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手放すには

報復は望まないと言った姉達……これから二人で幸せになるはずだった。


 大公が部屋のドアを開けて、外にいる者達に説明した。マティアス・ローゼンタールが救命の甲斐無く亡くなったこと。アーデルハイトが後を追ったこと。

「報復だ!」

「弔い合戦だ!」

 という騎士団の面々に、大公はアーデルハイトの言葉を伝えようとしなかった。

「父上、姉上が言ってましたよね……」

「お前に何がわかる」

「父上!」


「姉上とマティアス殿は報復を望まないと言って亡くなった」

 イルアールが伝えても、

「嘘だ」

「そんなわけない」

「もしそうなら、閣下が何も言わないわけがない」

「怖気付いてるんじゃないですか?」

「ろくに知らない人が嘘言わないでください」

 普段なら少しは遠慮があるのに、皆もう、負の感情に取り憑かれたようにイルアールの話なんか聞いてない。空気になったような気がした。

 明日の朝、葬式が執り行われたら、その後、ナハトクレア家に決闘を申し込む。

 国王の下命もあったので、大公本人や騎士団長、三隊の隊長はそれについて知らないことにした。が、イルアールは望んで参加する。

 どうしたらいいんだろう?なんとかならないんだろうか?皆の気持ちも、亡くなった二人の気持ちも汲めるようないい案はないだろうか?争いが起きて、また誰かが亡くなるようなことになったら、姉上が悲しむ……。

 

 それならいっそ……。


 翌日、葬式を済ませて、イルアールは報復に燃える希望者を連れて、ナハトクレア家の門を叩き関係者を呼び出した。


 すわっ決闘かとマティアスを斬った者のほかに、ナハトクレア家の血気盛んな者どもがゾロゾロ現れた。


 王都の広場に移動した。


 気持ちの良い青空の日だ。広場で子供達がかけっこをしていた。出店も繁盛している。今日は諍いの声は聞こえない。

 人目があるところを選んだのだ。お互い、いや、誰も卑怯なことが出来ないように。

 

 イルアールは両家の騎士達の前で話し出した。

「聞いてもらいたい。昨日の早朝、我がエルンシュタイン大公家の騎士がナハトクレア家の者に斬りつけられて亡くなった」

 様子を知らないナハトクレア家の面々はざわついた。

 おそらく、マティアスに斬りつけた犯人が言った。

「いや……そんなつもりは無かったんだけど、脅すつもりだっただけで……そいつが飛び出して来たから……」

 

「お前か! エルンシュタインの元聖女様の婚約者だったんだぞ! 元聖女様まで一緒に亡くなったんだぞ!」

「どうしてくれるんだ!」


 誰かが一歩でも動けば、斬り合いが始まりそうな緊張感の中で、イルアールが言った。


「亡くなったマティアスと元聖女で俺の姉のアーデルハイトの最後の望みを叶えたい。二人は弔い合戦で血が流れるのは反対だった。今回、これで終わりにしてくれないか? 頼む」

「二人も死んだんですよ! 許せるはずがないでしょう!」

「何緩いこと言ってるんですか! せめて二人、お詫びに死んでもらわないと!」

 ナハトクレア家よりも、大公家の騎士団の方が騒いでいた。


「そうだよな……今までお互い、色んなことがあったんだろうな」

 イルアールは、腰の剣を外して、そっと下に置いた。

「俺に、背負わせてくれないか? エルンシュタイン家の思いも、ナハトクレア家の思いも」

「どういうことだ?」

「俺は抵抗しない。思いを拳に込めて、殴ってくれ」

「舐めてんですか? 俺たちを」

「頼む。それで今までのことを水に流してくれ」


「ふざけんなぁ!」

 いつぞやの第一隊隊員が怒鳴り声と共に、イルアールに殴りかかった。

 それを合図に、次々と不満を拳に込めて殴りかかっていった。

 本人が許可したとはいえ、目上の者へだ。勿論、クビは覚悟の上。それでも、始まってしまった試練はおかしな空気感で、まるで操られているように、続いていた。

「第三隊隊長がどれだけ元聖女様をお待ちになっていたか、知らないくせに!」

「急に現れて、でかい顔しやがって!」


「お前らも文句ないのか?」

 ナハトクレア家の面々も声をかけられたが、数人が恐る恐る弱いパンチを出しただけで、ただただ、止められもせず困っていた。


 広場は見物人でいっぱいだった。子供達は見せられないから帰るように言われた。

 イルアールを囲む人波は不思議な高揚感で溢れていた。例えるなら、闇の闘技場のようだった。

 少しするとイルアールはもう顔が腫れてあちこち切れて誰かわからないほどになった。

「でっかい兄ちゃん頑張れ!」

 無責任な見物客が応援する。

「すげえな、あんなになってまだ立ってるぜ」


 普段から鍛えた騎士達の拳は重く、イルアールの息は絶え絶えだった。最初こそガードなしだったが、流石に本能が頭部のガードをさせていた。何度も殴られたイルアールの下には血溜まりができていた。

「ゼゼア、ごめん……もう会えないかも……一目会いたかった……」

 頭部をガードしたので、腹部への打撃が増え、血を吐いて、下からも流れ続けていた。


 やっと騒ぎで王宮警備達がやって来たが、澱んだ熱気で近づけずにいた。


「イルアール! お前をそんな目に合わせるつもりでは無かったのに、馬鹿な……」

 知らせを受けてやってきた大公アスランは息子を見て青ざめた。

「私の執着が子供達を殺すのか……」


「何をしているんですか?」

 ゼゼアが見慣れた自分の家門の騎士服の者たちに気づいて、馬車を降りてきた。国王の要請で研究所に行き、戻ったところだった。

 王宮から出された馬車は、先立って手配してあった御者と馬を乗り換え、乗り換え、夜通し走って最速で王都まで戻った。おそらくは、王の手配がなされていたようだ。

 ずっと走りっぱなしの馬車に乗っていたゼゼアも、体力の限界ではあった。


 人だかりの真ん中に、大公が居た。

 大公が膝に抱えているのは、まるで自分が知っている面影ではないが、イルアール!?

 


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