第27話 生き残った者のすべきこと
「もしかして悪いことを聞いちゃったかしら」
「実は親戚の家でお世話になってるんだ。高校を卒業したら出ていくことになってる。もしかしたら今回の事故で死んだと思われてるんじゃないかな」
なるべく深刻にはならないように言ったつもりだが、それでも瑠璃の表情は戻らなかった。
「ごめんなさい。やっぱり余計なことを言ったわね」
「いや、瑠璃は当たり前のことを聞いてきただけ。気にしないでよ」
「分かった。そうする」
思い切りがいいのが瑠璃のいいところだ。
「とにかく今一番大切なのは早く回復することかしら。一輝はもうかなり体力が戻ってるみたいだけど」
「神原先生も驚いてたよ。激しい運動はまだ無理だけど、それ以外は問題ないって」
「羨ましいわ。私はまだベッドから出られそうにないの。リハビリも大変そうだし、付き合ってくれる?」
「もちろんいいよ。どうせ休みの間に日本に戻れそうにないし」
「大きな事件の当事者だものね。治療中なのもあって帰国許可が出るのは数ヵ月かかるかな」
滞在中にかかるお金は全てクルーズ船の会社が支払ってくれることになっている。
治療費も、退院後の滞在費も含めてだ。僕たちの帰国許可はまだ出ていない。
太っ腹だねと言ったら、瑠璃はフッと笑う。
「今はインターネットで誰でも一瞬で世界中に言葉を届けられる時代よ。そして大きな企業ほど炎上リスクを恐れる。ただでさえこんな大事件を起こしているのだから、私たち生存者にはできるだけ静かにしてもらって穏便に済ませたいのよ。それに、大型クルーズ船には保険がかけられているわ。評判とか信頼みたいな部分はともかく、金銭的にはそれほどダメージはないと思う」
「そういうものかぁ」
「私たちが面会できるようになったら、正式に謝罪と口止め料を兼ねた慰謝料を払うって言ってくるでしょうね。引き換えに秘密保持契約を結ぶのではないかしら。事件は何事もなければ数年ほどで風化していく」
「瑠璃はそれでいいの?」
なんというか、大人の話という感じがした。
クルーズ船の会社は僕たちが何も言わないことを望んでいて、引き続きビジネスがしたいのは僕にも分かる。
「原因の究明と再発防止さえすれば私は気にしない。もちろん当事者として詳細を記したレポートを見せてもらうつもり。研究に役立つ何かがあるかもしれないし」
「そっか。僕は生きて帰れただけで奇跡だと思ってるからあんまり考えたことなかったな」
「死を覚悟した、というより死ぬと確信した。一輝とならそれでもいいと思ったの」
ふと最後の瞬間にしたキスを思い出して心臓の辺りが熱くなる。
瑠璃は平然としていて、あまりあの行為については意識はしていないようだ。
そして流し目でこっちを見る。
その横顔のあまりの美しさに、僕は目を奪われた。
「臨死体験をすると価値観が変わるって聞いたけど、本当ね。私は以前は誰ともコミュニケーションをとるつもりがなかったの。論文や本を読めば、書いた人と会話できるからそれで事足りるって。でも今は一輝と話すことが大事だと感じる」
「光栄だな。僕はずっとそうだよ。あの無人島にいた時から」
瑠璃に疲労が見えたのでそこで切り上げて自分の部屋に戻ることにした。
ベッドに横になった瑠璃はすぐに寝息を立てる。
今は喋るだけで体力を使い果たしてしまうのだろう。
リハビリの手伝いを頑張ろうと決心した。
それから三日ほど経過する。
僕の経過は順調だ。
近いうちに退院もできるだろうと神原先生が話してくれた。
ただし、帰国に関しては日本とオーストラリアの政府同士で調整があるらしくまだ先になるらしい。
「調査を担当している調査機関の人とクルーズ船のお偉いさんが君たちと面談を希望している。十分な回復を待つように僕の方で止めていたんだけど、そろそろ大丈夫かと思ってね。どうかな?」
「僕の方は大丈夫ですけど……」
「瑠璃ちゃんの方も、意識はハッキリしてる。決まりだね」
「僕たち以外の人はどうなってますか?」
「元気な人に関してはもう終わってて、帰国した人もいるよ。ただ、まだ意識が戻らない人もいてね」
溺れた状態で救助された人も多かったようだ。
僕たちはひどく衰弱していたものの、それ以外に関しては外傷もなくすんでいた。
その分回復も早かったようだ。
船から吹き飛ばされて、暗い海の中でもがいていた人たちのことを考えると胸が苦しくなる。
「あの、僕と瑠璃の二人一緒ではダメですか?」
「向こうも手間が省けるから問題はないと思うけど」
「瑠璃がOKならそうしてください。もしかしたら瑠璃の負担が減るかもしれないですから」
「君は彼女のことが好きなんだねぇ」
ふふふ、と神原先生が笑う。
僕はその通りだったので否定しなかった。
まだベッドから降りれない彼女の助けになりたい。
あっという間にスケジュールが組まれ、どちらも明日には来ることになった。
というよりも、彼らも同席するらしい。
調査機関の人はクルーズ船の会社のお偉いさんが口止めをしないか、見張るつもりなのだろうか?
「医師として私も同席するよ。君はともかく、瑠璃ちゃんの方は体力的に心配だからね。いざとなったら中断するつもりだから安心して」
「それは助かります」
……僕がいてもいなくても大丈夫だったかもしれない。




