第1話 知らない島
どうしてこんなことになったんだろう。
美しい白い砂浜に座り、さんさんと輝く太陽と海の水平線を眺めながら何度目か忘れた自答を繰り返す。
バイトをして買った一張羅のジャケットとズボンは海水に濡れてしまったので、脱いで岩の上に広げている。
できれば水で洗ってから干したいのだが、水源や川をまだ見つけていないのでそれは叶わない。
荷物を詰めたリュックはその隣に置いてあるが、ポケットに入れていたバッテリーやスマホは濡れてダメになっていた。
着替えと少しのお菓子が入っているだけだ。
石を海へと投げ込むと、ポチャンという音が響く。
小さなカニや海にいる魚が驚いて逃げ惑う姿が見えた。
それ以外の音は海鳥の鳴き声と、海のさざ波の音くらいか。
億劫な気持ちをこらえて周囲を見る。
見渡した限り、残念ながら僕以外誰もここにはいない。
「どうしてこんなことになったんだろう……」
声は空しく消えていく。
僕はただ懸賞で当選したクルージングを楽しみにしていただけだったのに。
深夜に起きた突然の嵐でパニックが発生し、脱出艇に乗ったことは覚えている。
その直後に大波にさらわれて、気が付けばこの島に流れ着いていた。
救命胴衣のおかげで溺れることは回避できたのだが、ここがどこかも分からない。
何をすればいいのか分からず、こうして途方に暮れながら海を眺めている。
(水を探せばいいのかな。あと食べ物も必要だし……)
この島には森があるので、探せば何かしらはあると思う。
しかしショックが大きすぎたのか、動けない。
せめて他に誰かいれば相談できたかもしれないのだが……。
そうしていると、何か物音が聞こえた気がした。
咄嗟に立ち上がる。
僕以外に誰かがいるかもしれない。
生乾きの服を着て、砂浜を移動する。
着心地が悪かったが仕方ない。
音のした方へと移動すると、大きな岩の影に人影があった。
軽く見回った時は岩のせいで見つけられなかったようだ。
回り込んでみると、見覚えのある同年代の少女が横たわっているのを見つけた。
救命胴衣を着ているので、僕と同じく流れ着いたのだろう。
たしか船に乗った後、参加者たちの交流を目的とした懇親会ですれ違ったはず。
声をかけたものの無視されたのだが、びっくりするほど可愛かったので顔を覚えていた。
小さく胸が上下しているので息はあるようだ。
いくら温かいとはいえ、下半身が海水に浸ったままではよくない。
何度か呼び掛けても反応がなかったので、両腕脇を掴んで砂浜の日陰に引っ張り上げる。
顔色はそこまで悪くなさそうだ。
これなら意識もすぐに取り戻せるだろう。
どこの学校かは分からないが、制服のスカートが足に張り付いていて少し扇情的だ。
濡れたままなのは問題があるだろうが、脱がせている間に起きたら誤解されて最悪なのでこのまま放置する。
風邪は引かないだろう。
少女の隣に座り、意識が戻るのを待つ。
探索するにしても、いなくなっている間に少女の意識が戻ってどこかに移動する可能性がある。
はっきり言って心細いので、できれば少女が起きてから行動したい。
少し太陽が傾いた辺りで、少女が身動ぎをする。
目が覚めたのだろう。
「ここ……どこ?」
ゆっくり体を起こし周囲を確認している。
それからようやく見覚えがない場所だと気付いたようだ。
「起きた?」
僕に気付いてないようなので声をかけると、少女は慌てて距離をとる。
……けっこう傷付く。
「ちょっと、あんた誰? ここってどこなの? 私は船の上にいたはず……あっ」
嵐のことを思い出したようだ。
「様子を見るために部屋の外に出たらパニックに巻き込まれて部屋に戻れなくなったんだった。……あの規模の船が嵐で沈むわけないのに、パニックを起こすなんて」
「でもひどい揺れだったよ」
「今どきの大型船は亀裂なんかで浸水しない限り平気よ。バラスト水やスタビライザーがあるんだから。――はぁ、最悪」
少女はため息をついて立ち上がると、躊躇なく上着のボタンを外し始めた。
突然のことに呆気にとられる。
「完全に漂流したってわけね。ロビンソン・クルーソーじゃあるまいし……。ねぇあんた、リュックの中に着替えくらい持ってないの?」
「あ、ジャージならあるけど……」
「なら貸して。今すぐ」
有無を言わせない迫力にただ頷くことしかできず、少女にジャージを貸した。
リュックは防水だったので濡れずにすんだ。
寝巻に使えるかと思っていたのだが仕方ない。
「あと後ろを向きなさいよ。それでも紳士なの?」
「あ、はい」
紳士になった覚えはないのだが、逆らうと怖そうなので言うことを聞く。
背中を向けると衣擦れの音が聞こえ始めた。
それから水を含んだ布が落ちる音がする。
「タオルはある?」
「ハンカチなら」
「まあいいか。ありがと」
着替え終わり、こっちを向いてもいいと許可が出た。
少女はジャージ姿になっている。
……美少女が自分のジャージを着ているのは変な気分だな。
「お礼は言っておくわ。それで、ええと」
「あ、僕は柏原一輝っていって」
「なら一輝って呼ぶわ。柏原って呼びにくいし」
「君は何ていうの?」
「私は水原瑠璃よ。とりあえずこの島にいる間だけ協力しましょう。あれだけ騒ぎになったのなら、行方不明者を救助するための救助隊がすぐに周辺を探索するはずだわ」
ショックで呆けていた僕とは違って、寝起きにもかかわらずハキハキと喋る。
よほど頭がいいのだろう。
「それで一輝は私より先に目が覚めたのよね? 何か調べたの?」
「実はあまり。現状を受け入れるのに時間がかかって」
「はぁ!? こんな状況でサバイバルになったら初動が生死を分けるのよ? それをただボケッとしてたわけ?」
強い口調で責め立てられる。
ぐうの音も出ない。
だが、何をすればいいのかも分からなかったのも事実だ。
言い訳にしか聞こえないので心の中で思うだけにした。
「太陽の位置からして、あと三時間くらいで夕方になっちゃう。夜なんてすぐよ……。何があるか分からないこんな島で夜になんて出歩けない」
考える時の癖なのか、瑠璃は右足のつま先を地面に軽く叩いている。
「最低でも寝る場所が欲しい。どのくらい流されたか分からないけど、流される前の座標から考えると今の時期はそれなりに夜は冷え込むはず」
「ここじゃダメなの?」
「ダメに決まってるじゃない。こんな視界が開けた場所なんて、肉食獣がいたら襲ってくださいって言ってるようなものよ。それに砂は余計に冷えるわ。できれば洞窟で焚き火を炊くくらいはしたいんだけど……贅沢は言えないか。とにかく寝る場所を確保するから」
瑠璃が黙る。
……もしかして話はこれで終わり?
「何ジッとしてるの? 男なんだから前に立って。ほら足を動かす」
「わ、わかったよ……」
急かされて荷物をまとめて歩き始める。
理不尽だが僕だけならボケッと突っ立っていたので、ある意味助かると思うことにした。
「いくつか岩が隆起してるみたいだから、とりあえずそこに向かって」
砂浜から移動し、言われた通り森を避けて岩のある方へと向かう。
「愚図だけど素直だからまだマシかしら……」
……聞こえないふりをした。




