第2話 一夜明けて
海の近くにいた時はその景観の美しさもあって結構過ごしやすい感じがしたのだが、内陸に進むほど厳しい現実が見えて陰鬱な感じがしてくる。
森側はまだ太陽が昇っているにもかかわらず少し先は見通せないほど暗く、岩側は荒地という感じで歩きにくい。
時折鳥がはばたく音がなんとも不気味だ。
一匹や二匹ならいいが、数十匹が一度にとなると襲われないか不安になる。
「あんなに鳥がいるってことは、この島はやっぱり無人島の可能性が高いわね」
「どうして?」
後ろを振り向く。
瑠璃が少し息を切らせながらついてきていた。
「鳥の天敵がこの島には、はぁ、いないからよ。ちょっと止まって」
両手を膝頭にくっ付けて息を整えていた。
威勢はいいが体力はないらしい。
「人間がいる島なら鳥の天敵が持ち込まれていた可能性が高いわ。船から鼠が移ったり、飼い猫が野良化したりね。でも鳥を捕食するような肉食獣がいないのは幸いかしら」
「そうなんだ」
「あれだけいるならなんとかして捕まえたいわね。いい食料になるわ」
「可哀想じゃない?」
「弱肉強食よ。それに食べるのが私たち二人なら、鳥の繁殖力の方が強いから心配しなくていい」
そういう問題なのだろうか。
どうにも認識がズレている気がする。
ただ、こんな事態になって可哀想も何もないのは事実だ。
息が整ったのか、視線だけで進めと催促される。
「とりあえずまだ体力があるから風除けができそうな場所でいいわ。理想の場所を探して無駄に体力を使うよりはマシよ」
「じゃああそこはどうかな?」
ちょうど大きな岩に挟まれた窪みのような場所がある。
あれなら風は入ってこないだろう。
「寝るだけの仮拠点には上出来かしら。水源を見つけたら拠点をすぐに移動するわ」
「水場を早く見つけたいね……。服がゴワゴワして気持ち悪い」
「私だって制服を早く洗いたいわよ。泣き言を言わないで。とりあえず座って休みましょ」
窪みの中に入る。
うーん、住めば都とまではいかないようだ。
「せめてなにか敷かないと」
「さすがにハンカチじゃ小さすぎるわね……。大きな葉をむしり取って敷き詰めればマシかしら。でも素手じゃケガするし」
「あの、十徳ナイフならリュックに入ってるよ」
あれば便利だと思って持ってきていた。
瑠璃が目を見開く。
「はぁ!? 何でそれを最初に言わないのよ! それがあればかなり助かるわ。ほら、早く行ってその太そうな枝の葉を切り落としてきて。私より一輝の方が早くできるでしょ」
「う、うん……」
おもちゃみたいな安物のナイフだったが、大きな葉っぱをナイフで切り落とし手に入れる。
素手よりははるかに早く確保できたと思う。
「これを敷けばマシかな」
「地面と直接体を接しなければ体温は保持できるわ。後は体を丸めて。予備の服があれば毛布代わりにするといいわ」
「なるほど」
言われた通りにするとたしかに温かい。
「私とあんたの二人で協力して救助が来るまで生き残るわよ。いいわね?」
「うん、もちろん」
「手始めに持ち物を知りたい。そのリュックには何が入ってるの?」
「たいしたものは入ってないよ」
中身を取り出す。
といっても着替えの下着やお菓子類。
それから安物のカメラくらいしか入ってない。
「マッチがあるじゃない。……うん、湿気ってないわ」
「水原さんは……」
「瑠璃でいいわ。一輝って呼んでるし。私は見ての通りよ。時計も流されちゃったみたいで何も持ってない」
彼女の制服のポケットの中はハンカチと濡れたティッシュ。
それからパスポートだけだった。
僕よりも悲惨だ。
だというのにそれを感じさせない気丈さはたいしたものだと思う。
「物資を分けて貰う代わりに私は知識を提供するわね。サバイバルは専門じゃないけど役に立てると思う」
「そういえば結構物知りだね……」
「自慢じゃないけどかなり頭がいいと思う。今回だってオーストラリアの温暖化に関するシンポジウムに招待されて向かうところだったんだから」
「学者先生が集まるやつ?」
「……とりあえずその認識でいいわ」
呆れられた気がする。
同年代なのに僕と彼女でずいぶんと違う気がするなぁ。
「空が茜色になった。夕方から夜になるのはすぐよ。寝るのは難しくてもジッとして体力を温存しなさい。明日は朝から水を探すわ。動けなくなってからじゃ遅いから……。後間違っても襲ってこないでよね。舌を噛み千切ってやる」
「こんな状況でそんなことしないよ」
え、怖っ。
本当にやってきそうだ。
見たところ瑠璃はそれなりに発育はいい方だろう。
クラスメイトにいたら人気が出たと思う。
背中合わせにくっ付いて丸まって横になる。
とんでもないことになったなぁ……。
瑠璃の言う通り、外は太陽が沈み始めてからあっという間に真っ暗になってしまった。
もしまだ寝る場所を探していたら視界が悪くてこけていたかもしれない。
骨折したら治療することもできず、動けなくなっていた。
きっとこの少女は足手まといになったらすぐに僕を置いていく。
そんな気がした。
……心身ともにひどく疲れているせいか、こんな環境でも休息を求めて眠気がやってくる。
人間というのは現金なものだ。
スー、スー、と寝息が聞こえてきた。
瑠璃はもう寝てしまったのか。寝つきがいい。
この少女と二人で、救助が来るまでの間この島で生きていく……か。
とんだ大イベントになってしまった。
課外学習なんて中学生の時以来だ。もっと真剣にやっておけばよかったかもしれない。
瑠璃の寝息が最後の一押しになり、僕も眠りに就くことにした。
……夢の中で僕は目玉焼きの乗った大きなハンバーグの前に座っている。
大きく切り分け、今まさに齧りつこうとした瞬間に目の前に星が出た。
突然の痛みとショックで強引に意識が目覚めた。
飛び起きた僕の目の前には瑠璃が立っていた。
右手をさすっている。
どうやら起こすために右手で僕の頭を叩いたらしい。
「……やっと起きたみたいね」
ばつが悪いのか、瑠璃にしては声が小さかった。
空を見るとちょうど太陽が水平線から顔を出し、空が白み始めたところだ。
夜に比べれば視界も悪くない。
まさに作業を始めるベストなタイミングといえるだろう。
チュンチュンと鳥の鳴き声も聞こえた。
「これからのことだけど、まず川か湖を探すわよ。小さくても流れがあれば使える。いつまでも塩塗れの服じゃ使えないし、衛生面を維持しないと病気を誘発するわ。こんな所で風邪でも引いたら致命的だから」
「それはいいんだけど……どうやって探すの? あるかどうかも分からないのに」
「あるわ。確実に」
瑠璃はハッキリと言いきった。
「海鳥だけじゃなくて、この島に定住する小さな鳥をさっき見かけたわ。小鳥は真水を必要とする。森があって小鳥が集まってるなら絶対に一つは水場があるはず。もしここが火山岩が積み重なったり、サンゴ礁が隆起してできた島ならあんな大きな森は維持できない」
瑠璃が指差した方向には木があり、そこに小鳥たちがいた。




