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生と死の狭間にある島  作者: HATI


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第13話 気まぐれな島

 二つに割れた片方を下から掴み、まじまじと見つめる。

 真っ白な物体がプルプルと震えていた。


「じゃあこっち側を食べるよ」


 どちらもヤシの実の果肉の量はほとんど差がないが、事前に瑠璃に宣言しておく。

 食べ物の恨みは怖いのだ。


 十徳ナイフをスプーンに切り替えて、果肉を掬う。

 思ったよりは弾力があるが、硬いというほどではない。

 花に近づけて匂いを嗅いでみた。

 匂いはやや甘ったるいものの、さっき飲んだヤシの実ジュースとそう変わらない。


「早く食べて。一輝が食べ終わらないと私が食べられないじゃない」

「あ、ごめん」


 十徳ナイフは一つしかない。

 ええい、と口の中に突っ込む。


「念のために舌の上に少し置いて痺れを感じないか確認をしてね。毒があれば感じられるわ」

「怖いこと言わないで」


 舌に乗せても何も影響はない。

 ……なので噛んでみたが味が薄い。

 とにかく味が薄いのだ。

 甘くもなく、苦くもなく。

 噛んでいるとじんわりと甘くなってきたものの、ほんのりと油の風味とほのかな乳臭さの味がするだけ。

 柔らかい果肉を噛んで飲み込む。


(胚乳っていったっけ。乳という名前だけあって不思議とそういう味がする)


「どう? 私も食べたことはないのだけど」

「うーん? 食べられないことはない……よ?」


 美味しいとはいえない。

 せめて何かしら味付けが欲しいところだ。

 淡白すぎる。


「杏仁豆腐を連想したから甘いと思ったけど、そんなこともないんだね」

「一輝は時々変なことを言うわね。因果関係が全くないわ」


 ちょっと油断するときつい一言が飛んでくる。


「醤油があったら刺身っぽくなったかも。味が薄いからよく合うと思うよ」

「醤油……ね。魚醤なら作れないことはないけど、発酵するのに時間がかかるから無理だわ。そもそもそこまで余裕がないし」

「現実的に手に入れる方法を言ってくるとは思わなかったな」


 塩と魚があれば作れるらしい。

 だけど調味料にするくらいなら魚はそのまま食べたいな。

 瑠璃も同じ気持ちのようだ。


 不味いわけではないので、次々とこそぎ取って食べる。

 殻だけ残して奇麗に食べ尽くし、スプーンを海水で洗って瑠璃に渡した。

 衛生的にも感覚的にもそのままはちょっと嫌だったからだ。


「うん、悪くはないじゃない」

「そう? 美味しいとはいえなかったけど」

「いいのよ。必要なのは容易に食べられて栄養のとれる食料だもの。これが苦かったり辛かったりすると食べるだけでも苦痛でストレスが溜まるわ」

「それは確かに……」


 淡白だが食べる分には問題はなかった。

 もしひどく苦かったら食べきれなかったと思う。


「あと柔らかいのも嬉しいところね」

「そこ?」

「大事なことよ。火を通さずに苦労なく食べられるのはとても。かつて人間は火を手に入れたことで長時間の食事から解放されたのだから」


 一定のペースでヤシの実の果肉を食べながら、合間で喋ることを止めない。

 それでいて上品に食べるのだからたいしたものだ。


「食べるために一日の大半の時間を使い、消化するために得たほとんどのカロリーを使う。そんな時代が人類にもあったの。火を通して食べ物を柔らかくすることで食事の負担を減らし、私たちは自由時間を手に入れた」


 なんだか壮大な話になってきたな……。

 彼女の言いたいことはつまり、硬い物なんてとても食べれられたものじゃないということだ。


「ふぅ。これでしばらくは動けそうね。十分なカロリーとビタミンを摂取できたわ。いくつか不足している栄養素があるけど贅沢はいえないもの」

「それじゃあ拠点に戻ろうか」

「ヤシの実の殻と、さっき剥がした表皮も持っていくわよ。殻は器として使えるし、表皮は乾燥させれば優秀な燃焼促進剤になるわ」


 無駄にするものは一つもない。

 食器一つでも今の僕たちには貴重な道具だ。


「他にも残っていたらよかったんだけど」

「諦めなさい。これだけ探してもないんだから、これ以上は無駄よ」

「分かってる」


 ヤシの実の残骸を抱えて歩く。

 たしか何かの油が入ってるって言ってたな。

 そのおかげか、体に力が戻ってきている。


 しかも運のいいことに戻る最中にデーツを見つけることができた。

 甘酸っぱくて水気もあり、果物を食べている気分になる。

 少量しかないのが残念だ。

 二人で分け合うとさらに少ない。


 瑠璃が他に漂流者が居なくてよかったという理由が肌身に染みてくる。

 もし誰かもう一人いたら、ただでさえ不足している食料が絶対に足りなかった。


 何度か迂回しつつ、海沿いを移動することでようやく元の砂浜に辿り着くことができた。

 知っている場所に戻れただけで少し感動する。


「夕方前に戻れてよかった。仮拠点の確認を早く済ましましょう」

「あの雨だから流されててもおかしくないよね」

「確認すれば分かることよ」


 ドキドキしながら寝床にしていた仮拠点を見る。

 すると思ったよりも影響がなかった。

 置いていったリュックに水が溜まっているので雨は降ったようだが、荷物は全部残されている。


「一輝、ちょっと向こう向いてて」


 瑠璃は下着と制服を下ろすと着ていた服を脱いでそれに着替えた。


「どうやらこの辺りと、私たちがいた洞窟周辺では降った雨の量が全く違うみたい。木に吊るした制服や下着はあまり濡れてなかった」

「同じ島なのに?」

「珍しいことじゃないわ。例えば車や電車に乗っていたら、突然天気が変わるタイミングがあるでしょう? 同じ島といっても広いし、条件が異なると結果にも影響する。あそこだけ小規模な線状降水帯が形成されたのかもしれない」

「なんにせよラッキーだ」


 貴重なお菓子や着替え、使えないとはいえスマホも失われずに済んだ。

 瑠璃から返してもらった上着も脇に避けておく。

 ちなみにジャージは返してくれなかった。


「地面が濡れてここでは寝れないわね。動物がいないのは分かったから、比較的乾いている場所で今日は寝ましょう」

「そうしようか」


 周辺は夕方の光で赤く染まっている。

 水はけのいい場所を見つけ、今日はそこで寝ることにした。

 壁がないので大の字になって手足を広げて眠れる。


 瑠璃と隣り合って星を見るのはなんだかロマンチックだった。


「明日で4日目よ。救助隊も周辺の捜索に切り替えているはずだわ。明日は海で食べ物を確保したらいつでも狼煙をあげられるように準備しましょう」

「今日はヤシの実を見つけたし、運が上向いてきてると思うんだ。きっと明日には帰れるよ」

「運で捜索範囲は決まらないけど、前向きなのはいいことね」


 手がそっと触れる。

 ドクンドクンと血管の流れる感触が伝わってきた。

 ああ、お腹いっぱいご飯を食べたいな。




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