第三十九話 かごめかごめ
休息区域の空気がゆっくりと変わっていく。さっきまでの重さとは違う。もっと粘つくような不快な気配。
まるで、見えない何かに覗かれているような感覚。
その瞬間床が淡く光り始めた。
白に染まっていた視界が、ゆっくりと色を取り戻していく。最初に感じたのは、床の硬さだった。
次に感じたのは静けさのようもの。
「……ここは」
自分の声が、妙に遠く感じる。
そして視界が完全に戻るとそこは広い空間だった。
天井は高く、壁は白い。だが病院のような清潔さではない。
「休息区域、か……」
御影の言葉を思い出す。だが、“休息”という言葉がこの空間には似合わない。
澪がゆっくりと周囲を見回す。
「……広いね。」
その声には、さっきまでの明るさはなく無理に落ち着こうとしているのが分かる。
久我は壁を軽く蹴る。
「チッ……なんなんだよここ。」
苛立ちを隠さない。だが、それは久我だけじゃなかった。
言葉にはしないが全員が同じ思いだったと思う。
“次が来る”そう分かっているからなおさら。
凛は壁に耳を当てるながら数回壁を叩く。
「……音が響かない。」
「そんなこと分かるのかよ。」
「なんとなくよ。」
短いやり取りだがその“なんとなく”が妙に今は信頼できる。
九条は少し離れた場所で立っている。目を閉じているように見えるが、何か考え事をしているのは分かる。
真白は俯いたままだ。さっきの一手自分が決めたという実感とそれに伴う重さにまだ整理しきれていないようだった。
そして湊。あいつだけがいつも通り立っている。
変わらなすぎるのが逆に怖かった。東雲の連中が消えた直後とは思えない。人が消えたのに何も感じていないような、感情の揺れが見えない。
「……お前」
思わず声をかける。だがその先が続かない。
何を聞く?何を確かめる?
湊はこっちを見た。
「ん?」
いつも通りの返事。その“いつも通り”が、今は妙に引っかかる。
「……いや、なんでもない。」
視線を外す。違和感の正体が分からないまま言葉だけが消える。
その時だった。空間の奥から何もなかったはずの壁がわずかに歪んだ。
「……?」
最初に気づいたのは凛だった。
「何か来るわ」
全員の視線が集まる。
歪みは、ゆっくりと広がる。まるで水面に波紋が広がるように。
そしてカツンと軽い足音が鳴った。場違いなほど軽い音。この空間に似合わない。だがその音が俺たちを現実へと戻す。
「誰かいるのか?」
久我が低く言うがその言葉に返事はない。代わりにもう一歩カツンと音が聞こえると音の正体が現れた。
現れたその金色の髪は光を受けて柔らかく揺れる。
小柄な体だが子供というほどではない。制服姿の誰かと並べば同い年だと分かる。
それでも
「……小さいな。」
無意識にそう思う程度には他より一回り低い。
だが本当に感じた違和感はそこじゃない。
白いワンピースに黒いリボン。整いすぎた顔立ちは、どこか日本人離れしていて崩れない笑顔はこちら側の雰囲気ではないことが一目で分かる。
その少女は、ゆっくりとこちらを見る。
そしてにこっと笑うと
「あはは。Nice reaction.」
「はじめまして。第五層担当の白鷺レイだよ。」
「よろしくね?」
軽い声で自己紹介をしてきた。だがその声はどこか現実から浮いている。
レイはくるっとその場で回ると楽しそうに。
「いやーそれにしても、第四層めちゃくちゃ面白かったよ。」
俺は無意識に息を止めていた。こいつは“普通じゃない”そう感じたから。
九条が一歩前に出る。
「あなた何者なの?」
彼女はまるで舞台に立つ役者のように楽しそうに答える。
「一応あなたたちと同い年のただの人間だよ。」
彼女への違和感は一気に広がりレイはその反応を楽しむように笑う。
「いいねその顔。」
俺たちを観察しているその視線は完全に人を見る目じゃない。“反応を楽しむ目”だ。
その視線が突然止まった。誰の前で止まったのかを視線で追うとそれは湊の前だった。
ほんの一瞬、ほんのわずかに彼女の笑顔の質が変わる。
「……あ。」
それは何かに驚いているようなそんな感じ。そう思った次の瞬間にはもうレイの表情は元に戻っていた。
まだ何も始まっていないのにもう始まっているような感覚。レイはくすりと笑うと。
「Don’t lie, okay?」
俺は気づく。こいつはゲームの参加者じゃない。同時に空間全体がわずかに震え御影の声が重なる。
『第五層準備完了。ただいまからゲームを開始します』
心臓が大きく鳴る。
空間の床に光が浮かび上がりゆっくりと形を作っていく。
周囲に配置される円。その配置を見た瞬間嫌な予感がした。
『第五層ゲーム内容を説明します。』
御影の声が響く。
『本ゲームはかごめかごめ』
澪が小さく息を呑む。誰も軽く受け取らない。
ここでは遊びが遊びじゃないことを全員知っている。
『なお本ゲームはチーム対抗ではありません。』
