夢見石を求めて
アージュ達の世界にあった夢見石は、長い時間をかけてその石を持つ人達から集めたものだ。
夢の妖精がたくさんの人の夢の中へ入り、石を拾い集める。でも、石を持つ人はとても少ない。持っていても、小さなもの。
人間はもちろん、他の妖精にとっても、何の価値もない石。ちょっときれいな石という程度だが、夢の妖精にとっては何よりも貴重。とても特殊な石なのだ。
「じゃあ、グレイヴァはその数少ないうちの一人だってことなの?」
「そのようですね」
「あんたもよく驚かしてくれるわね、全く」
「そんなこと、言われたって」
だいたいが「夢見石」という物の存在も、今回のことで初めて聞いたのだ。それを自分が持っていたなんて、もちろんグレイヴァは知らない。
夢の中にある、となれば、なおさらだ。
「アージュがまだここから出られないというのは、その石を探すためですか?」
「ええ。私がここから出ても、帰る世界がないのよ。完全になくなった訳ではないけれど、今の夢の世界は私達が活動するには難しい環境になっているはず。だけど、夢見石がたとえ一つでもあれば、ずいぶん違うわ」
たとえ小さくても、たとえ弱い力でも、たった一つの夢見石が存在すれば、力が衰えた夢の妖精の助けになる。
壊された世界には、夢見石がまだ少しは残っているだろうが、力は間違いなく落ちているだろう。
だから、新しい石がほしい。
「まぁ、探すのはいいけどさ、どこにあるのか、わかってんのか?」
「ううん、わかんない」
「……」
あまりにもあっさりと言われ、誰も二の句が継げない。
そういうことをあっけらかんと言うのを聞いていると、フィノと会話してるような気になってきたグレイヴァだった。フィノがアージュの立場でも、明るい表情で否と告げるだろう。
口調こそアージュの方が柔らかいが、きっと似たような性格に違いない。
「だけど、力は感じるわ。この夢の中を移動して、力が強く感じる方へ向かって行けばいいのよ」
「いいのよって、簡単に言うなぁ。……ま、全然わからないってよりいっか」
「ぼく達には、その力の波動は感じられません。アージュ、夢の中ならあなたの領域ですし、導いてもらえますか」
「え、アルテも行くつもりなのか?」
「もちろんですよ。フレーラ達にアージュを夢の出口まで連れて来るように、と言われていますからね。約束は果たさないと」
「……俺はその間、ずっと眠ったままってことかよ」
これだけ元気なら、アージュだけでもグレイヴァの夢から出られるだろう。グレイヴァが目を覚ましても、今の彼女ならきっと大丈夫だ。
でも、アルテがここにいる以上、眠りの魔法は解かれないし、グレイヴァは起きることができない。
「夢見ついでよ。いいじゃない、ゆっくり休めて」
「ちぇっ。他人事だと思って」
「それじゃ、行きましょー」
以前、倒れ込んだ少女と同一とは思えない程、アージュの元気な声がグレイヴァの耳に入って来た。
☆☆☆
アージュを先頭にして、アルテ達はグレイヴァの夢の中を歩いた。
「ねぇ、もしかしてここ、山になってない?」
それまで平坦な森の中を歩いていた一行だが、いつの間にか坂道を上っていた。
「そうよ。グレイヴァが山の中を歩いて……友達と野うさぎを捕まえる競争をしている夢ね。結果はどうだった?」
「い? 急にそんなこと聞かれても、こんな夢を見たこと自体、忘れてるよ」
急に矛先を向けられても、夢なんてものは見てもすぐに忘れることの方が多い。
「夢でじゃなく、現実でもやったんでしょ? この夢は現実を元にして見ているものよ。夢にはね、うーんと大まかに分けると、行ったことのない場所を見ているものと、現実にあったことを夢の中で繰り返すものがあるのよ。で、これは現実にあったことが元になってるわ」
「さすがですね。夢に足を踏み入れただけで、そういうことがわかるものですか」
「ま、ね。夢の中のことならまかせて」
ほめられ、素直に喜んでいるアージュ。
「だけど、いつの間に他の夢になってたの? さっきまで、アージュが現れた夢だったんでしょ?」
「石の力は感じるけど、どこかわからないし。今までグレイヴァが見た夢を、適当につなげてみたの。この夢になければ、他の夢につなげてそこへ入るわ」
「すっごぉい。で、グレイヴァ、誰が勝ったの?」
フィノがまた話を元に戻す。
「そんなの、覚えてないっ」
「ははぁん、負けたわね」
知ったような口振りで、フィノが鼻で笑う。
「何でそういう結果を出すんだよ」
「だって、勝ったのなら自慢そうに言うでしょ、あんたなら」
「ったく、しつこい奴だな。だから、覚えてないって言ってるだろ」
「どーだか」
フレーラの忠告(?)も無駄だったようですね。
グレイヴァとフィノの会話を聞いて、アルテはこそっと思った。
「アージュ、この夢になければと言いましたけれど、だいたいどの夢にある、というのは決まっているんですか?」
「んー、どうかしら」
はなはだ心許ない返事だ。
「実は私、自分で夢見石を見付けたことがないのよね。すでに私達の世界にある石は何度も見てるから、どういう物かはわかってるんだけど。夢のどの辺りに存在してるかっていうのは、よく知らないの」
「それ、すっげーいい加減だぞ」
「だから、力が強く感じる方へ行けばいいって言ったじゃない」
