心が戻らない
みんなであちこち捜し回った。
これまでの話の流れから考えても、アージュはこの近くにいるはずだ。
でも、どこにもいない。
グレイヴァの夢の中では、アージュは自力で立つことさえおぼつかなかった。危険な状態になりつつある、ということだ。
「なぁ、もしもアージュが見付からなかったら……俺の夢の中にいる方のアージュは、どうなるんだ?」
「身体がなくなれば、心の方もそのうち消滅するわ。閉じ込められているとは言え、夢の中だから心はまだ安全と言えるわね。だから、先に身体を確保してあげないといけないの。見付かれば、私達の力を注いで少しでも回復させられるから」
「グレイヴァ、つまんない心配してないで、気を入れて捜しなさいよね」
「俺だって、必死に捜してるよ。けど……」
周りは植物だらけ。濃淡はあっても、緑が多い。いくら銀の髪は目立つだろうと言っても、植物に絡まれた妖精を見付けるのは簡単ではない。
「しかし……これだけ妖精がいてもわからない、というのは変ですね。かすかでも気配を感じるのであれば、もう見付かっていてもよさそうなのに」
「アルテが魔法で見付けるってのは、できないのか?」
「妖精を呼び出すことはできても、捜すというのは難しいですね。相手が動けないのなら、呼び出すことも無理ですし」
「うまくいかないもんだな。俺が一番近くにいたのなら、アルテが寝てたより向こうにはいないってことで範囲だって絞れるはずなのに……どうしていないんだ」
夢では大きかったアージュも、現実ではフレーラ達と同じように、手の平に乗るサイズ。昼間でも木々の影が地面に落ちる森の中では、小さな姿を見付けるのは骨だ。
「なぁ。あそこって、まだ捜してないよな」
目に止まった池を差すグレイヴァ。池の周りはみんなでさんざん捜したが、池の中までは捜していない。
「あんな所に、つるなんてないでしょ。周りにせいぜいコケがある程度よ」
「池の中なら、藻があるんじゃないか?」
「こんな光の弱い所で、育つかしら」
木漏れ日が、池の水面を照らしている。太陽の角度にもよるだろうが、多少なりとも光は水の中まで届いているはずだ。
「植物って、思ってるより強いぞ。それに……妖精なら藻だって絡める大きさだ」
言いながら、グレイヴァは池を覗き込んだ。水は澄んでいるので、何となくでも様子は見える。光が当たる場所には思った通り、藻が生えていた。
しかし、アージュの姿までは見えない。
「俺、もぐってみる。いないで元々だし」
「気を付けてください、グレイヴァ」
「わかってるって」
昔から近くの川で魚を捕まえたりしていたし、泳ぎには割と自信がある。
グレイヴァは上着を脱ぐと、池の中へ飛び込んだ。足が着く深さではないが、底がわからないという程ではない。
ん? あれって……。
水の中でゆらゆらと、薄い黄緑色の藻がゆらめく。その中に、白っぽいものがちらりと見えた。
グレイヴァは引かれるようにして、そちらへ泳いで行く。
もしかして……。
そこには、池の外にいる妖精達と同じ大きさの少女がいた。子どもがごっこ遊びで使う人形のようだ。
いたっ。アージュだ。
銀色の髪と、胸元のペンダント。ペンダントの色や形は水の中ではよくわからないし、目は閉じられているので瞳の色は確かめようもない。
今の状態では、羽がその背にあるかすらも定かではなかった。
でも、身体中に藻が絡んでいるその姿は、夢の中に現れた少女とそっくりだ。
生きて……いるんだよな?
グレイヴァは、そっと手を伸ばす。何かが近付いて来る気配もわからないのか、ぴくりとも動かない。
思い切って、その細い腕に触れてみる。やはり動かない。ただ、水の動きでゆらゆらしているだけだ。
声をかけてみたいのだが、水の中なのでそれは無理だ。
とにかく、ここから出してやらなきゃ。
グレイヴァは少女の身体に絡まる藻を掴み、手で引きちぎった。
その身体に絡まっている藻を、いちいち解いている余裕はない。ほどくのは、池を出てからだ。今は、この場を離れられるようにするので精一杯。
幸い、藻はすぐに切れた。そんなに強くない。あの夢の状況とよく似ている。
グレイヴァには簡単に切れる藻も、この少女にとっては強い縄のようなものだったのだろう。
息が苦しくなってきた頃、少女を戒めている藻は全て切れた。
急いでグレイヴァは浮上する。水面から顔を出すと、胸一杯に空気を吸い込んだ。
「グレイヴァ」
顔を出したグレイヴァに、アルテが声をかけた。
「いた。いたぜ、アルテ」
少女の身体を掴んでいる手を、急いで水面上に出す。
「アージュ!」
それを見た妖精達が、口々に叫ぶ。
間違いなく、この少女は夢の妖精のアージュであり、グレイヴァの夢に現れた妖精だった。
岸まで泳ぎ、アルテに妖精の身体を渡す。グレイヴァが水から上がる間に、アルテは彼女の身体の藻を魔法で取り除いた。
「グレイヴァ、なかなかやるじゃない。素人もあなどれないわね」
「俺だって、本当にいるなんて思ってなかったんだけど……」
いつもなら「へへん、どんなもんだ」などと言いそうなグレイヴァだが、今はそんなことを言っていられない。
「どれくらいの時間かわからないけど、妖精の世界が壊されてからずっと水の中にいたんだろ? 息は? ずっとあんな状態で、生きていられるのか?」
