第17話 島の反対側
船の痕跡がなくなってから、あれだけ視界を邪魔していた霧は嘘のように引いていった。
再び南国のような景色が広がる。
だが、今はそれを奇麗だとは思えなかった。
もう少し早くこうなっていれば……。
あれは救助の船だったのか、あるいは霧が見せた幻だったのか。
これもいくら考えても答えの出ない問いだった。
瑠璃なら考えるだけ無駄と言うだろうか。
いや、もっと論理的に説明してくれたかもしれない。
その瑠璃も今は横になって何もできない状態だ。
(助けが来ないならもっとちゃんとした食べ物がいる)
果物か、あるいは野菜でもいい。
生き物はダメだ。
弱った今の状態ではとても捕まえられず、体力を消費するだけ。
このままでは生き延びられないのは僕でも分かる。
立ち上がる頃には濡れたズボンは乾いていた。
太陽の日差しが大地を照らす。
瑠璃を起こさないように日陰に移動させた。
その時彼女の軽さに驚いたものだ。
それから彼女の近くに、準備した狼煙セットを用意する。
食料を探しに行くのは決定事項だ。
だがその間にもし救助が来た場合、僕も瑠璃も見逃すかもしれない。
なので食料を探しに行く前に狼煙をあげる。
松脂と枯れ枝に葉っぱ。
それを増量させ、上手く組み合わせれば長時間目立つ煙をのぼらせるはずだ。
最悪瑠璃は助かるだろう。
「食べ物を探してくるから。起きたらこれを食べておいてね」
最後のスナック菓子を瑠璃の隣に水と共に置いておく。
水筒に飲み水を詰め、狼煙をあげるために火をつけてから一人でまだ未探索の方へと向かった。
今まで二人で探索していたからか、些細な音でも気になってしまう。
この島に海鳥や小鳥以外の動物はいないと分かっていても怖い。
ただその代わりに探索速度は大きく上昇した。
瑠璃はアウトドアなタイプではなかったし、女の子だったこともありペースを合わせていたからだ。
今までとは違うルートから森に入る。
だが周囲の木には食べられそうなものは見当たらない。
たまに木の枝に付いた実を見つけるものの、苦かったり渋すぎてとても食べられたものではなかった。
どんぐりっぽいものもほとんど地面に落ちていない。
おそらく今の気候が夏に近いため実が落ちる時期ではないのだろう。
食料が豊富な実りの秋とはよくいうものだ。
一旦森を突っ切って外に出た。
すると見覚えのある場所に出る。
ここはスコールに遭遇した時に瑠璃と共に避難した洞窟の近くだ。
気付かなかったが緩い坂道になっていたらしい。
中央の山に登っても岩ばかりで草木も少なく、食べ物が見つかることはないだろう。
前回とは反対側の方へとぐるりと回りこみ、前に進む。
このままいけば島の反対側に到達するはずだ。
一気に突っ切ってしまいたかったが、途中で足が動かなくなってしまったため適当な所に座り込んで息を整える。
水を飲んで汗が引くのを待った。
……少し力を入れただけで左手が無意識に痙攣する。
口に入った汗がやけに美味しく感じた。
これは覚えがある。脱水症状だ。
塩分が不足しているせいでこうなっているのだろう。
もっと酷くなるとまともに動けなくなるどころか、意識を失うこともあるはず。
(海水でも舐めておけばよかった)
水筒の水を飲んで立ち上がる。
汗は引いていたが、妙に気怠さは消えない。
水はまだある。
今は海水を飲んででも塩分を摂取した方がいい。
科学的にこれが合っているのかは分からないが、本能的にそうした方がいいと感じた。
瑠璃がいればすぐに正しい処置を教えてくれたのに。
こんなことならもう少しちゃんと勉強しておけばよかった。
間に合わなくなってからする後悔なんて本当に無意味だ。
休む前より疲れた気がする。
それでも森を抜けるために進んだ。
幸い今いる地点は木がそこまで密集しておらず、見通しは悪くない。
遠くに水平線が広がっているのが見えているので、そこを目指せばいいだけだ。
息を切らしながらなるべく早く歩く。
走ると筋肉が吊りそうな予感がした。
苦労して森を抜けると小さな崖があり、小さな砂浜があるのが見える。
(降りるべき……?)
海は目の前だ。
だがこの崖を一度降りてしまうと迂回しなければ戻ってこれない。
どうするか迷ったが、今を逃すと海に辿り着けない気がした。
覚悟を決めて崖を降りる。
崖といっても数メートルほどで、下は柔らかい砂だ。
ゆっくりと突起に足を延ばして降りていく。
だがあと少しというところで手に力が入らなくなりすっぽ抜けた。
背中から砂浜に落ちて衝撃で肺から空気が押し出される感覚がする。
「ごほっ」
少し痛いが幸いにも怪我はない。
砂を払いながら立ち上がり、海へとたどり着いた。
手に海水を掬ったが、瑠璃の言葉を思い出して飲むのはやめて少量を舐めることにした。
衛生的ではないが、それでも体内に足りなかった塩が補給できている感じがする。
ここまで塩味が美味しいと思ったのは初めてだ。
何度か舐めた後に水を飲み、大きく身体をほぐす。
痙攣は収まってきて、疲労もマシになった気がする。
薄っすら感じていた頭痛も消えていく。
よほど追い詰められた状態だったのだろう。
……事態が解決したわけじゃない。
食べ物はあれから結局見つかっていないのだ。
ここからまた崖を登るのは怪我をしそうで怖い。
迂回して瑠璃の所に戻りながら食べ物を探すことにした。
……迂回した道は細い砂浜のようになっており、崖が壁のように続いている。
少し歩くとひらけた場所に出た。
そこは僕と瑠璃が最初に辿り着いた砂浜によく似た場所で、一瞬戻ってきたのか錯覚したほどだ。
しかしよく見ると細部が違う。
そもそも反対側に近いのだからそんなわけがない。
それに見たことのない木があるのが見えた。
かなり大きな木で、10mは超えているだろうか。
しかも拳よりも大きな実を付けている。
だがそれ以上に衝撃的な発見で足を止めた。
誰かが砂浜にうつ伏せに倒れていたのだ。
瑠璃と僕以外にも流れ着いた人がいた……。
その事実に心臓の鼓動が早まり、思わず駆け出す。
「大丈夫ですか!? あなたもここに流れ着いたんですか!?」
そして意識があるかを確かめるために仰向けにした。
すぐにその行動を後悔することになる。
その人物は死んでいた。
しかも、腐敗が始まっており死肉を虫などに食われている。
「ひっ」
僕は情けない声を出して尻餅をついた。




