第11話 災い転じて福となすか
ベチャッ。
濡れた地面を歩くと音がする。
歩き方に気を付けないと、沈み込んでスニーカーの上部から水が沁み込んできてしまう。
感触もあまり気分のいいものではない。
「こっちは比較的マシだわ」
「坂道も緩いね。これならこの足場でも大丈夫そうだ」
道を回り見つけたルートを瑠璃と共に下る。
来た時とは別の道だが、風景は似たようなものなので違いが分からない。
下手すると島の中で遭難しそうだ。
「何度も行き来するなら中継地点に目印があった方がいいわね。空間把握能力がよほど優れてないと、道が外れていても気付かないわよ」
「自覚すらなく迷うのはゾッとするよ……」
もし個別に行動していた場合、はぐれたら再開できない可能性もある。
なるべくはぐれないようにしよう。
幸い高い場所から砂浜が見えるので、多少道が逸れてもそっちに向かって移動すればいい。
……そう考えていたのだが、それは自然の妨害がないことが前提だったと思い知る。
ことごとく道が塞がれているのだ。
崖になっていたり、小さいが流れの早い川があったりと整備しなければ通れない場所ばかりに遭遇する。
その度に回れ道して通れる道を探すものだから、目的地である砂浜からどんどん離れていった。
「直線距離ならたいしたことないのに……!」
「これじゃあ近づいているのか離れているのかよく分からないね」
はは、と笑ってみせたが、瑠璃の鋭い視線に黙るしかない。
坂道を下り終わると砂浜も木に視界が塞がれて見えなくなってしまった。
「とにかく海に出るしかないわ。そこから海に沿って行けば到着するはずよ」
……瑠璃にしては、といういい方は失礼だろうか。
非常にシンプルで工夫の余地がない。
他に取れる手段がないことを意味している。
なんせ大まかな方角以外分からないのだ。
それを頼りにするしかなくなっている。
途中で何度か休憩するが、水分補給もままならないため休んだ気がしない。
休むたびに再び立ち上がるのが億劫になるのを感じた。
瑠璃の口数も減ってきており、やがてお互いの息遣いだけが聞こえる状態になる。
砂浜に戻れたとして、置いてきた荷物は流されずに残っているのだろうか?
ろ過装置もなくなってしまうと作り直すことはできない。
あったとしても、そこから更に湖まで行かなければ飲み水は手に入らない。
過酷だ。あまりにも。
生きるために行動するという意味を嫌でも理解する。
「あっ」
海辺に到着した。
僕たちが漂流してきた砂浜とは全く違う場所だが、海には面している。
ひとまず気が楽になった。
先のことを考える時が重いが、一つ一つやりとげるしかない。
「目の前にこんなに水があるのに……」
「間違っても海水を飲んじゃダメだからね。一度飲んだら最後、塩分による脱水で喉が渇く。飲んでも飲んでも脱水症状が進む地獄よ」
「絶対に飲まないからそこまで脅さないで」
塩水では喉は潤わないのは知っている。
だが水がない状態ではそれは死活問題なのだ。
ああ、あの湖が恋しい。
そう思っていると……見慣れない木を見つけた。
いや、この島では初めて見たが僕はこの木をよく知っている。
ヤシの木だ。この形は間違いない。
「瑠璃! これってヤシの木だよね? なら実も探せば落ちてるんじゃないか?」
「どうかしら。あの雨で落下して全部海に流されたと思うけど」
ヤシの木に実は一つも付いていない。
僕が項垂れていると、探すくらいはしてもいいかもねとフォローが入る。
ヤシの実は食べ物にも飲み物にもなる優れモノだ。
そのくらい僕でも知っている。
喉の渇きは前回湖を探した時に匹敵するほどになっており、できれば今すぐにでも水分が欲しい。
人間はこれほど水を欲しているのかと驚いたくらいだ。
(普段なら水道水どころか、ジュースだって一瞬で手に入るからありがたみが違う)
とにかく、探すだけの価値はあると判断した。
瑠璃は体がしんどいのか木陰に入り座り込む。
とてもじゃないが、砂浜まで帰ってそこから水を手に入れるのは厳しそうだった。
周辺を歩いて探し回る。
どこかに残っていないかと丹念に探す。
人生でこれほど真面目に何かを探したのは初めてかもしれない。
すると、岩に挟まれて二つのヤシの実を発見する。
僕はすぐさま十徳ナイフを取り出し、穴を開けようと試みた。
一つ目はそれほど苦労せずに穴が空いた。
だが、その理由は中身が腐っていたせいでドロドロになっていたからだ。
何かの拍子で穴が空き、そこから傷んだのだろう。
匂いも酷く、慌てて海へと投げ捨てた。
もう一個の方は無事なようだ。
……繊維がとにかく硬い。
ちっぽけなナイフでは中々実を守る殻が削れないのだ。
悪戦苦闘していると体が熱くなって汗をかく。
それで余計に焦るのだから悪循環だ。
「一輝、あなた体重は?」
「55kgくらいかな」
「少し軽いわね」
運動部には所属していなかったので、筋肉があまりついていない。
それを指摘したのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「力任せじゃ日が沈むわ……。まず、てこの原理を使って茶色い表皮をめくるの。そのナイフを仕舞ってキリを出して。そのままじゃへし折れちゃうから」
瑠璃に言われた通り、十徳ナイフのパーツを変更する。
それから頭の部分になるべく深くキリを突き刺す。
それから適当な石を探してきて、ヤシの実とキリの間に置いて柄の部分に体重を掛けた。
するとさっきに比べてあっさりと硬い表皮が剥がれる。
「うわっ、すごい」
「支店、力点、作用点。アルキメデスが発見した科学の力よ。必要な長さのてこがあれば地球だって動かせるって聞いたことない?」
「あ、習ったかも」
「かもじゃなくて習ってるのよ。私たちはその恩恵を受けてるってわけ。なんにせよ、人間の筋力よりも体重の方が力としては大きいの。それを更に何倍も強化できるんだから、多少硬いくらい問題ないわ。正確な計算式が知りたいなら教えてあげるけど……」
「今はいい」
そんなことより中身が大切だ。




