第25話 見世物じゃない
それから先は、僕たちが無人島で経験してきたことを時系列に沿ってノートに記していった。
砂浜での二人の出会い。
仮の寝床を見つけ、夜を明かしたこと。
次の日には小鳥の案内に従って湖を発見し、乾いた喉を潤した。
その際に瑠璃の知識で即席の浄水器を作成し、煮沸消毒してその間に洗濯したことまで覚えている。
僕と瑠璃の記憶は整合性が取れている。
あの生き残るために頑張った日々は幻なんかじゃないことをやはり確信した。
「もし無人島での日々が集団幻覚だとしたら、論文が一本書けそうなくらい私たちの記憶が改ざんされているわね。薬物投与でもこうはならないと思う」
「こ、怖いことを言わないでよ」
ふぅ、と瑠璃は息を吐いた。
話している時間はそこまで長くはなかったが、今の瑠璃にはそれでも負担が大きいようだ。
「今日はここまでにしましょう。少し……疲れたみたい。なんだか眠いわ」
「体力が戻るにはまだ時間がかかるらしいね。無理は禁物だし、僕も自分の部屋に戻るよ」
「ええ。焦らなくても時間はいくらでもあるわ」
そうだね、と返事した。
無人島にいた時は時間が進むほど命がすり減っていったが、ここは病院だ。
適切な治療を受けているし、そのうち僕も瑠璃も完全に回復するだろう。
今やっているこれも、心を落ち着かせるというか振り返っているだけの行為にすぎない。
意味はあるが、だからといって急ぐことはないのだ。
瑠璃はもしかしたら論文にするとか考えているかもしれないけど。
瑠璃の病室から出て、ゆっくり歩きながら自分の部屋を目指した。
……今度はちゃんとエレベーターを使って階を移動したのだが、自分の部屋がどの辺りだったのか分からないことに気付く。
(広すぎるよこの病院)
案内図を見るとこの病院のあり得ない広さがよく分かる。
病室だけでも一体どれだけあるのかという数だし、それ以外にも様々な用途らしき部屋や棟が存在していた。
書かれている言葉は英語なので詳しいことは分からないが、それでも広いことだけは伝わってくる。
自分の部屋に割り当てられた番号を思い出し、案内図と照らし合わせていると声をかけられた。
「やぁ」
「えっと」
声をかけてきたのは眼鏡をかけた大人の男性だった。
それも茶髪の白人で、服がややよれている。
そんな相手から日本語が飛び出してきたので、少し反応に困ってしまった。
「君、ニホンジンだよね」
「そうですけど」
「やっぱり」
日本人のイントネーションがややズレている。
男性は胸ポケットから手帳とペンを取り出すと、すぐにページを開いてメモできる状態になった。
「柏原一輝君で合ってる?」
「どうして僕の名前を……」
「君、いまじゃとっても有名人だよ。ガールフレンドと一緒に奇跡的な生還を果たした学生ってね」
手を大きく広げながらそう言った。
なんだか仰々しく喋る人だ。
それにまるで僕と瑠璃が見世物にされている感じがした。
遠慮なくぐいぐいと来るし、まだ治療中だと分かっていて事件の話をするなんてデリカシーというものを感じない。
そこでピンときた。
この人は新聞記者とかマスコミ関係者なのではないだろうか。
僕や瑠璃の話を聞きたがるのも当然だろう。
そういった人たちはシャットアウトしていると神原先生は言っていたが、どうやってかこの人は潜り込んできたようだ。
案内図を見ている日本人の患者ということで、僕がクルーズ船の生還者であると目星をつけたに違いない。
いくら僕でも今の段階でこの人に迂闊なことを言うと危険なのは分かる。
あることないことを書かれれば僕だけではなく瑠璃にだって危険が及ぶ可能性があった。
目の前の男性は根掘り葉掘り聞きたいとうずうずしている状態だ。
「おっと、名乗ってなかったね。私の名前はルイスだ。フリーの取材記者なんだ。新聞やニュースに情報を提供してる。今一番ホットなクルーズ船の事件について情報を集めているんだけど、是非君たちの生の声を聞かせてくれないかな」
「お断りします。僕も彼女もまだ満足に回復していません。……もは何か話すとしても、ちゃんとした調査機関があるんじゃないんですか」
ガールフレンドの部分はなんとなく訂正できなかった。
死者まで出ている事件がホットなニュースだなんて不謹慎としか言いようがない。
彼にとってはお金や名声に繋がることなんだろうけど、素直に協力する気にはなれなかった。
「おいおい、そんなこと言わないでくれよ。もちろん、謝礼だって用意するつもりだ。決して損はさせない――」
最後まで言い切る前に、女性の看護師が彼を見つけて大きな声を出しながら近寄ってきた。
言葉は分からないが明確な非難なのは間違いない。
おそらく、どうやってここまで入ってきたのかや何をしているのかという内容だろう。
ルイスと名乗った取材記者は慣れた様子で手帳とペンを仕舞い、あっという間に立ち去ってしまった。
こういうことばかりしているのは想像に難くない。
女性の看護師は白人のおばさんで、ふんと鼻息を鳴らしてルイスがいなくなった方を眺めていた。
それから僕に声をかけてくれる。
表情から心配してくれたようだ。
それからこっちにこいと手招きされる。
案内してくれると判断し付いて行った。
無事自分の部屋に戻ってこれたので、頭を下げておばさんの看護師に何度もお礼を伝えた。
ベッドに腰掛け、スタンドから手をはなす。
僕もかなり疲れを自覚したので、横になって少し休むことにした。
無人島にいた頃は生きるのに精一杯だったけど、こっちはこっちで大変だな。




