第3話 待てない
水場を探すために小鳥を頼りにする、か。
やみくもに探すよりは、何かしらヒントがあった方がいいのは間違いない。
というか瑠璃は場当たり的なことは絶対にしないだろうな。
なんとしても最短でできる方法を考えて、理屈をつけてそれから動くタイプだ。
それができる知識と頭脳がある。
出会ってまだ半日程度だが、それでもある程度理解できてきた。
今のこの状態では頼りになるのは間違いない。
それにしても喉が渇いた。
寝ている間に乾燥したのかもしれない。
ゆっくりとつばを飲み込むだけでも潤うのを感じる。
……水を三日間飲めないと人は死んでしまうという。
なんとしても今日中に水場を見つけなければ。
「余計な荷物はここに置いていきなさい。なるべく身軽にして」
「分かったよ」
「あ、そのペットボトルとマッチは持っていきなさい」
何かで貰ったまま仕舞っておいたマッチと捨て損ねたペットボトルを置いて行こうとしたら止められた。
他にたいしたものは入っていない。
使い物にならないスマホやバッテリーを置いて、リュックを背負いなおす。
着替えは水場を見つけたら洗いたいので持っていく。
「小鳥が動くわ。見失わないように行くわよ」
瑠璃と共に立ち上がり、移動する小鳥を追いかける。
遭難して二日目だが、凄まじい疲労が鉛のように身体にへばりついていた。
十分寝たはずなのに回復した気がしない。
小鳥を追いかけて森へと侵入する。
「ほら、先に進んで。小鳥は私が見ておくから。それと足元に気を付けて。誰も通ってないならツタや草が生い茂ってて引っかかるわ。強引に進むんじゃなくて、ナイフを使って安全に進むように」
まくしたてるように瑠璃が話す。
会話というよりは指示だ。
やや思うところがあるものの、小鳥を見失うわけにはいかない。
いつもより緩慢な動作しかできず、それに苛立ちながら進む。
ツタが引っかかったら力押しで破り、どうしても無理になったらナイフで除去した。
「もっと早く。見失うわよ」
「やってるよ!」
気軽に言ってくれる。
森の湿度のせいか汗が止まらない。
喉の渇きと併せて焦燥感が強くなっていった。
「あ、川」
「どこ!?」
瑠璃の声に反応する。
足元を見てみると……手の平にも満たない溝があった。
土が湿っているのでわずかな水が流れているようだ。
これでは水量が少なすぎる。
「ダメね。元を辿って水源に行ってもこれじゃあほとんど枯れてるわ」
「そんな……」
「まだ小鳥は移動しているわ。他にも水源があるのかもしれない」
「もうクタクタだよ」
「弱音を吐かないで。命にかかわることなのよ」
正論を言われると反論できない。
そんな言い方をしなくてもと思った。
瑠璃はおそらく学校でも浮いている。
その様子がありありと思い浮かんだ。
「なによ、文句があるなら言いなさい」
「悪いけど言い争う体力はないんだ」
汗がしたたり落ちる。
貴重な水分が失われていくのが肌で感じた。
死という言葉がチラつく。
死にたくない。
その思いで体を突き動かす。
もう瑠璃の言葉も耳に入らず、必死に小鳥を追いかけた。
「ち、ちょっと。待ちなさいよ!」
喉が渇く。
水が欲しい。
すると小鳥が空を飛ぶのを止め、どこかに降りるのが見えた。
それまで続いていた森が途切れて、爽やかな風が汗で濡れた身体を冷ましてくれる。
学校のプールくらいの大きさはあるだろう湖がそこにはあった。
まるで山のような金銀財宝を見つけた気分だ。
そのまま湖に手を突っ込もうとしたら、瑠璃にシャツの襟首を掴まれて引っ張られた。
お預けを食らった僕は瑠璃を睨む。
しかし、切羽詰まった僕の眼力でも彼女には勝てなかったようだ。
