第三十三話 罠
盤面の中央には蒼天のルーク――久我。
それは蒼天が配置した切り札。だがこれは完全な中央制圧ではない。ただ一枚、中央に駒を置いたにすぎなかった。
チェスにおいて中央は強い。だが同時に最も狙われやすい場所でもある。
凛が盤面を見て言う。
「玲央は中央を完全には取らなかった。」
九条が頷く。
「中央に駒を集めると、一気に崩される可能性があるからね。」
凛が続ける。
「だから中央には一枚だけ。あのバカを置いたってことね。」
それぞれの視線が久我へと向けられる。
「観測役として。」
「観測役ね。」
「つまり俺が最前線ってことか。あと俺はバカじゃねぇ。」
俺は静かに久我に作戦を言った。
「中央の動きは久我が見つつ危険なら自分の判断で引け。」
「了解。」
そしてその中央には東雲のビショップが進んでいた。
東雲のビショップが斜めに進みながら蒼天の進路を塞いでいる。
まだお互い駒は一枚も取られていないが
凛が盤面を見ながら言う。
「……もう始まってるわ。」
久我が聞く。
「何が始まってるんだ?」
凛が呆れたように答えた。
「中央の取り合いよ。」
「この動きを見ると東雲は中央ラインを押さえに来てる。」
九条も盤面を見る。
「確かに。このままだと蒼天は中央に出にくい。」
久我が舌打ちする。
「だったら潰す。」
前へ出ようとするその瞬間。
「待て。」
玲央の声だった。
久我が振り向く。
「なんだよ。」
俺は盤面を見たまま指示を出す。
「まずは落ち着け。それと簡単に取れる駒は疑え。」
どう見たってあからさまな罠。久我はなんでこれに気づかないんだ?
「……あ?」
凛が盤面を見て言う。
「……なるほどね。」
九条が聞く。
「どういうこと?」
凛が指をさす。
「これを見て。東雲のビショップが前に出てきている。」
久我が言う。
「だから取れるんだろ?」
凛がため息をつく。
「だから怪しいのよ。最初の東雲の配置が予想外すぎて気づくのが遅れたけど。」
「守りがないんだ。」
久我は少しずつ理解してきた。
「つまり?」
「あのビショップは囮の可能性がある。」
その頃東雲側。
篠崎が小さく言う。
「蒼天は気づいていますかね。」
神崎は盤面を見ていた。
「どうでしょう。」
少しだけ笑う。
「ですが」
静かな声。
「どちらでも構いません。」
相馬が言う。
「どういう意味だ?」
「囮を取れば陣形が崩れ、取らなければ中央が広がる。どちらでも蒼天は不利になるということですよ。」
その時久我が笑う。
「……上等だ。」
凛はすぐさま止めに入る。
「久我、待ちなさい。」
「大丈夫だ。ちゃんと分かってる。」
「玲央。あの駒が取っていいか?どっちにしろこのまま動かないと相手の思う壺だぞ。」
味方の位置。敵の配置。中央の動線。これらは明らかに罠だが久我の言うことも一理ある。このまま動かずにターンを終えるわけにはいかない。
「……分かった。行け。」
「了解。」
ルークが動く一直線に。中央を抜けて東雲のビショップへ。
そして同じマスに踏み込とモニターが光る。
【CAPTURE】
東雲の生徒が盤面から転送される。
盤の端の捕獲エリア。
澪が言う。
「やった。一枚取った!」
だがこれで敵の罠に入った。ここからどう盤面が変わるのかまだ分からないが確実に何かがある。
そして凛も俺と同じような考えをもっていた。
凛が小さく言う。
「……来る。」
その瞬間東雲側。
神崎が指示を出す。
「クイーン。」
篠崎が斜めに一直線。久我の進路を塞ぐ位置。
凛が目を見開く。
「……そういうこと。」
「凛?」
「この動きで久我が孤立した。」
盤面の中央。久我のルークは前に出すぎていた。
そしてその周囲に東雲の駒が配置され始める。
神崎が宣言する。
「チェック」
モニターが光る。
【CHECK】
蒼天の空気が凍る。
澪が言う。
「チェックって……」
凛が答える。
「キングに攻撃が届く状態。つまりこのままだと詰まされる。」
久我はまだ焦っていない。
「……来たか。」
凛が言う。
「さっきのビショップはやっぱり完全な囮だった。」
九条も理解する。
「久我を中央に引きずり出すための捨て駒。」
久我は笑う。
「そんなの分かってて来たんだよ。」
「誘われたなら、乗るしかねぇだろ。」
巨大なチェス盤。中央。蒼天のルークが完全に前へ出た。
そしてその周囲で東雲の駒がゆっくりと動き始める。
神崎の罠が今、完成した。




