第16話 希望があるほど絶望も深くなる
「昨日よりはマシかしら」
「大分霧が晴れたね。それでもまだ残ってるけど」
遭難生活はとうとう6日目に到達している。
5日目は不発に終わった。
船らしき姿は見当たらず、霧のせいで空からも助けは望めない。
ただ体力を温存していたからかそこまで疲労は感じなかった。
雨も降らないし、そこまで寒くないから拠点も木の枝と葉で組んだ最小限の小屋もどきでなんとかなっている。
ちなみにあまりにも暇だったので空き時間で釣竿を作った。
ちゃちな十徳ナイフで長い枝を削り、先端に糸を吊るしただけのものだが達成感は大きい。
餌は貝殻などを削ってルアーっぽく加工し、糸に括り付ける。
瑠璃の言う通り昨日に比べれば霧は酷くないものの、救助ヘリが飛べるほど視界は良好ではない。
助けが来るとしたらやはり船だろうとのことだ。
「でももし反対側に救助隊が来たらどうしよう」
「……心配しなくてもこの島をぐるりと一周くらいはするはずよ」
ふぅ、と瑠璃は立ち上がるだけで息を漏らした。
僕はまだ歩き回るだけの体力があるが、瑠璃は動くのも厳しそうだ。
「悪いわね、洗濯も頼んで水もとってきてもらって」
「いいよ。やり方は最初に教えてもらったし」
一番救助に来る可能性が高いのは朝から昼だという。
緊急性が高くない限り夜に救助活動は望めないとか。
二次災害の危険もあるのでそういうものなんだろう。
なので昨日は夕方近くになったら、水の補給と自分と瑠璃の服を洗濯した。
今瑠璃は最初に貸したジャージを着ている。
それが一番楽な格好のようだ。
「マッチは後いくつ残ってるんだっけ……?」
「もう半分もない」
「それじゃあなくなる前に、簡単な着火方法を考えておかないといけないわね」
瑠璃にとってもここまで救助が長引くことは考えていなかった……、いや考えたくなかったのだろう。
だが現実には遭難生活の長期化が差し迫ってきている。
「大丈夫。なくなる前にきっと助けが来る」
「最悪を想定する必要があるわ。ここはあまりにも食料が少ない。海鳥は私たちじゃ捕まえられないし、魚や海藻だけじゃカロリーを賄えないの。これで水まで失ったらそれこそ」
瑠璃はそれ以上は言わなかったし、僕も察しはついた。
ただ、僕の数少ない利点はこういう時に他人の前では楽観的に振る舞えることだ。
「ほら、水を飲んで。一眠りするといいよ」
「……うん。最近どうしてかよく眠くなるの」
瑠璃は最初に比べると態度が丸くなっている。
というよりは気を張るだけの体力が残っていないのだろう。
眠くなるのは多分少しでも生き永らえるためだ。
……瑠璃は規則正しい寝息をつき始めた。
どうしようか。
ここが運命の分岐点な気がする。
救助が来た時僕が起きていないと相手が気付かないかもしれない。
だがもしこのまま救助が来なければ、瑠璃の為にも食べ物を見つけないと彼女の身が危険だ。
どうすればいい?
瑠璃に聞けば絶対にここに残るように言うだろう。
僕が決めなければ。
……残念ながら手製の釣り竿では魚は釣れなかった。
天気のせいかそもそも魚が寄り付かないようだ。
体育座りをして、霧でどんよりとした海を眺める。
時間の流れが遅い。
……無意識にうとうととし始めたその時、チカッと何かが光った。
一瞬それが何か分からなかったが、急速に意識がハッキリするのを自覚する。
すぐに立ち上がって海の方へと近づいた。
(船だ!)
間違いない。
大きな黒い影と霧越しでも分かる強いライト。
船がこの島の近くを通っている!
「おーい!」
船の方へ向かってなるべく大きな声で叫ぶ。
今度は上着を脱いで大きく振り回し、少しでも目立つようにした。
だが、霧のせいでそれが通じているのか全く分からない。
結局黒い影が消えるまで叫び続けたがやがてライトと共にどこかへ行ってしまった。
どうして上陸を試みないのだろう。
救助のために来た船ではないのか?
ただ近くを通っただけ?
せめて晴れていれば狼煙で注意を引けたかもしれないのに。
「くそ!」
海面を思いっきり殴りつけた。
バシャッという音がして海水が跳ねる。
口の中に少しだけ飛沫が飛び散り、塩辛さに顔をしかめた。
本当に救助は来るのだろうか?
遂に僕は根本的な疑問を思い浮かべた。
スマホが壊れ、情報が一切入らないこの無人島では希望的観測を抱くことしかできない。
現代なら当然助けが来るはず。
だがもし来れない理由があったら?
考えれば考えるほど答えのない問いが頭を埋め尽くしていく。
これはダメだ。
このままでは心が折れる。
僕はそう判断し、一先ず海から砂浜に戻った。
ズボンが海水でずぶ濡れだ。
奇麗に洗い流さないと塩を吹いて肌が荒れる。
「何かあったの?」
どうやらさっきの僕の行動で瑠璃が目を覚ましたらしい。
だが夢うつつという感じで状況は分かっていないようだ。
「素手で魚を捕まえようとしたんだけど、失敗したんだ」
「バカね。そんなことに体力を使っちゃダメよ」
「そうだね。服を洗ってくる」
瑠璃は目を開けているのも辛いのか、再び目を瞑った。
このまま目を覚まさなくなるんじゃないかと思うほど、奇麗な寝顔だ。
嘘をついてしまったが、これでよかったと思う。
今は少しの心労でも瑠璃には重い負担になる。
僕は瑠璃を起こさないように湖へと向かった。
そしてズボンを洗う。
面倒なので水を絞ってそのまま身に着けた。
暖かいのでそのうち乾くだろう。
そして顔を洗う。
水面に映った僕の顔はひどいものだった。
死が迫っているのを肌身で感じる。
瑠璃の元に戻ると、少し苦しそうだった。
水を飲ませると落ち着く。
砂浜に腰を下ろして再び海を眺めた。
太陽で温められて濡れたズボンにちょうどいい。
(助けはすぐ来ないかもしれない)
なんとなくそう思った。




