第4話 命の水
ぐつぐつと鍋の中で水が沸騰しお湯になる。
鍋には木の枝を通す穴が開けられており、瑠璃はそこに枝を通して即席の鍋を地面に置く。
それから燃えている場所に土をかぶせて埋めてしまった。
「冷めたら先に飲んでいいわよ」
ようやく水が飲める!
鍋の縁を持ち、冷ましながらゆっくりと傾けて中身を飲む。
まだ熱い水が口の中に流れ込んでくる。
「熱っ」
「冷めたらって言ったのに。本能には抗えないか」
熱された水が喉を通る感覚がクリアに伝わる。
熱かろうと水は水だ。
三口ほど飲み、鍋から口を離した。
……よかった、飲み干さずにすんだ。
危うく全部飲みそうになったが、ここにいるのは俺だけじゃない。
「瑠璃も飲んだら」
「ようやく頭が動き始めたみたいね。さっきまでは動物同然だったから会話も出来なくて困ったわ」
「悪かったよ」
「気にしてない。飢えや渇きは思考能力を奪うもの」
鍋を受け取った瑠璃は勢いよく残ったぬるま湯を飲み干す。
間接キスとはいかなくても俺が口を付けた鍋なんだけど、そういうのは気にしないみたいだ。
「はぁ……。雑味が残ってるけど、最低限の処理はできてると思いたいわ。炭をろ過装置に組み込めばちゃんと飲料水になりそうね」
「これで飲み水は確保できるんだよね? よかった……」
水筒の中身も空だったので、まさに九死に一生を得た。
こんなどこかも分からない島で水も飲めずに死ぬなんて冗談じゃない。
「炭ができるまでまだ時間がかかるわ。今のうちに下流側で服を洗いましょう。私の服も出して」
「今出すよ」
喉の渇きが嘘のように消えた。
もっと飲みたい欲求はあるが、生死にかかわるレベルではないのだろう。
リュックから彼女の制服を取り出す。
海水が沁み込んでいるせいでゴワゴワするのだが、女の子の制服を触るのは初めてなのでなんだかドキドキした。
「何してるの? ほら行きましょう」
瑠璃に制服を渡し、下流の方へ移動する。
湖の中に魚がいないかなと思ったが、見当たらなかった。
昨日から何も食べていない。
渇きが癒えたら今度は空腹か……。
これは我慢できるだけマシだ。
「この湖は飲料用に確保したいから汚さないように大切に使うわよ。水源の汚染は寿命を削るくらい危険だと覚えておいて」
「そうだね」
海へと繋がっている小さな溝に流れる水を使って二人で服を洗う。
僕は着替えがないので脱いで洗うしかない。
シャツとトランクスで恥ずかしかったが、瑠璃は気にする素振りもなかった。
ジャージはいつになったら返してくれるのだろう。
もしかしたら帰ってこないかもしれない。
「体も洗いたいな。海水のせいかヒリヒリする」
「それは同感だわ。あんまり長いことこうしていたら肌も傷むし、結晶化した塩のせいで擦り傷や炎症の元よ。水筒を桶代わりにして軽く浴びようかしら。粘膜に入らなければ危険はないわ」
「賛成! 下着もできれば洗いたかったし」
「というわけで一旦離れてくれる? こういうのはレディーファーストよ。あ、声が聞こえない所まで離れないでね。何が起きるか分からないから」
「あ、はい」
当然といえば当然の要求だった。
口に出さないだけで彼女も相当不快だったのだろう。
順番を譲るくらいは問題ない。
後の方がゆっくり浴びれるだろうし。
水筒を渡して服をその場に置き、とことこと元の場所に移動した。
土をかぶせた場所は中がまだ燃えているらしく凄まじい熱気を放っている。
もう少し水を飲みたいし、待っている間に水をまた沸騰させよう。
瑠璃の方を見ないように背を向けていると、水のパシャリという音が聞こえてくる。
思わず瑠璃の裸体を想像してしまった。
つんけんしているものの顔は美人だし、プロポーションも素晴らしい。
あれでもっと優しければモテるだろうなぁ。
ペットボトルの即席ろ過装置に湖の水を注ぎ、即席の鍋で受ける。
それを炭を焼いている場所の上に乗せれば後は待つだけだ。
入れた水もそれほど多くはないのですぐに沸騰する。
瑠璃がやったのと同じように、穴に引っ掛けて鍋を移動させた。
今度は独り占めだ。
よーく冷まして、煮沸した水を飲む。
たしかにちょっと変な味がする。
「あんまり飲まないようにって言ったのに。もう忘れたの?」
後ろで瑠璃の呆れた声がした。
もう終わったのか。
「随分早かったね」
「シャンプーもボディソープもないからすぐ済んだわ。早く救助が来ないと髪が痛むわね……」
「それは大変だ」
瑠璃は奇麗な黒い長髪で、ヘアバンドをして整えてある。
男の僕から見てもよく手入れされていた。
今は水が滴り落ちており、それがほのかな色気を感じさせる。
「今のうちに一輝も行ってきなさい。気持ちよかったわよ」
「ようやくこの海水塗れの状態からおさらばだ」
「石で足の裏を切ったらダメよ。いいわね!?」
「分かったって……」
瑠璃と入れ替わるように、湖の下流に移動する。
水の流れはそれほど早くはないが、水量はそこまで少なくない。
瑠璃が背中を向けているとはいえ、他人がいるところで裸になるのは恥ずかしい……。
瑠璃は僕がいて恥ずかしくなかったのだろうか?
水はひんやりと冷たく、汗や皮膚に残った塩分が洗い流されて気持ちがいい。
ただ体温がどんどん奪われていく。
暖かい気候のおかげで問題はないが、水浴びを長く続けるのは厳しそうだ。
瑠璃もそう思ったのだろう。
汚れを落とし、髪と顔を洗ったら服も奇麗に洗う。
ようやくこのゴワゴワから解放される……。
家なら飲み物もお風呂も簡単に手に入るのに。
これがサバイバルか。
面倒だが、達成感や充実感があるのも事実だ。
なるべく服をよく絞り、土がつかないようにリュックの上に置いた。
瑠璃と違って僕には下着の替えがある。
そのうちの一枚をタオル代わりに水気を拭き取り、替えに着替えた。
……一日だけなのに結構汚れるもんだな。
戻ると瑠璃は制服を木の枝に吊るして乾かしていた。
それを見習って真似する。
服が乾いた頃、瑠璃が土を掘り返す。
「これが炭よ。即席にしてはよく出来たと思う」
掘り返した穴の中には真っ黒な炭が出来上がっていた。
形は不格好で細いが、確かに炭だ。
「これで飲料水は確保できたわね。三日の壁は越えたわ」
それをペットボトルに詰め、使わない残りは置いていくことにした。
……次は何か食べる物を探したい。




