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生と死の狭間にある島  作者: HATI


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第26話 経過は順調

 箸をかぼちゃに突き刺し、口に運ぶ。

 わずかに噛むだけで実がホロホロと溶けるように崩れていった。


「どうだい、久しぶりの固形物は」

「甘くて美味しいです。オーストラリアにもかぼちゃってあるんですね」

「ああ。日本にはない種類もあるから、きっと君が見たらビックリするよ」


 神原先生が食事の時に様子を見に来た。

 どうやら僕が固形物を問題なく食べられるか気になったのだろう。

 医者がそこまで患者のことを気にすることは珍しいと思うが、なんせ僕は世間を賑わせているクルーズ船沈没事件の生き残りだ。

 神原先生としてもできる限り自分の目で確認したいのかもしれない。


「厨房に言って日本風の味付けにしてもらったけど、全部食べきれそうだ」

「薄味ですけどね……」


 残念なのは病人食らしく味付けがとても薄いことだ。

 ほんのり醤油や砂糖を感じるのみで、後はかぼちゃの自然な甘さだけ。


「はは、我慢してくれ。なに、退院したらいくらでも濃い味の食事ができる」

「それは楽しみです」


 神原先生は本当によくしてくれる。

 取材記者のことを話したら、警備も強化してくれることになった。

 僕よりも瑠璃のことが心配だ。

 先生が言うには、この病院のどこかにいることは分かっても部屋までは分からないらしい。

 しらみつぶしに探そうにも、もう病院の中まで入ってくるのも難しいので安心していいと言われた。


「なんせ、今回の事件はオーストラリア政府の関心が強い。それに乗客にはアメリカ人もいた。政府は無闇に引っ掻き回されたくないんだよ」


 ……スーザンの遺体を見つけたことを思い出す。

 行方不明者リストの中に彼女の名前があったのは確認している。

 残念ながら島でのことはまともに取り合ってもらえないので、漂流中に彼女のことを知ったという扱いになっていた。


 手帳は瑠璃が持ったままだ。

 あれだけがあの無人島の存在を証明する証拠になっている。

 僕たちにそれを証明する手段は今のところないのだが……。


 食事が終わると瑠璃の部屋へと移動した。

 もう点滴も外してスタンドがなくても歩ける所まで回復している。

 毎日のように瑠璃の所に移動していたのがいいリハビリになったらしい。


 瑠璃の方はまだベッドの上で寝たきりではあるものの、顔色もよくなってきており回復しているのが僕でも分かる。


「私の方にはその記者は来てないわ」

「よかった。結構しつこそうな人だったから、もしここまで来ていたら瑠璃の具合が悪くなっていたかも」

「私はそこまでやわじゃないわよ。取材やインタビューの経験もあるし」


 瑠璃はそう言ったものの、やはり会わせるべきではないと思った。

 机の引き出しを開けて、瑠璃がノートを取り出す。

 そこには無人島での出来事が全て書き留めてある。

 ここ数日瑠璃と僕で話し合い、時系列順にまとめたものだ。


「これを本にしたら売れるかもしれないわね。そうなったら印税は二人で分けましょう」

「ふふ。あ、ロビンソン・クルーソー、僕もあれから読んだよ。とても面白かったけど、現実の漂流じゃあんまり役に立たないね。山羊も植物の種もあそこにはなかった」

「私も驚いたわ。島自体は広かったのに、小鳥や海を渡ってくる海鳥以外の動物がいないんだもの。植生を考えれば納得だけど」

「結局あの虎はなんだったんだろう」

「私が食べられそうになったっていう一輝の夢の話? 私は覚えがないのよね。そこだけがあの島での私と一輝の違いかしら。もしその虎に私が食べられていたとしたら」

「瑠璃は死んでいた。間違いなく」


 どうしてかを説明することはできないが、僕はなぜかそれだけは確信していた。

 あの時瑠璃を守らなければ虎は瑠璃を食い殺し、食べるためにその身体を持っていっただろう。

 そうしたら、現実でも瑠璃は助からなかった。


「一輝がそういうのならそうかもしれないわね。私は科学を信じているけど、科学だけでは説明できない現象もたしかに存在するもの……」


 珍しく瑠璃の歯切れが悪い。

 僕の言った何の根拠もない話をあり得ないと断定しきれない自分に戸惑っているようにも見える。


「その辺のことは考えても仕方ないわ。私たちは助かった。それ以上のことは何も分からない。でもそれじゃあ私の気が済まないから、少し調べたの」


 瑠璃は分厚い紙を取り出した。

 かなり大きい。

 パッと見地図のようだが、僕の知っているものとは違う。


「これはオーストラリアの周辺を記した海図よ。実は私、あの島から見える星の位置を記憶しているの。昏睡状態になってからしばらく思い出せなかったけど、今はハッキリと思い出せる。ねぇ、知ってる? 星の位置が分かればおおよその位置が分かるのよ。いわゆる星詠みってやつね」


 僕も無人島で夜空を見上げたが、まさか星の位置を覚えているなんて信じられない。

 僕は奇麗だったとしか思い出せないぞ……。


「正確な位置は割り出せなかったけど、ある程度までは絞り込めたの。それで、絞り込んだ場所に何か伝説とか伝わっている話とかないか看護師や医者に聞いてみたわ。ほとんどの人は知らないと答えたけど、中年の女性看護師が面白い話をしてくれた」

「なんて?」


 思わず身を乗り出す。

 まさかあの島のことが何か分かったんだろうか?


 瑠璃が絞り込んだという海域に赤いペンで印をつける。


「ここにはやっぱり何もないみたい。でも不思議なことに、昔から何度かこの海域で船の行方不明や事故が起きてるんだって。詳しい調査をしても何も分からないから、迷信深い漁師なんかは近くを通らないらしいわ」

「それってやっぱりあの島のせいなのかな?」

「それは分からないわ。でも無関係とも思えない」


 あの白い虎のいた場所には無数の骨があった。

 犠牲者は少なくないだろう。

 ……瑠璃は凄いな。英語できっと聞き取り調査なんかをしたんだろう。


「残念ながら今の私たちにわかるのはこれくらいね。スーザンの日記も遺族に渡すことになったし」

「あ、そうか。そうだよね」


 スーザンの日記は本来なら遺族に渡るべきだ。

 僕たちが興味本位で持ち続けるわけにはいかない。


「内容は暗記してノートPCに打ち込んでおいたわ。あまり役には立たないかもしれないけど、貴重なデータだもの」

「瑠璃もあの島のことが気になってるんだね」

「私、スッキリするまで調べないと気持ち悪くて仕方ないから。一輝もそれまで付き合ってくれるわよね? それとも両親が迎えに来てしまうかしら」

「ああ、それなら心配しなくていいよ。僕を迎えに来る人はいないから」


 瑠璃は驚いた顔で僕を見る。

 もしかしたらそんな表情を見るのは初めてかもしれない。




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