第24話 無事を確認する
病院で点滴を受けながら僕は急速に回復していった。
動くことも喋ることも難しかった状態から、日が立つ毎に少しずつできることが増えていく。
「やはり若さというのは素晴らしいエネルギーだ。あれだけ消耗していたのに、もう歩ける位に回復するとは」
担当医の神原さんは僕の回復に驚いていた。
看護師の人たちも同様だ。
ただし日本人は神原さんだけで、看護師の人たちはオーストラリア人ばかりなので表情から読み解くしかないのだが。
簡単な英語とジェスチャーでなんとか意思疎通を試みた。
これで今のところはなんとかなっている。
(海外の看護師って何て呼ぶんだろう……。男の人もいるしナースは違うよね。もう少し英語の勉強をしておけばよかった)
この病院に入院して一週間ほど経ち、点滴付きだがリハビリを兼ねて病院内を移動してもいいとようやく許可が得られた。
栄養失調と脱水症状が改善すれば、そこまで重症ではないということなのだろう。
「無理をせず、苦しくなったらすぐにこの部屋に戻ること。君はまだ病み上がりだ。本来ならまだ寝ていた方がいい。一緒に救助されたお嬢さんに会いたいという気持ちは分かるから許可はしたけどね」
「もちろん分かっています。ただ一刻も早く無事を確認したくて」
「そこまで言われたら許可を出さないわけにもいかないねぇ!」
ははは、と神原さんは笑う。
「水原瑠璃ちゃんはここから一つ上の階にあるこの病室で治療を受けている。君と違って体を動かすのはまだ難しいけど、横になったまま話すくらいなら問題ないくらい回復しているよ」
「ありがとうございます」
「うん。それと瑠璃ちゃんと一輝君がある程度回復したことは上に報告しておくから、これから色々な人たちが君たちに会いに来ると思う。負担になってすまないが、保障なんかも含まれているからできれば早い方がいいんだ。もちろん、体調を見ながらだけど」
僕も瑠璃もクルーズ船の事故で遭難した被害者だ。
病室にあるテレビでは連日それに関するニュースばかり流れている。
いくら英語が分からなくても、映像を見ればすぐに分かった。
僕たちから何かしら聞きたい大人がごまんといるのは、なんとなく想像できる。
今はそんなことはどうでもいい。
普段よりずっと重い身体を、点滴を吊るしたキャスター付きのスタンドを頼りになんとか進む。
一つ上の階だからと階段を使ったが、僕が思っている以上に体が弱っていて後悔した。
回復したといっても酷い状態からマシになっただけで、元通りにはまだ遠いのだと実感する。
ジッとしていればそれほどではないが、階段の途中で息切れしながら反省した。
想像の何倍も時間をかけて、神原さんから教えてもらった瑠璃のいる病室にようやく辿り着く。
ネームプレートも確認した。
彼女の部屋は個室のようで、彼女の名前しか記されていない。
「失礼します……」
ドアを開けながらゆっくりと部屋に入る。
広い部屋だ。いくつか見慣れない機械も置いてあった。
「一輝。そんなに縮こまらずに、もっとこっちに来なさいよ」
瑠璃の声が聞こえた。
奥のベッドで何かの本を読んでる最中だったらしい。
言われるがままに、彼女のベッドの隣に移動し椅子に座る。
入院着を着てベッドに横たわる彼女はやっぱり奇麗だった。
「お互い生きて帰ってこれたみたいね」
「それはそうなんだけど……。まるで夢みたいだ。あの状態じゃどうやっても助からないと思ってたから」
「同感よ。私も一輝も、すでにもう限界だった。もう目が覚めないと覚悟していたくらい」
瑠璃の動く唇につい目が引き寄せられる。
最後の瞬間、瑠璃が飴を分けてくれる時にはっきりとキスをした。
あの瞬間は今でも鮮明に思い出せる。
「一輝。ちょっと、聞いてる?」
「あ、ごめん。なんだっけ」
「まだ本調子じゃないのかしら」
「ううん、大丈夫。ちょっとぼーっとしてただけ」
「分かるわ。私もまだ頭の回転が戻ってない気がするもの」
瑠璃は手に持っていた本を台の上に置く。
本のタイトルはホイットマン詩集と書かれていた。
無人島で彼女が好きな詩人だと話していた人の本だ。
「正直今ここにいることが夢のように感じる。一輝は?」
「おんなじ。現実感がないというか……」
本当はまだあの島にいるんじゃないかとすら思える。
「私の方で色々と調べてみたの。この話ができるのは一緒に遭難した一輝しかいないから、来てくれるのを待ってたわ。私は見ての通り、歩くのも辛いし」
「瑠璃が無事と聞いて本当に安心したよ」
「私もよ。……私が信頼したのは一輝だけだから、それをよく覚えておいてね。それで、私たちを救助した救助隊の人たちや他にも可能な限り聞いてみたことなんだけど」
瑠璃はそこまで言うと、白紙のノートとペンを取り出す。
「お互い認識の齟齬がないように、事実をこのノートに羅列していくから、何かおかしいと思ったら言ってちょうだい」
「分かった」
「まず私たちは日本からオーストラリアに向かうクルーズ船に搭乗していて、嵐が直撃した日に事故が起きて脱出を余儀なくされた。かなりの人数が海に投げ出されて、死者も少なくない数が出たそうよ」
瑠璃は喋りながらノートに達者な文字で記入していった。
「事故の原因については調査中で話せないの一点張り。これは置いておきましょう」
原因の部分を二重線で消し、次に移る。
「一輝はクルーズ船が嵐に有った時にどうなったか覚えてる?」
「どうだったっけ。深夜に部屋の中で寝ていたら突然傾いたのは覚えてる。物がめちゃくちゃになって、たしか外で大勢の人の足音や声がしたんだ」
「乗客の大半がパニック状態になって、脱出艇の所につめかけた。乗員も誘導していたから、あの時点で沈むだけの何かが起きたんでしょう」
おぼろげだが思い出してきた。
恐怖を覚えながらひたすら脱出艇へと向かい、しがみ付くように乗り込んだんだ。
「普通船体に穴が空いても船が沈むまで数時間ほどかかる。でもクルーズ船は一時間程度で船体が沈んだそうよ。船全体が大きく揺れるほどの衝撃が起きたみたい」
「ああ、もしかしてそれで脱出艇に乗ってからの記憶がないのか」
無人島に到着するまで僕は気絶していた。
「私も同じね。きっと島の近くで海に投げ出されて流れ着いたんだわ」
無人島の時は生き残るので必死だったが、今思うとおかしなことだらけだ。
あんな巨大な船が沈むとは想像もできない。
それに、僕は担当医の神原さんからこう言われている。
「でもおかしいんだ。僕たちが救助されたのは脱出艇の上でってお医者さんが」
「……ええ。私もそう聞いてる。私たちを発見した救助隊からも同じことを言われたわ」
「でも、僕たちは確かにあの島にいた……よね?」
「オカルト染みてきたけど、事実として記入しましょう。考えるのは後よ」
そう言って、瑠璃はノートに無人島に漂流という言葉の下に脱出艇で発見されたと書き足す。