視線だけで人を殺しかねないほどの圧力を感じて怒りも忘れて後ずさった。
力関係がもし可視化されていたとしたら、僕は間違いなく弱い側だろう。
「水が飲みたいのは分かるけど、生水をいきなり飲むなんて馬鹿な真似はやめなさい」
「でもこんなに透明だし、奇麗なんじゃ」
「透明でも安全なわけじゃない。循環してなければバクテリアが繁殖している可能性は高いし、そうでなくても生水はお腹を壊すわ」
目の前に水があるのに生殺し状態だ。
いくらなんでもひどい。
「じゃあどうすればいいんだよ。喉が渇いて仕方ないんだ」
「落ち着きなさい。私だってカラカラなんだから。まずここに水が出入りしているのか確かめるの」
瑠璃に言われて確認する。
島の中心にある山の方から水が流れてきているようだ。
ここの湖に入りきらない部分は海に向かって流れている。
「ちゃんと循環してるわね……。ペットボトルと十徳ナイフを一緒に出して」
500mlの飲料が入っていた空のペットボトルを取り出す。
それと十徳ナイフを瑠璃に渡すと、早速作業を始めた。
「そんなに恨めしそうな目で見ないで。今から即席のろ過装置を用意するわ。それを沸騰させれば少しなら飲んでも平気。本当はしっかりとしたろ過装置を通した後で蒸留した水がいいんだけど、それには丸一日かかる。私もあんたもそこまでもたない」
十徳ナイフでペットボトルの底近くを切ってしまう。
瑠璃は制服のポケットから、何かを包んだ私のハンカチを取り出した。
ずっしりと重そうだ。
「それ、何が入って……」
「砂浜の砂よ。あんたがボケっと寝ている間に回収しておいたの。こうするためにね」
そんな先のことまで考えていたのか。僕は自分の思慮の浅さにまたしても打ちのめされる。
彼女はペットボトルをひっくり返しハンカチを内側に敷いてから、その上に砂をサラサラと流し込んで即席のフィルターを作り上げた。
「十徳ナイフを返すから穴を掘って。拳二つ分が入るくらい深く」
「そのペットボトルでろ過するんじゃないのか?」
「炭のないろ過装置なんて何の意味もないわ」
炭……?
そんなものどこにもない。
作業を中断し、立ち上がって周囲にある枯れ枝を集め始めたかと思うと、僕がなんとか作った穴にそれを敷き詰めた。
上部に枯れ葉などを押し込む。
「マッチで先端に火をつけて」
言われるとおりに火をつける。
中々火が付かなかったが、なんとか着火できた。
パチパチと音を立てながらゆっくりと燃えていく。
「まるで理科の実験みたいだ」
「あのね、一輝。理科の授業みたいじゃなくて、世の中の便利で役に立つことを理科の授業としてカリキュラムに組み込んで教えてるのよ。いざという時に自分で考えて生き残れるように」
そこまで考えて授業を聞いている学生はいないと思う。
「そりゃあ今どき化学反応やろ過装置なんて役に立つことは少ないけど……。こういう基本的なことを知っていれば怪しい詐欺にだって引っかからないわよ。ああいうのは無知に付け込むからね」
「はぁ」
大事なことを言っているのかもしれないが、喉の渇きが限界だ。
ろくに頭に入ってこない。
「情けない顔して……。もう待てないみたいね」
その辺の砂利を砂の上に入れて、木の皮を十徳ナイフで剥がし始めた。
「固いわね、もう!」
剥がした木の皮を四角い箱状にすると、ペットボトルに湖の水を注ぎこむ。
砂利と砂を経由し、ハンカチを通過した水が箱に入っていく。
それを燃えている木の上に置いた。
「これで沸騰したら冷まして飲んでいいわよ。少しでも水分をとれば楽になるから。今のままじゃ話もできない」
どうやら即席の鍋のようだ。
木の皮は薄いのに燃えず、中の水からゆっくりと気泡が上がり始めた。




