んで歩いた。
「この森、見覚えがある」
「今までいた所と、ほとんど同じだもん。あって当たり前なんじゃない?」
「それもあるんだけどさ、この夢、見たことがあるってわかるんだ。俺、本当に同じ夢を見てるんだな」
さすがは夢の妖精。間違えることなく、グレイヴァに同じ夢を見させているのだ。
「それじゃ、どう歩けばアージュの所へ行けるか、覚えていますか?」
同じ夢なら、前に見た時と同じルートをたどればアージュの元へ着くはず。
「んー、あの時は何も意識しないで、適当に歩いてたからなぁ。でも、確かずっと一本道が続いてたから、おかしな所へ入り込まない限り、着くはずだぜ」
おかしな迷路の夢を見てなくてよかった、と思うグレイヴァ。
「今はフレーラ達が導き出した夢、ということになるんでしょうが、前の夢はアージュがグレイヴァに助けを求めるために見せたものだった。だから、すぐに見付けてもらいやすいようにしていたんだと思いますよ」
「ねぇ、夢の中でグレイヴァがアージュを助けて、現実でもグレイヴァが池から引き上げて……それでも同じ場所でつるに絡まった状態なの? これ、同じ夢、なんでしょ?」
「んー、それは何とも……。同じと言っても、環境が同じようになっているだけで、彼女の身体は救われましたから、もう戒めは受けていないのでは……」
「もうすぐ、のはずだ」
まさかここを二度も通るとは思っていなかったので、記憶もあいまい。でも、この辺りで助けを求める声を聞いた……ような気がする。
「あそこっ。あの見えてるの、足じゃないの?」
行く手に、はだしの細く白い足が投げ出されているのが見えた。
「ま、まさか死んでるんじゃないだろうな」
グレイヴァがそちらへ駆け寄った。その後をアルテも追う。
「うそだろ……」
足が見えた所には、あの銀の髪の少女が倒れていた。
右腕を下にして横たわり、髪が顔にかかってその表情はわからない。
前にこの夢を見た段階でグレイヴァが切ったためか、つるに絡まれてはいなかったが、そのままその場に倒れたような状態だ。
「人間……ではないですね。羽がありますし」
「大きさだけなら、人間みたいね」
「お、おい。アージュ。しっかりしろ」
グレイヴァが、アージュの肩を掴んで揺さぶる。
「ん……」
返事があった。少なくとも、死んでいる訳ではない。その点はほっとした。
アルテも、少女のそばにひざまづく。
「アージュ、目を覚ましてください。あなたの本体は、現実世界でちゃんと見付かりましたよ。あなたが戻ればいいだけになってます」
「ん……あたしの……何?」
言いながら、少女は身体を起こした。上半身を起こすと、思いっ切り伸びをしながらあくびをする。
「あ~あ、よく寝たぁ」
そのセリフに、アルテもグレイヴァも拍子抜けしそうになる。
「あの……アージュ、だよな?」
「うん、そうよ。人間が気持ちよさそうにあくびをするのって、きっとこういう時なのね」
どうも間が抜ける。
「妖精って、眠らないの?」
「眠らなくはないけど、人間程に長くはないわ。あたし、こんなに長く眠ったの、初めて」
言いながら、アージュは再び大きなあくびをする。
「お前……大変な目に遭ってるからって、こっちはすっげーばたばたしてたのに。自分はのんきに寝てやがったのかよ」
「グレイヴァ、落ち着いて」
怒鳴る一歩手前にきているグレイヴァを、アルテがなだめる。
「眠ってるヒマがあるなら、どうしてさっさと自分の身体へ戻らないんだよ」
グレイヴァは彼女が自分の腕の中に倒れてきたのが、夢でありながら現実でもあると聞かされ、口にはしなくてもずっと心配していたのだ。
なのに、こうものんきにされたら、怒りたくもなる。
「あら、だって私、自力でここから出られるだけの力、残ってなかったんだもの」
アージュはしゃらっと答える。
「でも、ここはとっても心地よくって。出ることはできなかったけど、ゆっくり休むことはできたわ。ありがとう、グレイヴァ」
「え……どうして俺の名前……」
聞かれる前に自分の名前を言われ、怒りを忘れてグレイヴァはぽかんとなる。
この少女を助けた時、会話はほとんどなかった。アージュがグレイヴァに助けてもらい、かろうじて礼を言ったくらいだ。
グレイヴァは現実の世界で彼女のことを聞いているが、彼女の方はグレイヴァのことを知らないはず。
「眠るって言っても、それは人間の眠りとは違うのよ。あなたの意識の底にいたようなものだから。あなたの名前もわかる。今、外の様子がどういうものかも知ってるわ。魔法使いが来ることになったのもね」
にっこりと笑みを浮かべ、アージュは説明した。
「それじゃ、話は早いな。フレーラ達が心配して待ってるんだ。すぐに俺の夢の外へ……」
「そうしたいんだけど……ちょっと待ってくれないかしら」
「自分で出られないなら、アルテがちゃんと連れてってくれるぜ」
「ううん、そうじゃないの。今の私は、自分で外へ出るだけの力が戻ってるわ。グレイヴァのおかげで」
「では、なぜです。何か他に問題でもあるんですか?」
アージュがここに居残っていることそのものが、現在の問題なのだ。他に何かあっても、これ以上の問題などありえない。
「私じゃなくて、みんなの……あ、つまり夢の妖精にとっての問題なの」
「どういうこと? フレーラ達はみんな無事よ。ん、夢の妖精の問題って言えば」
「夢の妖精の世界が魔物に壊されたために、アージュがこうなったんでしたね。その世界のことですか?」
「そう」
魔物の出現により、夢の妖精の世界が吹き飛ばされた。フレーラ達はどうにか仲間同士で再会できたが、アージュはそれができない状態になってしまったのだ。
「けどさ、それとアージュがここから出られないのと、どういう関係があるんだよ」
「私がグレイヴァの夢の中で元気になれたのは、どうしてだと思う?」
「は? そんなこと、俺が知るかよ」
アルテも、アージュがこんな元気になっているとは思わなかった。きっとフレーラ達も考えていなかったはず。
なのに、グレイヴァにわかるはずがない。
「夢の妖精の世界は、夢見石の力が大きな影響を与えてるの。夢見石が世界を形勢している、と言っても過言じゃないわ」
「……だから、何なんだよ」
そういうことを説明されても、グレイヴァにはよく理解できない。
「夢の妖精にとって、力の源、ということですね」
「そうよ」
「で、その石が何だっての? わかるように言ってくれよ」
「だから、私が元気になったのは、夢見石のおかげなのよ」
アージュが、にっこり笑って結論を言う。グレイヴァは、話があまり前へ進んでいないような気がした。
「グレイヴァの夢の中にその石がある、ということですか?」
「夢見石って言うくらいだから、夢のなかにあるって訳ね」
「ええ。でも、誰の夢の中にもあるってものではないのよ」





