第8話 松脂の可能性
浮ついた気持ちで行動して怪我をしたらバカみたいだ。
気にならないと言えば嘘になるが気持ちを切り替える。
「出発前に簡単に確認をしましょう」
「分かった」
「私たちが足を踏み入れたのはまず海に面した砂浜。かなり範囲が広いけど、途切れた先は岩礁地帯になってる。貝とか収穫はあるかもしれないけど、少しでも足を踏み外したら大怪我をする危険性があるからあまり探索はしたくないわね。どうしても必要になったらでいい」
「絆創膏すらないもんね……」
「それ以上に怪我が原因の感染症が怖いわ。抗生物質もないこんな環境じゃ、体力次第で生死が分かれる。そうでなくとも私たちのどちらかが動けなくなったら数日で詰みよ」
瑠璃は頭がいいが力仕事をこなせない。
僕は多少体力も力もあるが、最適解を選ぶ能力に欠ける。
パートナーとしては意外と相性がいいのかもしれない。
「次に森。食料を期待してたけど、目ぼしい物は見つからなかった。ただ飲み水を確保できたのは大きいわ。まだ未探索の場所にある可能性はゼロじゃない。海鳥が定期的に往来してるなら島の中で糞もしているだろうから、果実がなる木の種が紛れていればそれが育つだけの栄養はある」
「大きな森だし、湖もあるんだから食べ物が手に入ればかなり環境はよくなるよね」
「今の環境じゃビタミンが不足するから、死活問題よ。海藻を煮て食べることも考えないと」
瑠璃の体調がよくないのは本当みたいだ。
いつもよりトゲがとれて丸くなっているというか、優しい気がする。
「それから仮拠点付近の岩場ね。石が手に入ること以外は特に価値はないわ。風除けがあるから利用しているだけで、地面も冷たくて硬いしなるべく早く移動したいところかしら」
「朝起きたら体が引きつるような感じ」
瑠璃の体温が高いおかげで意外と寒くはない。
「これから向かうのは島の中心部よ。中心に大きな山があるのが見えるでしょう?」
「あれだけ高ければね」
「山登りをする趣味はないけど、体力があるうちに道中の確認をしておきたいの。救助のヘリだって確認しやすい場所があるだろうし」
そろそろ海上の救助を終え、クルーズ船内の生存者を確認している頃合いだ。
そこで行方不明者が確認されれば、探索範囲を次第に広げるだろうというのが瑠璃の見解だった。
ここが流された場所からどれほど離れているか分からない以上、長期戦に備えておかねばならない。
「嵐のせいで海の流れが想像以上に早かった可能性もある。でも必ず救助は来るわ。それを信じて行動するのよ」
それは自分に言い聞かせているような言い方だった。
瑠璃と共に島の中心部へと向かう。
ここまで動物は鳥しか見かけていない。
瑠璃は海鳥を捕まえて食料にしたいようだが、僕たちがここで死んだら逆に彼らに食われるのだろうか。
まさに弱肉強食で少し面白かった。
「どうしたの?」
「いや、僕たちが死んだら海鳥が僕たちを食べるのかなって」
「……笑えないわ。そういうジョークは嫌いよ」
チッという舌打ちが返ってきた。
たしかにそうだ。縁起でもない。
僕も少し情緒がおかしくなっているのかもしれないな。
娯楽もなく、生きるためだけに時間を使ってしまっている。
これはこれで生きている実感というものを感じるのだが、人間はそれだけでは生きていけないのだろう。
二人で歩く。
道中で松に似た木を見かけた。
たしか松の葉はビタミンCが豊富に含まれていると聞いたことがある。
「松の葉を噛んでみたらいいんじゃない?」
「妙なことを知ってるわね。残念ながらあれは日本にあるような赤松じゃないわ。言っておくけど、毒性があるから齧ろうなんて考えないで」
「そうなの?」
「樹液に関しては似たような使い道ができるから、保存できる容器があれば採取する価値はあるわ。でも口に入れるのはダメ」
「そっか。お茶が飲めるかと思って期待したんだけど……」
別に緑茶とかが好きなわけじゃないが、今は無性に飲みたい気分だ。
「でも悪くない発見よ。松脂は天然の接着剤にもなるし、着火剤としても使えるわ」
しょぼくれたように見えたのか、フォローを入れてくれた……のではなく事実を述べている。
「もっと木の皮を剥いで容器を作らないとダメね」
「あの四角いやつ、水もこぼれないし便利だよ。ただあんまり頑丈じゃないけど」
何度か使っただけでもうボロボロになっている。
火にかけたから仕方ないのだが。
「松脂を加工して内側に塗ればそう簡単に壊れなくなる。熱可塑性があるから直接火で熱する物には使えないけど、そこは熱した石を上から入れたりして工夫すればなんとかなるわ」
「でもそんなの内側に塗って水は飲めるの?」
「覚えておきなさい。松脂は天然樹脂で化学的に安定しているの。水とは混ざらないわ。そもそも油分が主成分でエタノールとか、酢酸じゃなければ溶けだしたりしない。安心して」
「へぇぇ」
今までで一番感心したかもしれない。
「植物の樹脂は色々なことに使われているのよ。ゴムだってそうでしょう?」
「あ、たしかに」
直接は使えないが、便利な補助という役割にはなりそうだ。
幸先がいい。
しかしこの3日間で相当な距離を歩いた。
靴は問題ないが、じんわりと足の裏やかかと付近の筋が痛みを訴えてきている。
僕がそうなのだから、女の子の瑠璃はもっと厳しいはずだ。
なのに泣きごと一つ言わない気丈さは見習いたい。
とはいえ痛いものは痛い。
松の木(葉は毒性あり)があるエリアを抜けると坂が続くエリアに入った。
丁度腰掛ける岩場があったので瑠璃に休憩を持ちかける。
「……そうしましょうか」
顔が少し赤くなっており、呼吸も荒い。
体調は更に悪くなっているようだ。
「そんな目で見なくても自己管理はできてるから」
「それならいいけど」
僕の目から見ても、そうは見えない。




