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生と死の狭間にある島  作者: HATI


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第29話 見舞金

 ラリーは受け取ってからすぐさま日記のページをめくる。

 誰もが黙り、病室では紙が擦れ合う音と時計の針の音だけが響きわたっていた。


 日記を読む彼は真剣……というよりは無表情で、わずか数秒で次のページへと移っている。

 クルーズ客船の運航会社である社長はその動作を見守っていた。

 ラリーとは違い、少し焦りがあるように見える。


 とあるページでラリーの表情が変わった。

 それまでほぼ読み飛ばすような速度だったのに、じっくりと確認している。

 まるで単語一つ見逃しがないようにだ。


 おそらく、スーザンがあの日の夜について書き記したページだと思う。

 船内で大きな音と衝撃、それから光を見たとはっきり記されていた。

 それから残りのページをめくる。

 後は無人島について、水や食料が手に入らないと嘆いていたくらいでほとんど情報がなかったはず。


(……そうだ! あの日記に無人島に着いたと書いてあった。僕たちがそこにいたということは証明できなくても、存在自体の証拠にはやっぱりなり得る。ああでも、手元には置いておけないのか)


 個人的な好奇心もあり、せめてあの無人島があったことは明らかにしたいところだ。


 ラリーがスーザンの日記をとじる。

 パタンと音がして、それから目頭の辺りを押さえて彼は小さく息を吐いた。

 社長が英語で彼に何か話しかけているが、ラリーはそちらではなく僕たちの方を向いたまま口を開く。


「この日記を預かっても構わないかな?」

「はい、もちろん。ことが終わったら遺族に渡してくれることを約束してくれるなら」

「神に誓って必ず約束しよう」


 彼は瑠璃の返答に力強く頷いていた。

 首に十字架のネックレスをかけている。

 もしかしたらキリスト教徒なのかもしれない。


「この日記には嵐の夜について今までになかった新しい事実が書かれていた。この日記の持ち主が当時どの部屋にいたのか分かれば捜査に進展があるかもしれない。ありがとう、礼を言うよ」

「調査に協力するのは事故から生還した私たちの責務です。原因が究明され二度とこんなことが起こらないように祈ってます」

「そうするのが私の仕事だ。では失礼する」

「あ、待ってください。もし何か分かったら私にも教えてくださいね」

「……知る権利はもちろんあるとも」


 日記を抱えたままラリーは病室から立ち去っていった。

 社長は今すぐにでも追いかけたそうにしていたが、僕たちへの用事がまだ終わっていないのでお預けを食らっているようだ。


 秘書が改めて契約書を台の上に乗せる。


「先ほどラリー担当官に話したことを含め、事故に関することを一切外部に話さないでください。もし必要であれば必ず我々を通すようにお願いします」

「もしそうしなかったら私や彼の入院費は肩代わりしてもらえないのかしら?」

「まさか。そのようなことはございません。事故の当事者として責任ある行動をお約束します。ですが、協力的な態度で接して頂けるなら我々も相応の誠意でお応えできるという話です」

「ふぅん」


 瑠璃は契約書を上から眺める。

 右手を右耳の手前に持っていき、髪を耳の後ろへと手櫛で寄せた。


「神原先生は契約書に詳しい?」

「残念ながら世間一般程度の知識しかないね」

「そう。こういうのは弁護士立ち合いが望ましいのだけど……その時間はなさそうね。一輝は構わない?」

「う、うん。正直よく分からないし。あ、事故の後のことも喋っちゃいけないのかな? その、救助されるまでの間とか」

「それについては」

「この契約書はあくまで船の中のことが対象だから問題ないわよ。そうですよね?」

「……ええ、もちろんです。なんでしたら契約外の範囲でなら経験を本を書いても構いませんよ」


 秘書が途中まで言いかけたところで、瑠璃が割り込んだ。


「一輝、ここに英語で名前を書いて。ローマ字でいいわ」


 瑠璃が大丈夫だから、と耳打ちしてきたので従うことにした。

 言われた通り記入する。

 たしか名前が先で名字が後になるんだっけ。

 瑠璃も同様に署名した。


「たしかに。ではお預かりします。これが控えですので」


 秘書はバインダーから一枚ずつ紙を取り出し、僕たちに手渡す。

 機械的といえばいいのか、そこには感情を感じない。


「書類に書いてある銀行にお二人の口座を用意し、そこに見舞金を振り込みます。もし日本に戻る際は送金するか引き出して換金を」


 いくつか注意点などを言うと、彼らも立ち去っていった。

 社長は完全にスーザンの日記に意識が向いているのか、足早に部屋を出ていく。


「あの日記に都合が悪いことが書かれていないか気が気でないんでしょうね。場合によっては保険が降りないかもしれないから」

「そうなの?」

「もしくは株価かもね。まあその辺りはあのラリーって人に任せましょう」


 瑠璃はどうでもいいようだった。

 クルーズ船の事故に関しては僕たちではもうどうしようもない。

 どうしようもないことで悩むのは彼女にとって時間の無駄なのだ。


「同席したものの、必要なかったみたいだ。瑠璃ちゃんは大人顔負けの冷静さだね」

「いいえ、こっち側にちゃんとした大人の人がいて心強かったです」

「お世辞でも嬉しいよ。ただ疲れただろう。今日はもう休むといい」


 神原先生も部屋から立ち去っていく。

 長居はしない様にと僕に釘を刺して。


「見てよ、一輝。あの会社の人たち、よほど後ろめたいことがあるみたいね」


 契約書を手に取り、瑠璃がクスリと笑う。


「見舞金だけで日本円で一人150万円。慰謝料や損害補償金として一人3000万円を払うそうですって。治療費とは別に」

「そんなに!?」


 僕は驚いた。

 150万でも大金なのに、3000万なんて想像もできない。


「私たちが注目の的だからかもしれないけど、死んでいた可能性もあったからそう考えるとあまり嬉しくないわね」


 あわあわしていて返事ができないでいると、不思議そうに瑠璃がこっちを見た。

 それから額をデコピンする。

 その痛みでようやくちょっと落ち着いた。


「気にせず受け取っておけばいいのよ。私たちは被害者なんだから」

「そ、そっか」


 長居をして瑠璃の体に障るといけない。

 僕もなんだかんだで疲れた。

 一眠りするために自分の病室へと戻ることにしよう。




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