第22話 甘酸っぱい味がする
不安も恐怖も全部忘れて僕たちはめいいっぱい遊んだ。
パンの実のおかげで回復したとはいえ、体力が落ちていたので動き回るとすぐにバテてしまう。
それでも瑠璃と砂浜で日が暮れるまで常夏の島を満喫する。
もしここがバカンスなら最高のロケーションだっただろう。
ビーチチェアの上で仰向けに寝っ転がりながら太陽を浴びたり、あるいは水着で海の中を泳ぎまわったり。
瑠璃と一緒にそういうことができたらきっと楽しいと思う。
上半身の服を脱げばいい僕と違って瑠璃はさすがに海には潜れない。
それに今の状態だと溺れる危険もあった。
だから結局砂浜と浅瀬の所でうろちょろしていたと思う。
それはそれで楽しかったが、僕も瑠璃も一日で飽きてしまった。
疲れて寝てしまったら、次の日はせめて最後まで快適に過ごせる家を用意しよう。
パンの実を湯がいて二人で食べる。
まだ残っているから大丈夫。
もしこれがなくなったら、もうお手上げ。
人間は三ヵ月食事をしなくても生きていけるなんていうけれど、それは違いだとよく分かった。
たった数日まともに食べないだけで僕も瑠璃も健康だった状態から一気に死を感じるほど弱ってしまったのだから。
動けなくなった時点で水も手に入らない。
なので、おしまいです。
そんなことをいくら考えても無駄なので、今できることをやって少しでも違うことで頭を一杯にしたい。
それでも助けが来ることを期待しない時はなかった。
瑠璃もときたま何もない海の方をジッと見ていることがある。
きっと救助が来ないか無意識に見てしまうのだろう。
僕も同じだからよく分かる。
9日目は家を建てる。
家は程よい大きさの木と木の間に作ることに決めた。
枯れ枝でなるべく頑丈そうな太いものをいくつか運び、木と木の間に引っ掛ける。
それを草で作った紐で結びつけ、そしたら葉のついた枝をなるべくたくさん枯れ枝の上に引っ掛けていった。
後は風で飛ばされないように固定していく。
瑠璃は座って指示を出し、僕が作業をする。
最初は本当にこれで形になるのかと思ったが、完成が近づくにつれて意外と様になっていた。
掘っ立て小屋といえるくらいのものにはなったと思う。
「スコールは無理だけど、これで軽い雨風くらいならしのげるんじゃない?」
「外で寝ると開放感はあるけど問題も多いもんね」
虫やカニなどに身体を這われたりちょっかいをかけられると、ビクッと体が反応して起きてしまうことがある。
ここで寝泊まりすれば多少は防げるだろう。
たくさん遊んで、家を作って。
時間はあっという間に過ぎていった。
夜になると、波の音しか聞こえなくなる。
瑠璃の寝顔をしばらく眺め、僕も寝た。
そして10日目を迎える。
……瑠璃の食が細くなった。
無理をしてでも食べようとしたが、もう体が受け付けないらしい。
戻してしまうと余計に体力が減るので、残りは僕が食べた。
――パンの実はもう残っていない。
イチかバチかまた食べ物を探しに行こうとはもう思わなかった。
スーザンという女性の死体を見てしまったからなのか。
あるいは最後の瞬間まで瑠璃と居たいと思ったのか僕も分からない。
体を動かすのもおっくうになり、二人でどうでもいいことを喋る。
全力で遊んでおいて本当によかった。
こんな状態になってからじゃとても無理だったから。
水を沸かすためのマッチも使い切り、最後の蒸留水をココナッツの器に入れて手元に置いてある。
マッチ以外の方法を色々試したが、どれも上手くいかなかった。
僕たちの抵抗は、もうこの辺でおしまいのようだ。
もしマッチがあっても、あの湖とここを往復するだけの体力はもうない。
瑠璃は制服に着替えている。
僕はボロボロになってきた自分の服だ。
自分たちでつくった家の中で二人とも横になっている。
少しでも楽な姿勢をと思ったらこうなった。
全快体力を温存した時は助けが来るのを待つためだったが、今は違う。
少しでも長く一緒に居たいからだ。
「ねぇ」
「なに?」
「実は私、友達っていなかったの」
「多分そうだろうなって思ってた」
「それどういう意味? 私はいなくてもいいと思ってたんだけど、でも……」
少しだけ瑠璃が言い淀む。
「一輝がいてよかった。もしここにいたのが私一人だったら、多分色んなことに耐えられなくておかしくなってたと思う」
「友達認定されたってことでいいのかな?」
「そうね。電話番号を教えてあげてもいいわ」
「やった。じゃあ電話するから絶対に出てよ。出るまで鳴らすから」
「なら教えるのやめようかな……」
「えー」
本当にどうでもいい話をする。
瑠璃のことを聞いて、僕のことを話して。
今はお互い誰よりも相手のことを知っている。
親よりも、クラスメイトよりも。
疲れて眠っては話した。沈黙は耐えられなかった。
次の日。
水が尽きたが、島全体に雨が降った。
もうここまできたら清潔かどうかなんて気にしていられない。
ココナッツの器や水筒で落ちてくる雨水を受け止め、それを飲んだ。
瑠璃は意識があったが、自力で飲むのが難しくなっていたため水筒を傾けてそっと飲ませる。
さらに次の日。
もう満足に筋肉に力が入らない。
少しくらいなら這って動くことはできそうだが、それで何かできるわけでもない。
海鳥たちが遠くから僕たちを見ている。
もしもここで死んだら彼らは僕たちを食べるのだろうか?
海鳥を捕まえて食べようなんて言ってたけど、食べられるのは僕たちだったなんて笑える。
僕はそっとズボンのポケットに手を突っ込んだ。
そこには飴玉が一つ包装された袋がある。
もしもの時の為にとっておいたものだ。
「瑠璃。口、あけれる?」
自分の声がかすれていることに気付いた。
きっと雨の後に水をろくに飲んでいないせいだ。
瑠璃は返事をするかわりに僕の言う通りに口を開けた。
そこに袋から取り出した飴玉を入れる。
どうせ僕が食べても結果は同じだ。
瑠璃にあげてしまおう。
すると、瑠璃はカランコロンと口の中で飴を転がす。
お気に召してくれただろうか。
瑠璃が僕の手を掴み、どこにそんな力があったのか僕を引き寄せた。
カリッという音がして、それから瑠璃の唇と僕の唇が触れる。
それから半分になった飴が瑠璃の舌で押し出されて僕の口に入ってきた。
甘酸っぱい味がする。
「一蓮托生、でしょ? 二人で食べたらいいわ。言っておくけど、これファーストキスだから」
「僕も初めて」
仰向けになって、お互いの顔を見てクスリと笑う。
飴の糖分のせいか、なんだか眠くなってきた。
なんとなく、今眠ったらもう目が覚めない気がする。
でも、もういいか。
僕も瑠璃も十分に頑張った。
瞼をとじる。
手を伸ばして、瑠璃の手に触れる。
すると彼女も意図を察してくれたのか、手を握ってくれた。




