第7話 どんよりとした空
3日目の朝。
いつの間にか眠ってしまっていた。
昨日までとはうって変わって、空が灰色の雲に覆われている。
いつ天気が崩れて雨が降ってもおかしくない。
体を起こすと、まだ瑠璃が眠っていることに気付いた。
昨日は僕より早く起きて気合十分だったのに。
そっと顔を覗くと、あどけない寝顔をしていた。
こうしていれば可愛いのに。
普段の様子だと大分印象が異なる。
起きている時はキリッとしていて大人びているが、こっちの方が年頃の女の子らしい。
「――絶対に認めさせる」
起きたのかと思ったが、寝言だったようだ。
それが何を意味するのかは分からない。
シンポジウムに参加すると言っていたので、それに関することなのだろうか。
この島は乾燥しているのか寝ている間に喉が渇く。
空になった水筒をひっくり返し、数滴の水を舌に落としてそれを飲み込む。
「全然足りないな……」
瑠璃なしでは何から始めたものか判断が難しい。
優柔不断ではないつもりだが、選択肢が多すぎて彼女のように即断即決ができないのだ。
数ある選択肢から正解を選び取る能力が僕よりもずっと優れているのだと思う。
(疲れているだろうけど、このまま寝かせていたらどうして起こさなかったのかと怒られそうだ)
ひとまずそう考え、肩に手を置く。
ビクッと彼女の体が反応するがまだ目を覚ましたわけではないようだ。
何度か揺するとようやく目を覚ます。
「……おはよう」
「おはよう。よく寝てたね」
「男女の体力差のせいよ。いくら一輝がインドアでも、私よりは体力がある」
「それって褒めて……なさそうだね」
「ええ、事実を述べただけ」
瑠璃は明らかに疲れている。
僕も本調子とまではいかないが、それでも若干体が重いくらいだ。
「今日は雨が降りそうだけどどうする?」
「雨水はなるべく確保したいわ。飲み水だけならともかく、他のことにまでいちいちあの湖まで行きたくないもの。起きてすぐに顔すら洗えないなんて」
行動に関して聞いたつもりだったが、雨水をどうするかの話になっている。
どうやら灰色の頭脳も本調子ではないらしい。
「バッグを空にしたら少しは入れられそうだけど」
「ないよりマシよ。役に立つ物も入ってないんでしょう?」
「それはそうだけど」
バッグを一度空っぽにする。
目ぼしい物は水筒にマッチと十徳ナイフ、それからお菓子くらいだ。
後はろ過装置にしたペットボトルか。
試しにスマホを起動させようと試みるが、やはり動かない。
瑠璃が右腕を見るそぶりをして、ため息をついた。
それからやや苛立たし気にそのまま右手で髪を梳く。
「この天気じゃ太陽時計すら役に立たない。腕時計が残っていればもう少し色々と考えられるのに」
「とりあえず水を確保しに行かない?」
「そうね」
イライラしている様子だったので話題を変える。
どうせやらなければならないことだ。
瑠璃は干していた制服を確認し、一度着替えようとしたが止めた。
ジャージの方が動きやすいという判断なのだろう。
森に入り、湖へと向かう。
一度往復したおかげで獣道ができてずいぶんと楽になった。
体感ではあるが、前回の半分ほどの時間に到着する。
森のおかげで今の所枯れ枝に困ることはない。
「あまり考えたくないけど、もし救助が長引いてマッチの数が心許なくなってきたら埋火をしましょう」
ろ過し、蒸留した水を飲みながら瑠璃が言った。
しかも僕の返答を待つことなく続ける。
「どうせ知らないだろうから説明してあげる。燃えた枝の中で火が残っている枝があればそれを灰の中で密封してどこかに保存しておくの。酸素をゆっくりと消費するから、カイロのように長時間弱く燃焼するから、一日くらいなら消えずに維持できる」
「うん。まあ知らなかったからためになったよ……」
「着火を一からやるのは私たちには難易度が高いわ。棒を手で転がすもみぎり式は怪我をする恐れがある。弓式火起こしは道具さえできれば可能だと思うけど……凸レンズの代わりになりそうなものもここにはない。火種を保存する方が楽ってこと」
できれば今教えてもらったやり方が役に立つ日が来ないことを祈ろう。
水分を補給し、水筒に飲み水を詰める。
探索すると言っていたから、すぐに出発すると思っていたのだが瑠璃が待ったをかけた。
少し顔を洗ってくると言って下流の方へと向かう。
その間僕は火の後始末をしておいた。
万が一火事にでもなったら……火の勢い次第では逃げ場もなくなる。
それにこの湖も失うことになりかねない。
きちんと消火を確認しておく。
思ったより瑠璃が戻ってくるのが遅い。
一応遠くに姿が見える。
屈んで何かをやっているようだ。
戻ってくると、手に何か白い物を持っている。
「……終わったわ。それじゃあ一度拠点に戻って、それから島を見て回りましょう」
「ああ、うん」
何を持っているのか気になったが、瑠璃と共に拠点に戻った。
瑠璃は拠点近くの木に何かを結んでいる。
……あっ。
上下の下着だ。
僕と違って瑠璃は着ている服しか手元にない。
ずっと付けっぱなしというわけにもいかず、洗濯したようだ。
もしかして制服を着なかったのはそのせいか。
つまり、瑠璃は今ジャージの下に何も身に着けていない……?
「どうしたの? 早くいきましょう」
「う、うん」
聞くわけにもいかず、僕は何も見なかったふりをしてお菓子と十徳ナイフをポケットに入れて探索に向かう。
少し邪魔だが水筒は手に持つ。
リュックは雨が降った時に水を受け止められるよう、口を開けて固定しておいた。
何か見つかるといいな。
心臓が普段よりドキドキしていた。




