金竜は雷竜、銀竜は雨竜
「イルアール!」
駆け寄って、ほとんど突き飛ばすように大公からイルアールをひったくり、愛しそうに抱えるとその状態に驚いた。
顔は腫れ上がり、目は見えていない。呼吸もやっと。体温も血圧も低すぎる。おそらく、内臓もひどい状態。
「僕に任されたエリクサーがある……」
震えながらカバンから小瓶を出す。飲めるのか?喉も腫れているので、このままでは飲めない。
ありったけの治癒魔法で、喉の腫れを取る。
「飲んで……、飲んで、お願い」
瓶の蓋を落とし、口に含んで飲ませる。細い細い食道にゆっくり少しずつ……。
「ゼゼア……」
飲み終えると微かに声がした。いくら最高のエリクサーでも、こんな状態から治るだろうか?
「ゼゼアごめん、もっとうまくいくはずだったのに……」
「まだ終わってねんだよ!」
大公の登場で一瞬怯んだ騎士たちだったが、ゼゼアを囲んで輪が小さくなっていた。
これは何か? 王都中の負の想いが集まったように真っ黒な渦が周りを取り巻いていた。
おかしいくらい、全員の目つきが変わっていた。
すぐそばに居た大公すら、渦の中に消えて、どこにいるのかわからなくなった。
「お前が代わりでも良いんだぞ!」
誰かがゼゼアの首元を掴んで、引っ立てた。
「あ」
殴られる……。
瞬間、閃光が辺りを包んだ。同時にこの世のものとは思えないほどに雷鳴も轟いた。
全員が、真っ白な光に包まれて、気を失った。
更には、驚くほどの雨が降ってきた。雨は強く、しかし優しく包み込むように降った。
少し離れた場所からは、稲妻と豪雨の中、金の竜と銀の竜が絡み合いながら天に昇るのが見えた。竜たちは楽しそうに王都の上を戯れながら揺蕩っていた。
丸一日雷と雨が続き、ようやく光が差した。青空と眩しい日差し。この上なく澄んだ空気。
いつの間にか竜たちはいなくなり、イルアールとゼゼアは王宮の一室のベッドの上で目が覚めた。
「気付かれましたか?」
国王が二人を覗き込んだ。満足そうに笑いかけながら、
「お二人御手を離されぬ故、衣を改めさせるのに難儀いたしましたぞ」
「イルアール! 大丈夫?」
目を覚ましたゼゼアは隣のイルアールを見た。
「よかったぁ、無事で」
エリクサーが効いたのか、慈雨が良かったのか、両方か。イルアールはすっかり元に戻っていた。
「ゼゼア、王都の上を飛ぶの、楽しかったね……」
イルアールの方はまだ、半分夢の中だった。
「お二人の働きにより、民草の荒みは静まったようだ」
国王は微笑みながら、静かに言葉を継いだ。
「金竜銀竜の分け御霊を宿す身に、大きな試練を負わせることとなった。王として、その重みは承知しておる」
国王は、一息置いて
「民や国の瘴気を浄化し、豊穣をもたらす神成りと、痛み悲しみを癒す慈雨を賜り、感謝してもし尽くせぬ」
意識がしっかりした様子のイルアールに
「命を賭して果たした役目、これをもって、見事成就した。王として、謝意をここに示す」
ゼゼアにも、
「神は常に言葉を下ろすのは間際よ。竜神の差配があればこそ成ったこと。されど、あの折、朕とて万事の手配が間に合うか不安に思うておった。早朝の朕の命、早馬の馬車行、エリクサーの用いどころ――全てがよく巡った。礼を言う」
全てに意味があって、何もかもうまくいった。
マティアスとアーデルハイトの件で、ナハトクレア家はエルンシュタイン大公家に丁寧な詫びと当主の代替わりを伝えてきた。確執のない新代同士、良い縁が繋げるようになった。
エルンシュタイン大公家のイルアールに殴りかかった騎士達は、王都の瘴気に自我を失って操られていたと言うことで、殆どが謹慎ののち、謝罪と共に復帰となった。所業を省みて、そのまま去った者も数名はいた。
イルアールとゼゼア、その後の二人は、ひとときも離れず王宮で暮らした。時々は王の傍に立って竜神らしくしていたり、ほとんどは王宮の奥で二人で過ごした。
ゼゼアは二年の間を空けてエリアスとリュエルの男の子を産んだ。イルアールとゼゼアはどんどん人よりも竜に近くなり、それ故ヒトの子は育てられなかった。エリアスとリュエルの二人は普通のヒトであったので、エルンシュタイン家とナハトクレア家で育てられた。
イルアールを救ったエリクサーの他の一本で病の癒えた次兄のエドガルが、長兄の遺児ヴァルターに引き継ぐまで大公の後を継ぎ、エリアスも育て上げた。
リュエルはナハトクレア家の、母ゼゼアが育った離れで育ったが、それは本人の望みだった。干渉も束縛も嫌いだったので、一人、薬草の研究に没頭していた。
エリアスとリュエル、代替わりしたエルンシュタイン家とナハトクレア家、イルアールとゼゼアは思いあい、とても良い関係を築いていた。時折、王宮で集まり、楽しい時を過ごした。
イルアールとゼゼアは時々竜と化して、竜の国のあちらこちらに出かけて、雷と慈雨で魔物を討伐し、土地を清め潤した。辺境の魔物も湧いてこなくなった。二人は仲睦まじく子孫の代まで王宮で過ごしていたが、いつの間にか姿が無くなった。
雷と豪雨の度に、人々は、竜神様が見守ってくださっていると子供達に伝えた。
また竜がいなくなってしまったけれど、人の世が乱れなければ、もう天から降ろされないのかも知れない。




