第12話 命の水と果肉
ヤシの実の固い表皮を剥ぎ取ると、人間の頭くらいある毛玉のようなものが出てきた。
剥がした表皮を確認してみたが、ギッチリ詰まった繊維質という感じで普通にやっては歯が立たなかっただろう。
うーん、これからどうすればいいんだ?
表皮ほど硬くはないが、この状態でもナイフは通らない気がする。
「三つの穴が一ヵ所に固まってるはずよ。それを探して」
瑠璃のアドバイス通りにクルクルとヤシの実を回して確認する。
すると本当に穴が三つあった。
「まるで人の顔みたい。ほら、埴輪とかああいう感じの」
「せめて土偶にしなさい。その方が縁起がいいから。埴輪は死者が寂しくない様に一緒に葬られるための人型だから」
「それは洒落にならない」
「それとこういう三つの丸が並んでいると顔が見えるのはシミュラクラ現象よ。人間の脳は何にもないところでも、何か意味を見出してしまうようにできてる。夜中に少し開いた扉とか、物置とかで人の顔が見えるあれね」
「あの、瑠璃。この島だとそういうところには事欠かないから怖くて仕方ないんだけど」
「安心しなさい。幽霊なんて非科学的なものは脳の錯覚だから。本当に怖いのは人間よ。幽霊に襲われたと思ったら実は人間に襲われたなんて事例はいくらでも……」
話が長くなりそうだったので、三つの穴に十徳ナイフのコルクを刺してみる。
二つの穴は硬くどうしようもなかったが、一つだけやけに柔らかい感触で少し力を入れるだけでコルクが入り込む。
「ああ、見つけたのね。ヤシの実の構造上、ひとつだけ耐久性のもろい穴があるのよ。そこからなら人力で十分貫通できるわ」
「するすると入っていくよ。あ、奥まで届いた」
コルクを抜いてみると、小さな穴から液体が揺れているのが見える。
「一輝から飲みなさい。見つけたのも飲めるようにしたのも貴方の成果よ」
「じゃあ遠慮なく」
穴に口を付けてゆっくりとヤシの実を傾けると、中に入っている液体が口内に流れ込んでくる。
最初に感じたのはぬるい温度だった。
ややとろみがあり、一瞬乳臭さもある。
だがそれも最初だけで、飲んでいると薄いスポーツドリンクっぽいというのがヤシの実の感想だった。
何度か飲み込んだ後にヤシの実から口を離し、瑠璃に渡す。
湖から飲み水を用意した時も感動したが、今回はそれ以上だ。
なんと言えばいいのか、体に欠けていた何かが満たされたのが分かる。
瑠璃はやはり間接キスなど気にすることもなく、ぐいっとヤシの実を傾けて中のジュースを飲み始める。
ごくごくと喉を鳴らし、口を離した後こぼれたジュースをぐいっと手で拭う。
堂々とした飲み方だった。
「全部飲んでもいいよ。僕も結構飲んだから」
「あらそう? 言っておくけど、社交辞令でのつもりなら含みを持たせずハッキリしなさいよね。そういうの、私はよく分からないから」
「あー、うん。特に含みはないから」
気を使ったら使ったで難しい。
ベストコミュニケーションを見つけるのはまだ先になりそうだ。
「ヤシの実にはありがたいことに多くの栄養素が含まれてるわ。中鎖脂肪酸は即席のエネルギー源になるし、各種ビタミン、特にビタミンEは抗酸化作用があって免疫も強くしてくれる。カリウムや電解質といった体内では生成できない栄養素も多い」
「だから飲んですぐ体が回復した感じがしたのか」
「何事にも理由はあるわ。水は人体には必須だけど、水だけじゃ体は動かせないもの」
「とにかく体にいいってのは分かったよ」
最後に残った分を瑠璃が少し分けてくれたので、最後の一滴まで飲み干す。
あ、これって僕も間接キスになるのか。
ただ生きるために必死な現状ではそんなことを気にしている余裕はない。
「ああ、美味しかった。もうなくなっちゃったのが本当に残念だ」
「他のは海に流されたみたいね。本当に運がよかったわ」
「運がよかったらそもそも遭難なんてしないよ」
「ふふ、それはそう」
残ったのは空っぽになったヤシの実だ。
これは水筒の代わりになるんじゃないだろうか?
僕がそう考えていると、瑠璃がヤシの実を地面に置いて十徳ナイフの小さなハンマーで叩き始めた。
しかも一ヵ所を続けて叩くのではなく、回しながら叩いている。
いくら叩いてもそれで割れるとは思えない。
しかも小さなハンマーで瑠璃は僕よりも非力だ。
コンコンという音だけが聞こえてくる。
瑠璃が非効率的なことをするとは思えず、見守るしかない。
「一輝、ここを石で思いっきり叩いて」
終わったかと思えば、ヤシの実にある線を指さす。
とにかく石でそこを思いっきり叩いてみた。
するとどうしたことか、ひび割れが生まれる。
「残念ながら真っ二つとはいかなかったみたい。残念」
「どうしていけると思ったの? 絶対無理だと思ったのに」
「この世に絶対なんてものはない。覚えておきなさい。あるとしたら、それは物事を何か見落としているだけよ。質問はヤシの実にどうしてひびが入ったのかだったわね。そもそもこれは頑丈だけど条件が整えば割れるようにできてるのよ。だってそうじゃないとどうやって木として成長するの?」
「言われてみれば……」
卵の殻と同じようなものだろう。
外敵から身を守る強度が必要だが、内側から破壊できなければヒナは外に出れない。
この矛盾を成立させるために色々と進化してきたというわけか。
「この白い部分は固形胚乳で食べられるわ」
「……胚乳って?」
「簡単にいえば育てるための栄養部。果肉って言えば分かりやすいかしら」
「ああ、なるほど。これ食べれるんだ。あ、もしかしてナタデココってこれが原料だったり」
「しないわ。さっき私たちが飲んだ液体を加工したものが原料よ。この固形胚乳も食べましょう。栄養価が高いしカロリーも摂取できる」
そうなんだ。
食べられるなら食べた方がいいに決まっている。
貴重な食料は無駄にはできない。




