第20話 先の見えぬ日々
ただの木の皮で作った四角い鍋も、松脂で底や側面に塗って加工すればまるでプラスチックのような強度がある。
直接火が付くと火が燃え移るので内側だけだが、コンコンという音がする程度には硬い。
焚き火をおこし、吊るした鍋に水を入れて火にかけた。
「パンの実は皮を全部剥いて、生食はできないわ。ジャガイモやサツマイモみたいに人間の胃で消化するには向いてないから」
「これくらいでいい?」
「十分よ。後は食べやすい大きさに……」
瑠璃はそこまで喋ると、ふぅと一度息を整える。
体力が低下して喋るのもしんどいのだろう。
「切り分けたら煮ればいいわ。味付けは塩くらいしかないけど、火が通れば柔らかくなるはず。今の私たちには最適ね。固形物を食べるのはかなり辛いわ」
「まるでおかゆを食べるみたいな」
「胃や腸の活動にも体力を使うから間違いではないわね。これも食べきれなかったから一緒に煮ましょう。味付けになるし」
どうやらお菓子を残していたようだ。
本人の言う通り食べきれなかったらしく、半分ほど残っていた。
いつもなら美味しそうに見えるそれも、油分のせいか僕も食欲が湧かない。
鍋に残った中身を入れ、パンの実とやらと一緒にぐつぐつと煮る。
味付けと塩分の補給のために少しだけ海水を混ぜ、後は火が通るのを待った。
木の枝を串代わりに、欠片を突き刺して様子を見る。
するとスルッと串が通った。
十分に火が通った証拠だ。
「器も食器もないのは不便だね」
「そこら辺にあるものを使うしかないわ」
この前手に入れたココナッツの殻を器にして完成したパンの実のスープを注ぎ、これまた木の枝を加工した箸のようなもので食べる。
使えるものは何でも使う。贅沢は言っていられない。
なんだか逞しくなった気がする。
明日をも知れぬ身だというのになんだかおかしかった。
煮たパンの実を食べてみると、ジャガイモの味がするスープに浸したパンという表現が近い。
生えていた実のはずなのに、どうしてかパンっぽいのだ。
しかもお菓子の残りを入れたからか、久しぶりに料理という概念を感じる。
「どうしてかパンの風味がするからパンの実っていうの。昔船乗りたちが立ち寄った島に補給用に植えたりしたらしいわ。栄養があって、たくさん実をつける。きっと海鳥がどこからか運んできたのね」
「そうなんだ」
柔らかいパンの実とスープは疲労した体と胃腸にもスルスルと入っていった。
一個丸ごとを二人で食べたが、ひとまず飢えは満たせただろうか。
「……私が横になってる間にわざわざ探しに行ったの? 食料まで置いて行って」
「どうせ一つしかなかったんだし、見つけに行かなきゃと思ったんだ」
「怪我をする可能性だってあったのに。無茶するわね。でもありがとうって言っておくわ。まさかここまで長引くなんて」
瑠璃からお礼を言われただけで、今までの苦労が報われた気がする。
おっと、感動に浸っている場合じゃない。
瑠璃には聞かなきゃいけないことがあったんだ。
「それで、なんだけど」
「どうしたの? そんなに改まって。……まさか私を襲う気?」
「そんなことしないってば! そうじゃなくて、島のほぼ反対側にまで行ったんだ。そこでパンの実を見つけた。残念ながら持ってきた分しかなかったけど」
「本来はもっとたくさんなるはずなんだけど。栄養が足りないのか、鳥が食べてしまったのかしら」
「それは分からない。その近くの砂浜で実は……僕たちと同じように流れ着いた人がいたんだ」
「本当!? どんな様子だった?」
「残念ながら亡くなってた。数日ほどは生きていたみたいだけど、僕たちみたいになんとかできなかったみたい。それでこれを貰ってきた。他にはあまり役立ちそうなものはなかったよ」
「そう。もし生きていたとしたら、あまりいい未来は訪れなかったでしょうね。冥福を祈っておきましょう」
今思い返せば時計や携帯があるか調べればよかったかもしれない。
だが腐敗が始まっていたあの女性にそれ以上何かするのは憚られたし、携帯も充電切れで使えなかっただろう。
それにこの島で時間が分かってもあまり意味はないと思うことにした。
瑠璃にスーザンの手帳を渡す。
受け取った瑠璃はすぐに目を通し始めた。
やはり英語を読めるらしい。
「大学生だったみたい。オーストラリア人で日本に旅行に来ていて、帰るために船に乗り込んだのね。試行錯誤して食べ物や飲み物を手に入れようとしたみたいだけど、立地が悪くて上手くいかなかった」
やはりそうか。
水を求めて死んだ時の気分はどんなものだったんだろう。
無念なのか、あるいはただ苦しいのか。
僕たちも他人ごとではない。
「それと、船が嵐に遭遇した時に強烈な光と何か大きな音を聞いたと書いてあるわ。もしかしたら、私たちが思っている以上に大きな事故だったのかもしれない。だとしたら救助が遅いのにも納得がいく」
「もしそうだとしたら、救助はいつ来ると思う?」
「希望的観測を込めて数日。場合によっては数ヵ月でしょうね。救助じゃなくて調査になるわ」
その場合僕たちがどうなるかは、言わなくても分かった。
この島にそこまで生きていける物資はないともうハッキリしている。
パンの実はまだあるし、魚や貝を食べて多少生き永らえることはできるだろうけど、数ヵ月なんてとてもじゃないが……。
「命は天に在り。あはは。こうなったら、どこまで私たちが耐えれるかね」
瑠璃は面白そうに言った。
多分僕も笑ってる。
だってこんなの、笑ってないとどうしようもないじゃないか。
人間はどうしようもなくなると絶望よりも笑いがこみあげてくるらしい。
「眠くなっちゃった。少し昼寝しましょうか。こうなったら焦ったってしょうがないわ」
「そうしようか」
僕たちは砂浜に戻り、日陰で横になる。
自然と瞼が落ちてきて、気持ちよく眠れた。
……でも、だとしたらあの霧の時に見えた船はなんだったのだろうか。




