別研究室との飲み会、撤回された発見
そんな折、別研究室の同級生の早乙女から、飲み会の誘いが届いた。
「今度の金曜、暇なら来ない? 三雲も来る」
早乙女と三雲とは、一年生の必修講義で同じ班になって以来、研究室が分かれてからも、たまに連絡を取り合う仲だった。実験レポートの提出に三人揃って追われた夜のことを、淳は今でもよく覚えている。
金曜の夜、大学近くの小さな居酒屋のテーブル席に、三人が集まった。
「久しぶり、佐伯」キャップを目深にかぶった早乙女が、片手を挙げた。
「久しぶり」眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の三雲が、軽く頭を下げる。
運ばれてきたジョッキをぶつけ合い、乾杯した。
「噂は聞いてるよ」早乙女はスマートフォンを片手に、生ビールを傾けた。「なんか、渋いとこ入ったんだって? 超伝導材料の研究室」
「渋い、って言われるとちょっと複雑だけど」
早乙女は情報系で、ネットの投稿や論文を機械にどう分類させるか、という研究をしているらしい。「地味だけど、意外と奥深いんだ」と串をくわえたまま語る。三雲は、計算機の中で、実際には作れない物質のシミュレーションをしていた。
「実験系だと、まず作れないと始まらないだろ」三雲は静かな口調で言った。「計算系は、頭の中の理論を、いきなり試せるのがいいところ」
しばらくして、三雲がグラスを置いた。
「そういえば佐伯、超伝導材料やってるって言ってたけど。うちの研究室でも、たまに超伝導の話が出るよ。全然専門は違うんだけど」
「三雲の研究室って、材料の計算だっけ」
「物性を理論的に予測する方。その関係で、たまに『室温超伝導って本当にあり得るのか』って議論になる」
淳の心臓が、小さく跳ねた。
「そういう話、するんだ」
「理論的な可能性としては、結構真剣に議論されてるよ。実際に見つかるかは、別として」三雲は少し間を置いた。「面白いのはさ、この手の話って、専門家であればあるほど否定的になる気がするんだよね。過去の失敗例とか、理論的な難しさをよく知ってるから。逆に、専門外の人のほうが、案外フラットに『あるかもね』くらいで見てたりする」
「でも、何年か前にあったよね。鉛と銅とリンの、あの物質」淳は、昨日検索した記事を思い出しながら言った。「あれは、どうだったの」
「あれは、むしろ、いい例だったと思う」三雲は頷いた。「発表から二週間くらいで、世界中の研究室が追試をして、いくつも結果が出て、抵抗の急落は別の物質の相転移で説明できる、って結論になった。疑う人が、疑うだけじゃなくて、実際に作って、測って、答えを出したんだよね」
「作って、測って」
「否定したのは、専門家の『気持ち』じゃなくて、追試のデータ。それで決着した。ああいう手続きが機能するのは、健全なんだと思う」
淳は、ジョッキを持ったまま、しばらく動けなかった。
「佐伯、どうした?」
「いや。なんでもない」
三雲は不思議そうな顔をして、ビールを一口飲んだ。
「三雲の分野でも、そういう『信じる派・信じない派』みたいな派閥って、あるの」
「あるよ。うちの研究室のボスは、面白そうな話には、割とすぐ食いつく人。ただ、新しい理論が出てくるたびに、まず自分たちの計算で粗探しをしてから、っていう慎重さもある。まあ、話したがりなのは変わらないけど」
「慎重なのは、悪いことじゃないよな」
「うん。変な結果に踊らされないための姿勢だし」三雲はビールを一口飲んだ。「ただ、調べる前から否定する人と、調べたうえで否定する人は、別物だと思う」
「三雲は、どっち側なの。信じる派? 信じない派?」
「どちらかと言えば、信じたい派かな」三雲は少し照れくさそうに笑った。「理論的な可能性がゼロじゃない以上、誰かが本当に見つける日が来てもおかしくないと思ってる。ロマンがあるじゃん」
「意外」
「そう? 佐伯もそっち側だと思ってた、なんとなく」三雲は淳の顔をまっすぐ見た。「なんか、今日の佐伯、この話になってから妙に食いつきいいし」
淳は言葉に詰まった。
「……単純に、面白い話だなと思って」
「まあ、そういうことにしとくよ」三雲は深追いせず、笑って話を締めくくった。
そのやり取りを聞いていた早乙女が、串を置いた。
「あー、それ分かるかも。俺の周りにも、そういう話に妙に詳しい奴らいるし」
「早乙女の周りって、どんな人たち?」
「ネットのコミュニティ。陰謀論とか、未確認技術とか、そういうのが好きな連中の界隈」早乙女はスマートフォンをテーブルに置いた。「どこどこの研究機関が新素材を隠してるとか、政府が特定の技術を規制してるとか。九割九分はデマなんだけど、たまに、妙にリアルな書き込みが紛れてる。そこが面白い」
「信じてるわけじゃないよね?」
「まさか。エンタメとして眺めてるだけ。でも、火のないところに煙は立たないって言うし、たまに『これは案外、本当かもな』って思うのはある」
「早乙女らしいスタンスだな」三雲が苦笑した。
「バランス感覚だよ、これは」
そこから話は、別の話題に流れていった。早乙女が、ふと聞いてきた。
「そういえば、佐伯のとこの教授って、どんな人? 厳しいの?」
「厳しいっていうか……読めない人かな。普段は淡々としてるんだけど、たまに妙に鋭いこと言う」
「あー、うちのボスもそんな感じ」三雲が笑った。「教授って、大体みんな、ちょっと変わってるよな」
「変わってなきゃ、教授になれないんじゃない」早乙女がそう言うと、三人で小さく笑った。
居酒屋を出ると、夜の生ぬるい空気が三人を包んだ。
「今度また誘うわ」早乙女が手を振った。
「うん、ありがとう。楽しかった」
一人になった駅までの道で、淳は、専門家が疑うのは撤回を見てきたからで、専門外の人が楽観的なのは検証の重さを知らないからかもしれない、と考えた。どちらにも根拠がある。あのノートの主張も、答えを出すなら、もう一度作って、測るしかない。
改札の手前で、淳はふと足を止めた。スマートフォンを取り出して、三雲が話していた追試の経緯を、忘れないうちにメモに打ち込んだ。ノートの冒頭の手順を、自分の手で作れるものなのか、次に確かめておきたかった。メモの題は、「作る、測る、比べる」とした。それから、終電の時刻に気づいて、慌てて改札を通った。
お読みいただきありがとうございます。
続きが気になったら、ブックマークや下の☆☆☆☆☆での評価をいただけると励みになります。




