第9話 ちっぽけな人間
座ると大分楽になった。
痛みのある部分を軽くマッサージして、筋肉をほぐす。
瑠璃は座り込んだまま一言も喋らなかった。
いかにもインドア派の彼女にとってはここ数日の島での行動が堪えたのだろう。
「ちょうどいいし、今のうちこれ食べようか」
「……貴重な食料を分けてくれてお礼を言うわ」
「一蓮托生っていうんだっけ? 僕だけ食べるわけにもいかないからさ」
「もしそうされたら、私も生きるために一輝から奪わなきゃいけなくなる。そうなったら間違いなく共倒れよ。これからも協力してことに当たりましょう」
スナック菓子の袋の半分は空気が入っているんじゃないかと思うほど量が少ない。
袋を開けて二人で分けると、瞬く間に食べ終えてしまった。
それでもやっぱり美味しい。
強い塩気と炭水化物が五臓六腑に染み渡るようだ。
それにしても瑠璃の食べるペースはかなり遅かった。
必要だから強引に押し込んでいるような感じで、美味しそうには見えない。
よほど体調が悪いのだろうか。
だがそれを指摘すると意地を張ってしまうのは目に見えている。
休ませるには何かしら成果をあげて、十分だと納得させる必要があるだろう。
ゴミを丸めてポケットに突っ込む。
この島にゴミ箱はない。
自然に分解されるものならともかく、これをポイ捨てするのは気乗りしなかった。
「もう十分休憩したでしょう? 天気も相変わらずよくないわ。あんまりモタモタしていると雨が降り始めるかもしれない」
「雨宿りできる場所があればいいけど」
二人で立ち上がり、探索を再開する。
といっても、松脂以降目ぼしい物は見つからなかった。
島の中央部にあるのは山と木くらいのもので、進んでも進んでも同じような景色が続く。
坂道になっているせいで余計に疲れてきた。
水筒の水はなるべく節約して飲んでいるが、それももう半分くらいに減ってきている。
振り向くと、砂浜まで一望できる高さまで進んでいた。
(思ったより広い……)
生ぬるい風が汗をかいた今は心地いい。
一方で瑠璃はイライラしているようだった。
「鳥以外は動物すらいないなんて……。私たちのカロリーを補えるだけの食べ物がここには本当にないのかもしれない」
「たしかに全然見かけないね」
「無人島どころか、今までこの島に誰一人立ち寄ることすらなかった可能性があるわ。信じ難いけど、ここまで痕跡がないとは思わなかった」
どうやら瑠璃は今は無人でも人が立ち寄った形跡がないか知りたかったらしい。
そこから何かしら手に入ると思ったのだろう。
残念ながらそういうものは一切無かった。
「一度でもここに船乗りが立ち寄っていれば、次に立ち寄った時の補給のために果実の種を植えたりすることがあるの。それを期待してたんだけど、空振りだったわ」
ここから低い土地をある程度見ることができる。
せめて気休めでもいいから何かあればよかったんだけど。
すると、泣きっ面に蜂とでもいわんばかりにポツポツと雨が降ってきた。
「ここにいたら濡れる。移動しよう」
「あそこに走って。洞穴がある」
山壁にぽっかりと穴が空いている。
サイズは人間大といったところで、奥もそれなりに広い。
「うわ、たくさん降ってきた」
小ぶりだった雨は瞬く間に勢いを増し、スコールとなって地面を打ち付ける。
凄まじい雨の音に、少しばかり怖気づく。
気を紛らわそうと瑠璃の方を見たら、壁にもたれかかるようにして倒れていた。
「瑠璃!? 大丈夫!?」
「だいじょうぶ……だから」
近づいて様子を見る。
呼吸はしているが、浅く荒い。
顔色も悪く、僕からの問いかけに対する返事もずいぶんと遅れて返ってきた。
とりあえず水筒の飲み口を彼女の口元に持っていき、水を飲ませる。
喉を鳴らして水を飲み込んでいった。
それから飴を口の中に頬張らせる。
「甘い。飴?」
「うん。とりあえず横になって休んでなよ」
「そうさせてもらうわ……」
上着を脱いで瑠璃の下に敷く。
何もないよりはマシだろう。
幸い雨はこの洞穴には入ってこないようだった。
雨水は奇麗だと聞いたことがある。
残りの清潔な水は瑠璃に残した方がいいだろう。
僕は水筒のコップを手に持ち、洞穴の入り口に近づく。
凄まじい勢いの雨にそっと手を伸ばし、落ちてくる雨をコップに溜めた。
右手があっという間に濡れる。
痛みはないが、衝撃は感じるのでもしまともにこれを浴びていたらぐしょぐしょになっていただろう。
手を引っ込めてたまった水を眺める。
見た目は奇麗だ。
匂いもない。
そっと少しだけ口に含んでみたが、おかしな味もしなかった。
外がこうなっている以上、この水を飲むしかない。
覚悟を決めてごくんと飲み込む。
(よかった。ただの水だ)
念のため一度にたくさん飲まない方がいいだろう。
瑠璃の様子を見るためにも奥に戻ると、大量に発汗していた。
このままでは服が濡れて冷えて、一気に体温が下がる。
「瑠璃、ハンカチを濡らしてくるから自分で拭ける?」
瑠璃は薄っすらと目を開けたが、すぐに目を閉じた。
どうやら意識を保つのも難しいらしい。
とにかく僕は自分のハンカチを外の雨で濡らしてくる。
瑠璃の顔は赤みが差していたが、手を握ると驚くほど冷たい。
人命救助のためだ。
ジャージのファスナーを下ろす。
すると瑠璃の裸が露わになった。
やはり下着は身に着けていなかったようだ。
奇麗な肌だったが、なるべく意識せず見ないようにして首から肩、そして胸からお腹を拭いていく。
それが終われば背中だ。
ハンカチが汗をたくさん吸うたびに外で洗っては戻ってくる。
これを繰り返した。
さすがに下を脱がすわけにはいかず、なんとか拭ける範囲で対処する。
汗を拭き取ると呼吸が安定してきた。
ただ汗を吸ったジャージをまた着せるわけにもいかない。
外の雨で洗ったとしても濡れたまま。
焚き火でもできればいいのだが、それも難しそうだ。
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
自然が恐ろしいと思ったのは初めてだ。
人間のことなど生きようが死のうが、歯牙にもかけていない。
とにかく今はジャージをよく絞り、僕がそれを着て代わりに今まで着ていた服を着せるしかなかった。
一気に冷えるが、縮こまっていれば耐えられそうだ。
後は傍にいてやることくらいしかできることはなかった。