久我が眉をひそめた。
「……は?」
御影は続ける。
『本ゲームは、蒼天高校の生徒のみで実施されます』
澪が困惑する。
「それって……」
凛が静かに答える。
「内側でのゲームってことね。」
九条は目を細める。
「つまり敵は……」
「俺たちってことかよ」
久我が吐き捨てその言葉が空間に重く落ちると
『さらに本ゲームは、複数グループに分割して実施されます』
床の光が分裂すると円がいくつも現れる。
「……分断」
凛が呟く。
『各グループごとに勝敗が決定されます。そして脱落条件も個別に適用されます。』
その言葉に全員が理解する。
これは俺たちを潰し合わせるゲームだと。
レイが笑った。
「いいね。人間らしくてさ。」
その一言が俺たちにやけに刺さる。
御影は続ける。
『それではルール説明に移行します。』
床の光が一つの円に集中する。
『各グループは円形に配置し鬼を一名選出。』
『その他プレイヤーは目隠しを装着し合図の後後ろの人物を特定してください。』
ここまでは単純。だが問題はその次だった。
『今回のゲームで各プレイヤーは自身の“秘密”を開示しなければなりません。』
澪の表情が固まる。真白の手が小さく震える。
『ですが安心してください。音声は変換されますので声による識別は不可能。』
凛が小さく呟く。
「情報だけで判断させる……」
九条は静かに言う。
「相手のことをどれだけ知ってるかが重要ってこと。」
『鬼が正解した場合ポイント獲得。一定数到達で勝利となります。』
『しかしもし間違えてしまった場合はその秘密は全体へ公開されることになります。』
その瞬間空気が完全に変わった。
『さらに各グループには一名“該当しない存在”が混在します。』
久我が声を上げる。
「……は?何言ってんだ?」
『その存在はプレイヤーではありません。識別不可能です発見した場合は即時勝利とします。』
『続いて敗北条件を説明します。』
空気が張り詰める。
『規定回数以内に勝利条件に到達できなかった場合または誤答により秘密が一定数公開されたプレイヤーはその時点で脱落となります。』
久我が小さく舌打ちする。
「……外すほど死に近づくってわけかよ。」
凛が静かに言う。
「合理的ね。」
九条は目を伏せる。
「……どうすればいいのよ。」
御影は構わず続ける。
『なお脱落したプレイヤーはその場で排除されます。』
やはりこれはただの心理戦じゃない。
“命”がかかっている。
凛が静かに言う。
「……誰も知らない正面。なるほどね。」
その言葉に、全員の背筋が冷える。
レイが楽しそうに拍手する。
「最高じゃん。信じるか疑うか全部自分次第だよ?」
その目は完全に“観察者”だった。
こいつは楽しんでる。人の感情が壊れていくその過程を。
御影の声が響く。
『それではグループ分けを開始します』
床の光が動き足元が引っ張られる。
「……!」
気づいた時にはもうグループが分かれていた。
俺の周りにいるのは
澪
久我
凛
九条
真白
湊
立花
このメンバーが集められたのは偶然とは思えない。
意図的に集められているのか?
レイはこちらを見ている。
「いいグループじゃん。壊しがいありそうだし秘密もいっぱいありそう。」
『それでは鬼を選出してください。』
自然と視線が俺に集まる。
久我が言う。
「最初はお前だろ。」
澪も頷く。凛も、九条もその事を否定しない。
理由はなんとなく分かる。俺は小さく息を吐くと
「……分かった。俺がやる。」
『鬼、相澤玲央に決定』
光が足元に広がり中心へと導かれる。
目の前には黒い布が拒否する間もなく視界が遮断される。
暗い。完全な暗闇に音だけが残る。足音、衣擦れ、誰かが配置につく気配。
そしてすぐ近くで
「ねぇ」
レイの声が聞こえる。
「楽しもうね。」
『配置が完了しました。これよりゲームを開始します。』
そして歌が流れる。
――かごめかごめ
歪んだ音に回る足音は俺がみんなに囲まれていることを知らせていた。
ここに逃げ場はない。
――よあけのばんに
そして
『後ろの正面だあれ。』
曲が止まると声が響いた。
「……逃げたことがある。」
声は変換され誰だか分からなくなっていた。
「目の前で湊がいじめられているのをただ見ていた。助けられたのに見て見ぬふりをしたんだ。もし庇ったりしたら何されるか分からなかったから。玲央が湊を助けたのを見て安心してしまった。自分は標的にされないって。それを今でも後悔してる。」
最初から内容が重い。誰でもあり得るからこそ全然分からない。……少なくとも、違うと思うやつはいる。
だが、それでも絞りきれない。
レイが迷ってる俺を見て笑っている。
「これは嘘じゃない本当の秘密。あなたは信じることができるかな。人の本性ってやつをさ。」
思考が揺れる。時間がない。外せば全体に公開される。
俺は口を開き覚悟を決める。
「……お前は――」




