第19話 巨人の肩に乗れない
いくら水を保存できるからといって、リュックを置いてきたのは完全に失敗だった。
手に抱えたよく分からない丸い実はずっしりと重く、複数抱えて移動するのはただでさえ厳しい体力を更に消耗する。
だがもうこれしか希望はないので、このまま運ぶしかない。
この島に来てから先人の知恵というべきか、僕たちがいかに人間の発明に助けられてきたかを感じる。
今だって、リュックがあれば背中に重みを感じる程度でここまで苦しくはなかっただろう。
食べ物だって、誰かが作って、誰かが運んでコンビニやスーパーに届けられすぐに食べられるようになっている。
僕にとって当然だと思っていた当たり前の世界は、何も当たり前じゃないのだ。
誰かが当たり前になる様に働いて成立している。
それらがすべてないこの島では、あらゆるものを自分で手に入れなければならない。
そうしなければ、先ほど見つけた人のように命を落とすことになる。
僕はこんな所で死ぬつもりはない。
瑠璃だって、できれば一緒に助けたいと思っている。
あんなに綺麗で頭のいい子は身近にいなかった。
それがこんな所で人生を終えていいわけがない。
途中からは、完全に息が上がったまま歩いていた。
気合というべきか、根性と呼べばいいのか。
肉体は根を上げているのに、精神がそれを上回って前に進んでいる感覚がある。
生存本能というものを知ってはいたが、なるほど。
生きようとする力はこれほどまでに強いのか。
日の昇っている間に拠点に戻ることはできなかった。
暗くなる前に幸い見つけた小さなくぼみがあったのでそこに座って身を休めた。
ふー、と息を吐く。
一度休憩すると、疲労を実感してしまいどっと体が重くなる。
水も水筒に入っていた分を飲み干してしまった。
せめて喉を潤そうと唾を溜めて飲みこもうとしたが、唾もろくに出てこない有様だ。
スーザンという女性はこれよりもっと苦しかったのだろうか?
もし、もしもだ。
絶対に助からないことが分かったとしたら、苦しまずに死んだ方がいいのだろうか……。
それとも、必ず助けが来ると信じて苦しみに耐えながら待ち続けるべきなのか。
瑠璃に聞けば、きっと正しい答えを言ってくれるに違いない。
僕は馬鹿だから、それをすぐに信じて頑張れるだろう。
一人でこんな場所にいるのはいやだ。
……それでも眠気がやってきて、うつらうつらとしていた。
その時、近くで物音がする。
何かがぶつかったような音だ。
眠気と疲れが吹き飛び、僕は飛び起きた。
この島には小鳥や羽休めをしている海鳥くらいしか動物はいない。
最初に瑠璃がそう結論付けた。
僕もこれには同感だ。
この島には生き物を養う食料があまりにも不足している。
小動物ですら生きていくのは難しいだろう。
大型動物なぞ、僕たちと同様にあっという間に飢えるに違いない。
ああでも熊なんかは魚を捕まえて食べるというし、もしかしたら大丈夫なのか?
(落ち着け、落ち着け。ただ音がしただけだ)
スーザンの死体だって食い荒らされた形跡はなかった。
もし肉食動物がいるなら、血の匂いにひかれて見つけるはず。
身動き一つせず、ずっと暗い空を見つめる。
結局それから物音は一切せず、僕は眠れぬまま朝を迎えた。
外に出て確認すると、どうやら岩が崖から落ちた音だったようだ。
ライトがあれば確認できたのに。
明かりの為だけにマッチを使うわけにもいかず、こんな程度のことで休息を妨害されるなんて。
ひどく疲れた。
幸い眠くはない。いや、もしかしたらアドレナリンのせいかもしれないが、動くのに支障はなさそうだ。
行き止まりなどもあって随分と遠回りをしながら元の場所へと向かう。
道中道が分からなくなりそうな時が何度かあったが、中央にある山の形を目印に進む。
狼煙はとっくに燃えてしまったようで、どの方向を見ても見えなかった。
これで瑠璃だけ救助されていたとしたら……、いや後悔はない。
そのリスクを考えた上でこうしているんだ。
それに瑠璃が助かれば僕のことも必ず伝えるので、後は待つだけでいい。
我ながらきちんとしたプランだと思う。
もし瑠璃の意識がすぐに戻らなかった場合は、かなり厳しいことになるだろうけど。
幸い思ったほど離れていなかったのか、昼間には拠点に戻ってこれた。
道中の小川や湧き水も飲まずにきたので喉がカラカラだ。
瑠璃の所に戻る前に飲み水を確保し、もう十分と思えるまで飲んだ。
マッチの残りも心許ない。
灰の中に火の残った燃えた枝を隠す。
上手くいけば次に来た時にも火種が残っているかもしれない。
水筒に水を詰め直し、ようやく瑠璃の所に戻った。
いいのか悪いのか。
瑠璃の姿はそこにあった。
僕が出発する前と同じように横になっているが、お菓子の封は開いている。
なんとか食べてまた横になったんだろう。
できれば体力を温存して欲しいが、持ってきたこの実が食べれるかどうか聞く必要がある。
もし食べれるなら僕や瑠璃の体力も回復するかもしれないし、その価値はあるはずだ。
そっと瑠璃の肩に触れる。
……今の瑠璃は儚いという認識がピッタリだ。
ゆっくり揺すると、目を開ける。
「……どうしたの?」
「これを見つけたんだ? 食べられるかな?」
「これは――」
横になったまま僕が差し出した丸い実を見つめる。
弱っていても視線の強さは健在だ。
「ブレッドフルーツよ、これ」
「えっと」
「実が食用になる木で、日本語で言うならパンノキ」
「パン?」
なんとも不思議な名前だ。
気になるのにパンノキとは。
だがそんなことはどうでもいい。
実が食用になるということは。
「もちろん食べられる。実も熟しているみたい。一輝、鍋と水を用意して。煮て食べましょう」
「分かった!」
その事実に心身の疲れが吹き飛んだ。




