第21話 どうせなら
ちゃんとした食事をとり、十分に睡眠をとった翌朝。
昨日までの気怠さが嘘のようになくなっていた。
それでもベストコンディションには遠いものの、回復を実感する。
瑠璃もそれは同じようで、まるで死人のようだった雰囲気が消え去っていた。
「生物は食事ができるかどうかが分岐点という説があるわ。当たり前の話だけど、山のような食べ物があってもそれを栄養に変えられなければどれだけ屈強でも死に至る。私もまだ死ぬには早かったみたい」
「正直もう目を覚まさないかと思ったよ」
「起きていられる時間が減っていってたから、一輝がパンの実をとってきてくれなかったら多分そうなっていたかもしれない」
真顔でそう言われると何と返していいのか困る。
普通こういう時は多少悲観するものだと思うのだが、淡々としていた。
……いや、違う。
瑠璃は右手で左腕を押さえていたが小刻みに震えている。
死の恐怖は、生物である限り逃れられない。
死を恐れるのは本能なのだ。
怖くないはずがない。
「一日一個食べるとして、あと三日は持つかしら? 噂にたがわぬ栄養ね。船乗りの宝物とまで言われるだけのことはあるわ」
「ただ、そこから先は……」
島のあちこちを探し回った。
全てを探索したとはまだ言えないが、島の大半を占める森からはほとんど食料が手に入らない。
ブラッドフルーツ……パンの実が他にもあると考えるのは楽観的過ぎるだろう。
それに怪我をしなかったのは運がよかったからだ。
多少回復したとはいえ、昨日以上の探索は無茶だと自分でも分かる。
「ねぇ、瑠璃」
「なぁに?」
「いかだとか作ってさ、この島から脱出するのはどうかな? 陸地は無理でも他の島ならもしかしたらなんとかなるかも、食べ物があるうちに」
「残念だけど、その案は初日に考えて破棄したわ。もし目視で見える距離に島があるなら一考の余地はあったんだけど」
「どうして?」
物事は前提を変えれば解決することがある。
この島にいるから僕たちは助かったが、同時に窮地に陥っているのだ。
もしそれを改善できればなんとかなるかもしれない。
助けが期待できないなら尚更だ。
「何から説明しようかしら。まずいかだを作るための材料が私たちじゃ用意できないわ。水に浮く十分なサイズの加工された木材、それから海水で傷まないそれらを束ねる頑丈な紐。浮き輪の役割をする補助材。どれも工夫する程度じゃどうにもならないわ。十徳ナイフで切り倒そうとしたらその前に餓死するわよ」
……元気になったからか饒舌だ。
弱っていた頃の瑠璃は大人しくて可愛かったな。
「よしんば」
コホン、と咳払いする。
「なんとか頑張って即席のいかだが用意できたとしましょう」
「うん」
「それで島を脱出して……多分二日かな。二日以内に陸地か島を見つけないと二人とも死ぬわ。目視できないほど離れて、どこにあるかも分からないそれを目指すことは自殺行為よ」
「ダメか。思いついた時はいい案だと思ったのに」
「弱っている時ほど愚かな案が明暗に見えるものよ。落ち着いて考えれば分かるはず。水も手に入らず、日光を遮るものもなく。夜も海に落ちないようにするためまともに眠れない。喉の渇きから少しでも海水を飲んだら……これは前に言ったかしら」
聞けば聞くほど瑠璃の言う通り、ただ死にに行くようなものだ。
勝算がなければやってはいけない類のものだと僕も理解した。
しかし愚かな案ってさらりと言われたのはちょっと傷付く。
二人で自殺しようって言ったようなものだから、愚かでいいのかもしれないが。
正直、どうせ助からないのならば一人で死ぬよりはずっといいと思ってる。
性格は難があるけど、こんなに可愛い女の子となら。
「ねぇ一輝。いい天気だしちょっと遊ばない?」
「えっ」
瑠璃から驚きの提案をされた。
彼女が絶対に言わなさそうな言葉が聞こえた気がする。
「ここに来てからずっと生きるために奔走してたじゃない。でも、私たちにできることはもうほとんどないわ。食べられそうな魚や貝を少しだけ採って、飲むための水を用意するくらいでしょう?」
「そう……なのかな」
脱出も不可能で、これ以上の探索は難しい。
かといって救助をあてにできないのにずっと待つのは精神的にも辛い。
なるほど。彼女らしくいえば合理的ということか。
後ろ向きではあるものの。
「この島は私たちが生きていける環境じゃないけど、でもだからこそとても美しいわ。多分、もう二度とお目にかかれないくらいに」
「常夏の海って感じがするよ」
瑠璃が立ち上がる。
彼女が着ている制服は初日に比べるとずいぶんくたびれたように見えたが、それでも瑠璃の魅力はなんら損なわれていなかった。
そのまま靴と靴下を脱ぎ、海へと入る。
「ほら、冷たくて気持ちいいわよ。怪我をする心配もなさそうだし、海を満喫しましょう」
きっとこれは現実逃避だ。
でも、逃げたくなるくらいに魅力的な提案だった。
太陽の光と、海がそれを反射して瑠璃をきらめかせる。
リゾートを僕たち二人で満喫しよう。
僕も海に足を突っ込む。
ひんやりとしていて、火照った体を冷ましてくれる。
小さなカニが呑気に僕たちを横切っていった。
「それっ」
「うわっ」
瑠璃が海水を僕に飛ばしてくる。
頭から被ってずぶ濡れだ。
僕はすぐに反撃とばかりに海水を掬って瑠璃へと浴びせかける。
避けようとしたが、ほとんど避けられず瑠璃もずぶ濡れになった。
白い制服が肌に張り付き、薄っすら透けて下着が見える。
瑠璃はそれに気付いてないようで、口に入った海水に顔をしかめていた。
今だけは全部忘れて年相応になって遊ぼう。
……7日目。
僕たちがここに流されてもう一週間が過ぎた。
助けが来る気配はない。
せめてこの一瞬が永遠に続けばいいのにと思った。