「けど、この夢になかったらって、さっき言っただろ。要するに、どこにあるかわかってないってことじゃないのか? 本当は石の力がはっきりしなくて、いきあたりばったりで歩き回ってるんじゃないだろうな」
「……この山にはなさそうねー」
「こら、ごまかすなっ」
グレイヴァは、先を歩くアージュを掴まえる。
「あのなぁ、人の夢ン中、探検して遊んでるんじゃないぞ。力の感じる方へ行けばいいからって言うから、こうしてついて来てるのに」
「あら、力は感じてるわよ。ただ、その出所がわからないから、こうして歩いてるんじゃないの。それに、私はちゃんと言ったわよ。石のある所はわかんないって」
「……」
胸を張って言われ、グレイヴァのアージュを掴まえた手の力が抜ける。
「そうよねー。笑顔でわかんないって言われたもん。アージュはウソを言ってるのでも、遊んでる訳でもないのよ。グレイヴァの負けね」
「勝ち負けはともかく。アージュ、力の出所がわからないというのは、どういうことですか? ぼくは夢見石のことはわかりません。何か障害物があるとすぐにその波動が分散してしまうとか、夢のあちこちに点在してるような物……ですか?」
「数は、その人にもよるわ。障害物で弱くなるような力でもないし。私も正直言って、本当にわからないの。すぐ近くにあるような感じなんだけど、絞れない」
「すぐ近く? じゃ、この山のどこかじゃないのか……って、あれ?」
それまで、グレイヴァ達は山を登っていたはず。緩やかな坂道を歩いて。
周りは森と風景的にあまり大きな違いはないのだが、とにかく山だった。
それなのに、グレイヴァ達は今、街の中にいるのだ。
「あらら、いつの間に変わってたのかしら。あたしも気付かなかった」
「もう別の夢へ入ったのか。けど、さっきの夢、もう探さなくていいのか? 俺達、ただ歩いてただけだぜ」
「でも、この夢の中でも力は感じてるわよ」
アージュにそう言われると、力を感じられないグレイヴァにはそれ以上の反論ができない。
「見覚えのある場所ですね。もしかして、ネイバーの街ですか?」
「俺に聞かれても、返事に困るんだけど。よく似てるよな」
通りの向こうには、グレイヴァとアルテが初めて会った店が見えた。微妙に違う部分も所々あるのだが、ここはネイバーの街に似ている。
「街へ行く夢は、時々見てたのを覚えてるけど」
「ねぇ。あの店って、確か石像や石そのものを扱ってた店よね。案外、あそこにあったりするかもよ。単純だもん、グレイヴァって」
「一言多いんだよ、お前は」
「あそこの店、石があるの? じゃ、行ってみましょ」
石があると聞いて、アージュは先を急ぐ。
「あの店の親父、客とそうでない奴との待遇が全然違うんだよな」
言いながら、グレイヴァは新しく店主になったと話していたロンカード老人を思い出す。
「そうなんですか? ぼくが店に入った時は、親切でしたけれど」
「アルテは客と思われたからだよ。あの時探してたのは、えーと、鼓動石だったっけ。それを置いてるかって聞いてたから、あればあの親父は売りつけられた訳だろ。買うことを目的で入って行ったから、親父は愛想がよかったんだ」
「グレイヴァの時は違ったのですか?」
「客じゃないってわかったら、ころっと変わったぜ」
父のグルドが亡くなってネイバーの街へ出たグレイヴァは、石工の修業をしようとこの店へ来た。
石細工の製造と販売をしていて、グルドがここに注文品を納品していたからだ。
石を彫る修業もできるし、将来店先に自分の作品を出せるようになれば、売れたかどうかもすぐにわかる。自分の作品の売れ行きを、はっきり見ることができるのだ。
父との関わりもあるし、言ってみれば「知らぬ仲」ではない。そんなに大きな店ではなかったが、それらの点で理想的だった。
しかし、グルドが亡くなるのとほぼ同時期に、店主は替わっていたのだ。
店へ入って来たグレイヴァが客ではなく、雇ってほしいと言った途端、店主の口調がころっと変わった。
手のひらを返す、というのは、まさにああいう状態を言うのだろう。
身内以外を従業員にする気はないようなことを言われ、強い口調で断られた。
「秘密にする程、すっげー技術があるって訳でもなかったんだけどな。俺も雇ってもらうためにちゃんとしなきゃって思って、慣れない敬語まで使ったのにさ。まぁ、今になって思えば、あんな所にいなくてよかったのかもな。今の方が、色々と変わった体験できるし。いささか特殊すぎる事情だけど、石にもそれなりに関わってるから」
「ぼくにとっても、グレイヴァが弟子入りを断られたのはよかったんでしょうね。きっとグレイヴァがいなければ、まだ鼓動石を探している段階、ということもありえますし」
「別に俺が見付けたって訳じゃないぞ」
「でも、グレイヴァのおかげで、ことがスムーズに運んだ部分は多いですよ」
「ほーんと。偶然って怖いわよねー」
フィノの一言で、その話は締められた。
アージュが店の中へ入る。グレイヴァ達もその後に続いた。中の様子も、かなり現実に近い。
「夢とは言え、割りと忠実に再現されてるわね。あの親父、あたしも覚えてる」
現実にほぼ忠実に、店の奥にはさっきグレイヴァが話していた店主であるロンカード老人が座っていた。





