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愛といのち

我慢など出来なかった。


 イルアールにとって、ゼゼアとの愛は激情だった。共にいることで満たされる想いは、いないことで渇望となった。


 タウンハウスで正礼装を脱いで目立たない服に着替えると、そのまま馬を駆った。

 夜闇の中を今来た道を駆けて、ナハトクレア家の邸宅に着いた。少し離れた木に馬を繋ぎ、塀を越えた。見える範囲には離れらしき物はなかったので、裏手に回ると、こじんまりした建物を見つけた。

 そっと様子を見ていると、ドアが開き、出てきた人物が夜空を仰いだ。


 周りにも、離れの中にも誰もいないのを確認したイルアールが、後ろからゼゼアを抱きしめて

「空に誰かいるの?」

 と言った。

 驚いて少し跳ねたゼゼアが

「どうやって?」

 と聞いた。

「会いた過ぎて、全部飛び越えてきた」


 二人は静かに離れの中に入った。

 ダイニングと寝室。台所と風呂トイレはある。小さな隠れ部屋。

「ここで育ったの? 可愛い部屋だけど、一人は寂しかったね」

「うん……僕、普通じゃないから……」

 俯いて少し小さな声で言うゼゼアにイルアールは答えた。二人の間では、言葉にしなくても通じているとは思うけど。

「俺、たとえどんな()()でも、別に要らない。ゼゼアじゃなければ。俺が欲しいのはゼゼアだから、俺にはゼゼアが普通だし、最高」

「うん」

「ゼゼアが世界で一番。他はいない。俺のなかにはゼゼアだけだ。ゼゼアが一番綺麗。髪の色も眼の色も。細い体も」


 イルアールがゼゼアの右手を取って、手の甲に口付けた。そのまま体を寄せて、横抱きにしてゼゼアの可愛らしいベッドに連れて行った。

 二人に迷いはなく、むしろ、二人のこれからにどんな困難があろうとも、今ここを結びたい。乗り越える為に。

 ゼゼアのコンプレックスも、二人の家門も、これからの不安も全部を背負って、イルアールはゼゼアを優しく綻ばせた。

 二人の中の竜神の魂のカケラも歓喜している気がする。これが正しいんだと。


 大地に接している空の端が少し白っぽくなってきた。

 腕の中のゼゼアに口付けて、イルアールは離れ難いながらも、起き上がった。明るくなる前にここを出なければ。

 身支度をするイルアールに気がついて、ゼゼアは身を起こした。

 もう一度、最後に口付ける前に、ゼゼアの姿を目に焼き付ける。

 銀の髪、優しい銀の瞳、可愛らしい唇、細い首、色白の細い腕、体……


「俺の宝物をここに置いていかなければならないとは……。出来る限り早く、共に居られるようにしないと……」


 未練を断つようにできるだけ素早く頬に口付けて、離れを後にした。


 イルアールが出て行ってしばらくすると、ナハトクレアの家令が一通の書簡を恭しく携えて、離れのドアをノックした。

「ゼゼア様、陛下の御勅書が届いてございます」


 ――宮廷薬師ゼゼア・ナハトクレア殿

 王命をもってこれを示す。


 かねて密かに調整を進めさせていたエリクサーが成った。

 急ぎ指定の研究所へ赴き、これを受領のこと。


 また、これの用い処については一切を貴殿に一任する物とする。

 

   ガルディアス・ヴァル=ドラクルス――


 まだ夜も明けきらない内に国王直筆の勅書とは。ゼゼアは慌てて身なりを整えて王宮から来た馬車で出発した。



 イルアールが自分のタウンハウスに戻ると、騒ぎが起きていた。


「何があった?」

 そばに居た者に聞くと、

「怪我人が運ばれて来たんです。昨夜、晩餐会の後、魔物討伐の報奨金が一般の騎士にも支払われたんです。タウンハウス内にいる夜番ではない者たちがそのまま街に繰り出して。酔ったナハトクレアの騎士達と揉めたのを、止めに入った第三隊隊長が卑怯にも後ろから切られて……」

「第三隊隊長マティアス・ローゼンタールか!?」


 客間の一室が開放されて、運び込まれたマティアスが処置を受けていた。側に姉のアーデルハイトが付き添っていた。治癒魔法をかけ続けているが、一目で猶予のない状態だと見てとれた。

 左肩から袈裟懸けの傷は、左肺、肩甲骨の下の内臓、おそらくは背骨の神経まで切っていそうだった。呼吸するたびに血が吹き出す。

 邪魔にならないように遠巻きにしていた者たちも、いよいよとなって部屋を出ていき、部屋には医者と助手達、大公とアーデルハイトとイルアールが残った。


 マティアスがアーデルハイトに何か囁いた。アーデルハイトは何度か頷いて、マティアスの手を両手で握りしめて、祈りの形をとった。

「姉上……」

 マティアスの息が細く細く……。アーデルハイトは泣きながら必死で治癒魔法をかけていた。

「姉上、もう……」

 マティアスが長い息を吐いて、それっきり吸わなかった。

「姉上、離してください! 繋がりを切って!」

 治癒魔法の途中で相手が亡くなった場合、術師は死に引っ張られてしまうと言われている。

「姉上! お願いします! もう止めて」


「こんなに長く待たせたんですもの……私の事はいいのよ。一緒に、行くわ」

「そんなこと……」

「お願いがあるの。私たち、このことでナハトクレアに報復とか考えてないわ」


 イルアールの場所からは大公の顔が見えなかった。

「悲しいことはもうお終いにしましょう……。これで最後にして……」


 そのまま、アーデルハイトは微笑んで亡くなった。マティアスの手を握りしめたまま。


姉上、俺達をお二人で見守るのは、天国からですか?もっと、話が聞きたいです。まだ傍にいて欲しいです……。

 立ち尽くすイルアールをそのままに、大公が部屋の扉を開けた。

 

 



 

                       

 


 


 


 

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