「妖精は、人間とは違うから。身体がここにあって、グレイヴァの夢に現れたのなら、アージュは生きているわ」
フレーラの言葉を聞いて、少し安心する。どういう仕組みか知らないが、とにかく生きてくれているなら、それでいい。
グレイヴァは、そっとアルテの手元を覗いてみる。藻の束縛から解放されたアージュは、敷き詰められた草の上に横たわっていた。
見た限り、夢の中のように体力が限界まできている、という状態ではなさそうだ。
それでも、目を開いてくれないのは気になる。顔色も、あまりよくない。
「意識……戻らないのか?」
「ええ。フレーラが話していたように、アージュの心はグレイヴァの夢の中にあるようですね」
身体はここにあっても、心はまだ戻っていないのだ。
「じゃ、グレイヴァの夢から連れて来てあげないとね。早い方がいいんでしょ?」
フィノの言葉に、フレーラはうなずく。
「それはもちろん、早い方がいいわ。身体は見付かったけれど、まだ完全ではないもの」
そこにいる全員の視線が、一気にグレイヴァへ集中する。
「え……あの」
「さ、ボーヤ。ねんねの時間ですよー」
フィノの声が、やけに嬉しそうに聞こえた。
☆☆☆
ねこのねこなで声はともかく、アージュの心を夢の中から取り戻すには、グレイヴァが眠らなければいけないのだ。
「ぼくがグレイヴァに、眠りの魔法をかけます。魔法を解くまでは眠り続けますから、途中で夢から覚めてしまってアージュがまた閉じ込められる、という心配はありませんよ」
「俺が眠ったまんまになる、なんてことはないよな?」
「あんた、アルテの腕を疑うの?」
フィノがギロッと睨む。
「ぐずぐず言ってないで、さっさと眠らせてもらいなさい。何だったら、あたしが殴って眠らせてあげてもいいわよ」
「そんな眠り方、遠慮するっ」
フィノなら、本当にやりかねない。グレイヴァが相手だと、フィノは遠慮という言葉にそっぽを向くのだから。
「ねぇ、魔法使いアルテ」
横でグレイヴァ達の会話を聞いていたフレーラが、ふいにアルテの名を呼んだ。
「え? あ、はい。何でしょう」
「グレイヴァが眠ったら、アージュのいる夢が現れるわ。あなたに、その夢の中へ入ってほしいの」
「ぼくが夢の中に……ですか?」
突然の依頼に、アルテもさすがに驚きを隠せない。
てっきり、グレイヴァが夢を見れば、それでアージュが出られるものだと思っていた。もしくは、夢の妖精の誰かが迎えに行くのだろう、と。
「夢の妖精ならともかく、いくら魔法使いでもアルテは人間だぜ。俺の夢の中へ入って、大丈夫なのか?」
「それは、私達の力で何とかできる。心配ないわ」
夢の妖精が請け合った。信じていいのだろうが、行く場所が場所だけに、やっぱり少し不安になる。
「でも、何のため? アージュがグレイヴァの夢に捕まってるのを助けるため、とか?」
「俺が捕まえてるような言い方、するなよな」
「実際、似たようなものでしょ」
「やろうと思ってやったんじゃないぞ」
「そんなの、わかってるわよ。グレイヴァにそーんなすごいこと、できっこないから」
「……フレーラ、説明してもらえますか?」
口ゲンカを止める気も失せたアルテは、自分で直接尋ねた。
「たとえグレイヴァが夢を見て、アージュがそこから出られる状況になっても、彼女自身に出るだけの力がないかも知れないわ。グレイヴァの話だと、立つのも大変なようだから。夢の出口まで、あなたにアージュを連れて来てもらいたいの。つまり、アージュが夢から出るのを待つのではなく、アルテにここまで連れ戻してもらう、ということよ」
「夢の出口って何だ?」
「そうね、例えて言うなら……アルテがあなたの夢へ入る時の扉、と言えばわかるかしら。入れば当然、戻るために出て来なくてはいけないでしょ? だから、アルテにとっては出入口になるわね」
「玄関みたいなものか」
本当に扉が出て来るのではないらしいが、どういうふうにアルテが夢の中へ入るのか、その間眠っているグレイヴァには見られないのが残念だった。
「わかりました。アージュの心を運べばいいんですね。では、早速。グレイヴァ、横になってください」
「へ? 何で?」
「座ったままで眠るんですか? ぼくは構いませんが、楽な方がいいでしょう?」
「あ、そっか。どこでもいいのか?」
「アージュの近くにいる方がいいでしょう。隣りに寝てください」
言われるまま、グレイヴァはアージュが眠っている側で横たわった。
「そう緊張しなくていいですよ」
「そんなこと言われたって……アルテの魔法は何回か見てるけど、かけられるのなんて初めてなんだし」
「前に、足のケガを治してもらったことがあったじゃない。あれだって、魔法をかけられてるようなもんよ」
「あれとはちょっと違うぞ」
「ああ、もう。ぐだぐだとうるさいわね。さっさと目を閉じなさいっ」
「そんな言い方されると、目を閉じた途端に妙なことされそうだな」
「眠るだけですよ。グレイヴァ、ぼくの指を見てください」
「指……?」
指なんか見て、どうするんだろう。
そう思いながら、グレイヴァがアルテの突き出した人差し指の先を素直に見た。すると、急に眠気がさす。
何かを考える間もなく、まぶたが重くなり、意識が遠のいてきた。
次の瞬間には、グレイヴァは眠りの中へ引き込まれる。





